第85話 葛藤

   ◆◆◆



「──ッ! あぐっ……!」



 あ、頭、いてぇっ……! ガンガンする……!



「ツグミ、大丈夫か!?」

「り、リリーカさん……? お、俺は大丈夫です……今、何か見ましたか……?」

「見た? ……どれの事を言っているのかはわからないが、あれはかなりヤバそうだぞ」



 リリーカさんの目が……いや、全員の目が円の中央にいる2人に注がれる。



「確かに……あれはヤバそうだ」



 虚ろな目をしたリーファ。黒いオーラを翼に変えて、リーファを背中から抱き締める首無しの魔物……いや、リーファのお母さん。迸る圧は、今までの比じゃない。

 リーファが闇堕ちした本当の理由……あの光景を見たのは、俺だけなのか。

 アレ、、を思い出してしまい、頭を押さえる。

 何故リーファが闇堕ちしたのか、ようやくわかった。あれは……とても人間が、耐えられる地獄じゃない。



「ツグミ!!」

「……ッ!?」



 突然リリーカさんに頭を押さえつけられた。

 直後、何かが頭上を通り過ぎ……背後で建物が倒壊した。



「な、なに……!?」

「恐らくリーファの風魔法だッ。とんでもない威力だぞ……!」



 あ……そうだった。リーファは風魔法のスペシャリスト。魔法少女たちが願いの力で手に入れた半端なものではなく、生まれながらにして魔法の使い手だ。

 周りを見渡すと、魔法を使える魔法少女たちはリーファの攻撃を防げていた。が、何人かは今の攻撃で吹き飛ばされ、戦闘不能となっている。

 半径5メートル以内に近付かなければ問題ないと思ったが……くそっ、見誤った……!



「ツグミ、ビリュウさん、やるしかなさそうだぞ」

「そうね。操られているのか、取り込まれているのか……なんにせよ、リーファをそのままにはしておけないわね。なんとか助け出さないと」



 2人が戦闘モードに入り、他の魔法少女たちもそれぞれの武器を構える。

 リリーカさんが大剣を掲げ、声を張り上げた。



「近接が得意な魔法少女は私に続け! 本体は首無しの魔物! 奴を倒し、少女を奪還する! ――突撃ッ!!」

「「「はい!!」」」



 その声を合図に、数人の魔法少女がリーファたちに向かっていく。



「遠距離系の魔法少女は援護! 防御を使える魔法少女は、周囲への被害を最小限に食い止めなさい!」



 更にビリュウさんの命令で、外からも魔法で攻撃を始めた。ゆ~ゆ~さんは魔法を使える魔法少女を集めて、防御の中核となってくれている。

 すさまじい攻撃の嵐。だがそのことごとくを、黒いオーラで弾かれる。

 その間も、リーファが両腕を伸ばして周囲に向かい風魔法を放っていた。

 威力。スピード。規模。どれをとってもこの世界の魔法少女とは比べ物にならない。

 あまりにも強すぎる魔法に、こちらの防御魔法は形を保つだけで精一杯だった。



「リリーカ様ッ、ここは私たちが時間を稼ぐので、光の斬撃の準備を!」

「頼んだぞ、ミケ!」



 一瞬でリリーカさんが戦線を離れ、俺の傍に戻ってきた。



「ツグミ、ビリュウさん。出し惜しみしている場合じゃない。私たちの最強で、あの防御を貫くぞ」

「わかったわ。バハムート!」



 ビリュウさんはバハムートの背に飛び乗り、遥か上空に向けて飛び立つ。



「ん? おい、ツグミ。聞こえていたか?」

「……え。あ、はい。聞こえてます……」

「……おい、大丈夫か?」



 リリーカさんが、顔をしかめる。

 そうだよな。みんなが戦っている中、俺だけ何もしていないのはおかしいよな。でも……。



「できない……」

「……何……?」



 頭を抱え、その場にしゃがみ込む。

 脳裏に刻まれた、地獄のような光景。母親を目の前で殺されたリーファの慟哭。闇堕ちし、ダークエルフと化してしまう程の怒り。憎しみ。

 あれを間近で見たから……いや、追体験してしまったからか。



「俺にあの2人を攻撃することなんて、できない……!」



 この町を、この世界を護らなきゃならない。それはわかってる。

 でもそれ以上に……リーファの過去に、余りにも近付きすぎた。

 今だって、魔法少女たちが2人を攻撃しているのも……見ていられない。今すぐあの2人も護ってやりたい。

 それができない悔しさともどかしさで、どうにかなってしまいそうだ。



「ツグミっ、お前何を言って……!」

「……すみません。少し気持ちを整理させてほしいです。すぐ……すぐに参加するから」



 俺の言葉に、リリーカさんは黙ったままリーファに向かって剣を構え、攻撃の準備を始めた。

 わかってる……この世界に生きる人間として、これ以上好き勝手に暴れさせちゃならないってことは。

 俺……いったい、どうしたらいいんだ……ッ!

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