第2話 憧れの女子マネ
「もう一週間だ、どうしたんですか? 女子マネのレナちゃんは無理かぁ」
「勝手にレナちゃんって呼ぶな!」
「心配です、神崎さんは大学へ来てません! あの子に何かしたんですか? まさか迫ったんですか?」
「大学へ来てない? 本当か?」
「キャプテン、ケイタイ知らないんですか?」
「知らん! 聞いてない。いいか、誤解するな! 送って行ったがあの子は親戚の家に住んでいて、オレは叔父さん夫婦とガキに会った。オマエらも食べた餃子はあの子が作ってくれた。勝手に想像するな! わかったことはオレたちは振られた、諦めろ」
「それでいいんですか?」
「いいわけないだろう!」
そのとき、杉田が叫んだ。
「どこかで会った気がしてたけどわかった! 高校のときスキー教室に参加したら指導員に可愛い女子がいて、中学生で国体に出たとか言ってた。その子じゃないかな? もし神崎さんが札幌出身だったら絶対そうだ!」
「杉田の話がホントかどうか検索してくれ」
部員が見守る中、神崎玲奈のプロフィールを探り当てた。将来を期待されたアルペンスキーのアスリートかぁ! 全員は目を丸くした。
「なぜスキーをやめたんだ?」
「うーん、待ってください。これだ! アルピニストのお兄さんがカナダの山で亡くなってます。神崎徹さんです。彼女は高3ですかね。これでしょう、スキーと別れたのは」
アルペンか、だから初めて乗ったバイクのローリングに体をぴたりと合わせられたんだ。健斗は納得した。
週が変わったある日、受講中の健斗の教室に、部員の村井がこっそり近寄って耳元で囁いた。
「神崎さんが部室で待ってます、早く行ってください。僕が講義ノートは作ります」
健斗は教授が背を向けた隙に屈みながら静かに教室を抜け出し、記念会堂の部室に走った。
数人の部員に囲まれた玲奈はタブレットを見せて、
「No.12のムービーを見てくれる。成功したスパイクと失敗スパイクの違いはジャンプがポイントよ、見える? 体の向きと左足が違うわ。これじゃあパワーダウンね。No.14は腰の後ろに左手を回して指サインしてるでしょ、こっちを見てくれる。観客席のこの男はコートチェンジの度に移動して、何か合図してるようね。だからフェイクがフェイクにならないの! No.14はホントに大バカだわ」
No.14? それはオレだが…… サインを盗まれていたか、健斗は驚いた。隣には両手で頭を抱えた現マネージャーの田村がいた。
「練習して頑張るだけじゃ勝てないのよ。自分とチームのウィークポイントをしっかり知ることが先決だわ、わかってくれた?」
「神崎さん、No.14は僕だ。フェイクが決まらない理由はわかったが、どうすればいいんだ?」
「あの~ 私はバレーボールは知らないから勝手に言いますが、No.14があの位置に動いたら必ず何かヤルぞ、そのとき自分はどこに移動してサポートするか、No.14をオトリに使って自分が得点を叩き出そうか、そんな予想をするの。
簡単に言うと、みんなが連動して先を読めるようにコミュニケ練習したらどうかなあ? 合図をしなくても全員がわかる、そうなったらベストだわ。そうだ! サッカーはずっと先の展開を予測して全員で動くゲームよ。展開を読めないメンバーはクビだわ」
「勝利のポイントを教えてくれたキミに心からありがとうと言う。指摘されなければ僕たちはわからなかった。そして、チームに興味を持ってくれたようで感謝する。それでキミは女子マネになってくれるか?」
「前期は無理! 後期の受講スケジュール次第かな。それと部には監督さんやコーチがいるでしょ。その方たちが反対することもあるでしょ。じゃあ、みなさん、頑張ってね!」
玲奈は4時限目の授業に去った。部室に残されたのは、全員の欠点を指摘した連続画像が添付されたファイルだった。
はぁ…… 問題提起したまま旋風のように走り去った玲奈に、部員たちはあっけにとられた。失敗スパイクの原因を指摘されたNo.12の今村は、連続画像を確認したが言われたとおりだと認めた。狙った方向に対して左足の位置と向きが違った。こんなに細かく指摘されたのは初めてだ。普通は見逃してしまう3cmのズレと1cmのブレだった。
レフトを狙った弾丸サーブをレシーブする際、踏み出しの第一歩がカニ歩きだから間に合わないと突っ込まれたリベロの山内は、反論出来ずに涙目になっていた。欠点はわかったがどうすりゃいいんだ?! 全員が宿題を抱えて悩んだ。
まもなく夏期休暇に入る7月のある日、相談があると部員が健斗を囲んだ。
「先輩、神崎さんの家に行って、土下座しても女子マネになってくれと頼んでくれますか。それが失敗したらせめてケイタイを教えてもらってください。彼女が夏休みに覚えてくれたらと思って、メンバーの名前や画像とプロフィールやアドレスを載せたメンバー表を作りました。これを渡してください」
「拒否されたらどうするんだ?」
「次の手を考えます。みんなでそう決めました」
マネージャーの田村が口を挟んだ。
「神崎くんがなぜあんなコマ送りのムービー画像を解明して説明したかを考えていた。あの子のアルペンスキーはクネクネ曲がったコースを滑降するタイムで勝負するものだ。カーブに入るスピードやタイミングとターンのフォームで大きな差がつく競技だ。きっと100分の1秒の戦いだったろう。そして、あの子はいつもコーチから自分の動画を見せられていた。だから俺たちの動画でわかったと気づいた。俺は山岡監督とコーチを口説く、任せてくれ」
「田舎から明日スイカを送って来ます。それを土産にして行ってください。バイク貸しますよ」
バイクかぁ…… あの子とツーリングしたいなあ。健斗は背中に伝わる玲奈の鼓動を思い出して顔を赤らめた。
「でもあの子がいつ家にいるかわからない」
「あー、わかります。あの子の同級生に聞き出します」
部員に背中を押されて健斗はスイカを積んで玲奈の家にバイクを走らせた。スイカじゃなくてあの子を乗せたいなあと夢想しながら府中街道に入った。庭先にバイクを停めてインターフォンを押した。応対したのは玲奈の叔母だった。
「ああこの前の学生さんね。レナちゃんはお父さんを手伝ってるの。もうすぐお昼だから上がりなさい」
「これはウチの部員に田舎から届いた物です。良かったら受け取ってくれますか」
「気を使わせて悪いわね。あら、山形の尾花沢スイカだわ、ありがとう。早く上がってよ」
大きな座卓がある先日の部屋に招かれた。しばらく待っていると声が聞こえた。
「あーあ、暑いなあ。母さん、ビール、ビールを出してくれ!」
「まったくしょうがないわね。お客さんよ、レナちゃんは?」
「もうすこし頑張るようだ」
健斗に気づいた叔父は、
「アンタはこの前の人だな。レナちゃんに何の用だ? 俺はあの子を預かってるんだ。ヘンな男がウロチョロすると困るんだ。あの子は普通に卒業させて嫁に出したい。アンタは誰だ?」
「申し遅れて失礼しました。僕はバレーボール部のキャプテンで如月健斗です。神崎さんにマネージャーになって欲しくて頼みに来ました。これは全部員の願いです」
「バレーボール? そう言えばそんなこと言ってたな。ひとつ訊くがレナちゃんは選手じゃないな?」
「男子部なので女子マネです。選手じゃないです」
「女子マネか…… 可愛い女子がマネージャーだと励みになったが、ウチはムサイ男の集団だった。これでも俺は関学でアメフトやってたんだ。あっちで就職したが親父が死んだから今は農家だ。アンタの気持はわからなくもないけどな」
ビールを飲りながら叔父は昔を懐かしむように呟いた。そのとき汗で濡れた玲奈が顔を出し、
「あれっ、如月さんどうしたんです?」
「女子マネになって欲しいと部員を代表してお願いに来た」
「そんな話は後で聞きます。お昼食べて待ってください」
玲奈が姿を消すと、
「レナちゃんは時間が空くといつも俺の仕事を手伝ってくれる。何かを吹っ切りたくて体を動かしているかと思ったりする。アンタ、飲めるんだろ、飲むか」
「いえ、バイクなので遠慮させてください」
「そうか残念だな。俺はアメフトやってたんでアスリートは好きだが、アンタはキャプテンか、大変だろう?」
「いいえ、何も考えずにキャプテンやってたら、神崎さんから部員の欠点を指摘されました。それがあまりにも的確だったので、彼女がいたらウチの部はもっと強くなれる、そう思ってお願いに来ました」
「アンタ、いつレナちゃんと会ったんだ?」
「はい、4月の初めです。新入部員の勧誘イベントで声をかけました」
「ふーん、そのとき惚れたのか?」
「いえ、そういうわけでは……」
ニヤリと笑った叔父は、着替えて戻った玲奈に、
「お使いさせて悪いが昼メシ食ったら、こいつとジョイフル本田でこれを買って来てくれるか。俺はうっかり酒飲んだから頼んだよ」
叔父はメモを渡して仕事に戻った。
「神崎さん、話があって押しかけた。これにはアイツらが勝手に作った全部員のデータが入っている。迷惑かもしれないが受け取ってくれないか。田村は監督とコーチのOKを絶対もらうと言っている。考えてくれないか? 急にこんなこと言って悪いが、キミのケイタイを教えてくれないだろうか。今の僕は部の全権大使なんだ」
ノースリーブに短パン姿の玲奈に眼がくらみそうになりながら、必死で健斗はそう口説いた。これだけの子は女子バレにもいないぞ。カミナリスパイクを炸裂させそうなボディだ。
全権大使のセリフに玲奈はふふふっと笑った。昼飯を済ませて長袖TシャツとGパンに替えた玲奈に、
「おーい、メット忘れるなよ。キャプテンさん、タイムリミットは3時間だ。頼んだぞー」
叔父は畑の向こうで叫んだ。
新青梅街道を直進して左に曲がると目的地だ。ジョイフル本田は食品や雑貨、DIY資材や肥料などが揃った大型店舗で、日野自動車の工場跡地らしい。店内を健斗と玲奈が並んで歩くと買物客が驚いた表情で足を止めた。192cmの健斗に見劣りしない女はそうはいない。まるでデートのようなお使いに健斗の胸がはずんだ。メモされた肥料を買って2階のフードコートに入った。コーヒーを飲みながら、
「この番号にかけて。私のケイタイよ。でもオープンにしないでね。まだ女子マネやるか決めてないの。みんなのデータは見せてもらうけど少し考えさせて」
この言葉だけで健斗は十分だった。直談判して良かったと胸をなでおろした。それから少し話をした。どうしてバレーボールをやってるのか、どんな練習をしているかなど、玲奈の質問に答えるのが健斗だった。
ふたりが戻ると家族揃って夕飯の支度にかかり、賑やかな晩メシになった。
「アンタはどこに住んでるんだ?」
「東伏見の運動部専用の男子寮で2人部屋です。東京の子を除くと全部員がここです」
「寮暮らしか。旨いスイカをもらったから、母さん、売り物にならないアレを持たせてやろう。この年頃の男は何を食っても死にはせんからなあ」
健斗は後ろに積みきれないほどのメロンやトマトやキューリをもらって帰って行った。
寮に戻ると部員が心配顔で待っていたが、メロンを見た途端に歓声をあげて我先に食べ狂った。メロンが消滅した途端に健斗は質問攻めに遭った。
「USBは受け取ってもらった。ケイタイを教えてくれたが、オマエたちはダメだ。まだオープンにするなと言われた」
「ズルイっすよ、自分だけ知ってるなんて! 僕らに内緒でデートしないでください!」
「心配するな、如月の誘いに乗るような子じゃないよ」
「マジどうなんです? 見通しは」
「あくまでもカンだが60~70%か、そんなところだ」
「7割あるなら諦めないぞ、次は全員で押しかけようぜ!」
「勝手に暴走するな! あの子と話して気づいたが、スキー選手だった過去に一切触れない。家族もそうだ。本人が言い出さない限り、絶対にスキーのことは訊くな、喋るな! 何か辛い思い出があるかも知れない。田村、監督さんはどうだ、賛成しそうか?」
「監督はすぐ賛成したが、主務のウスゲは風紀が乱れると反対した。コーチはあんなデータを作れる人なら助かると大喜びだ」
「主務? あの人は試合日程や対外交渉の係りだろ、関係ないのになぜ反対するんだ?」
「風紀が乱れる? 何をカン違いしたのか、アイツの想像がヒワイなだけじゃん!」
「ウスゲはモテナイから世界中の女を敵だと思ってるんだ」
「もういい、やめろ。神崎さんの叔父さんが関学の元アメフト選手だ。彼が後押しすれば可能性は上がるだろう」
「如月、その叔父さんの感触はどうだ? 住所や名前はわかるか?」
「メモった。感触は悪くないと思う」
「多分、神崎さんは僕らのデータを見ると思うけど、叔父さんを味方にしたら安心できる。叔父さんにハガキを出して、交流試合に呼ぼうぜ!」
うーん、決心がつかない健斗に、
「考え込んでるヒマはないです、僕らは9月に女子マネを迎えたいです」
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