第84話 堕ちる
まだ寝ているゆ〜ゆ〜さんを叩き起し、一緒に桜木町へ向かう。
俺はリーファを抱き上げ、ゆ〜ゆ〜さんは自分で飛びながら、さっきからあくびを繰り返していた。
「ふあぁ〜……どうして私も行かなくちゃ……」
「ド変態。眠い、ます?」
「あなたが夜遅くまで魔法のお話したいって言うから……あとド変態言うな」
リーファさんや。さっきの緊張感はどこ行ったのあなた。
「すみません、朝早くに。でもきっと、ゆ〜ゆ〜さんの力が必要になると思うんです」
「……私の力が?」
「はい。多分ですけど」
動画を見た感じ、魔物のあの黒いオーラは攻撃範囲が決まっている。目測で5メートルくらいか。それ以上近付くと、自動で迎撃するんだろう。
俺のスタイルは基本近距離。遠距離もないことはないが、街を破壊しかねない。同じ理由で、ビリュウさんとバハムートも本領を発揮できないんだろう。
そこで、ゆ〜ゆ〜さんだ。
魔法は遠距離で戦えることが長所だ。俺にはない、最良の武器と言っていい?
「俺があの黒いオーラをなんとかします。その後、ゆ〜ゆ〜さんの(そこそこの)攻撃力があれば、致命傷を与えることも可能だと考えたんです」
「ふ、ふーん……そう、私の力が……ん? なんか今失礼なこと言わなかった?」
「気のせいです」
それよりも気になるのは、リーファだ。
どうしてあの魔物と会いたいのか。あの絵はどういう意味なのか……それがまだ見えてこない。
「リーファ。もし何かあったら、すぐ連れ帰るからな」
「……わかった、ます」
結ばれた口からは、真意を聞き出すことはできない。本人も、どうして会いたいのかわかっていないようだし……どう転ぶか、予想もつかないな。
「ツグミさん、見えてきたわよ」
「ですね」
眼下に広がる、桜木町の景色。一般人は避難しているからか、こんなにも誰もいない桜木町を見るのは初めてだ。
そんな中、駅前の広場は尽くが破壊され、魔法少女たちが魔物を囲って集まっていた。
その中でも目立つのはやっぱり、あの2人だろう。
「リリーカさん、ビリュウさん」
「む? 来たな、ツグミ」
「待っていたわ」
さすがに疲労の色が見える。当たり前か。今は動いていないとは言え、いつ動き出すかわからないんだから。
見渡すと、何人か見たことのある魔法少女たちも揃っている。ミケにゃんもいるが、図太くも立ちながら居眠りしていた。
「状況は把握しています。……あの黒いオーラが厄介みたいですね」
「厄介なんてものじゃないぞ。私を含めパワーに自信のある者が挑んだが、全て弾き返された。とにかく変形のスピードが早すぎる。あれを掻い潜るのは至難だぞ」
動画で見てわかってはいたが、戦った本人から聞くと重みが違うな。さて、どう戦うか……。
相手との戦闘をシミュレーションしていると、ビリュウさんがミニバハを連れてこっちへ来た。
「ツグミ、戦うなら私たちも全力で援護するわよ」
「ぐるっ」
「……ありがとう。でもそれより先に……」
こっち、だよな。
さっきからリーファは、あの首無しの魔物を見て動かない。
「ところで、なんでリーファがここにいるのかしら?」
「……あの子が、あの魔物に会いたいと言ったんです」
ここからじゃ、リーファの顔は見えない。いったい何を感じ、何を思っているのか……。
「2人とも、リーファを注視してください。何かあったら、即行動を」
「わかった」
「任せて」
俺たちの空気が周囲に伝染したのか、魔法少女たちの顔にも緊張が走る。
空気が重い。糸が張り詰めるようだ。
全員の目がリーファと魔物に注がれ、いつでも動ける準備をする。
1分か、2分か。それとも既に10分は経ったか……。
その時……リーファが動いた。
「リーファ……!」
止める間もなく、リーファが魔物の射程圏内に入り込む。
だが……魔物の黒いオーラは、リーファを攻撃しなかった。魔物も動かず、ただリーファに正対する。
一歩、また一歩近付くと……黒いオーラが揺らぎ、リーファの頬をそっと撫でた。
慈しみ、尊み、愛に溢れたそれは、とても魔物とは思えず──母のようであった。
「……ママ……?」
──ゴオォッッッ……!!
直後、黒のオーラが天高く迸る。
周囲の空気を押し退けるそれは、黒の衝撃波となって俺たちの体を叩いた。
それと同時に、脳裏に弾ける見た記憶のない光景。
正しくそれは……夢の中と同じ、あの景色だった。
◆◆◆
いたぶられている。視界に入っているだけで、大の男が3人……いや、5人。
鞭で打たれ、ナイフで刺され、殴られ、蹴られ、絞められ……正に拷問。この世の地獄だ。
『<×€*|:%〆!』
『¥¥¥¥¥¥$€〆」|!!』
蔑みの目。軽蔑の目。嘲笑の目。悪意という悪意に晒され、リーファの体は衰弱していく。
どれだけの時間が経ったのかわからない。体がピクリとも動かず、地面に横たわり虚無を見続けている。
と……鉄柵の扉から、1人の女性が連れてこられた。
(あれは……リーファの、お母さん……?)
かなり衰弱している。いや、もう息絶えようとしていた。
リーファが僅かに顔を上げ、母に手を伸ばす。
が、貴族然とした男はリーファを蹴り、兵士の男に何かを命令した。
兵士が持っているのは大斧。おおよそ、人が持つには不釣り合いなほどでかい。
兵士は頷き、大斧を手に母親の傍に立つ。
──まさか、今からやろうとしているのは。
『!? ぁ゛ぁ゛ぁ゛……っ! ぁぁぁぁああっ……!』
リーファも察したのか、か細い声と弱った体で母に手を伸ばす。
1人の男が、リーファの髪の毛を掴み上げる。まるで、よく見ろとでも言うように。
兵士は大斧を振り上げる。松明で錆び付いた鋼が鈍色に光り、牢屋に暗い影を落とす。
リーファの目から涙が零れ、母親に向けて手を伸ばし続けたが……男は躊躇なく、振り下ろした。
──ザンッ……!!
スローモーションの世界で、宙を舞う母親の首。
その表情は解放による安堵と共に……リーファに向けられた愛情と、後悔の念を感じた。
はねられた首が地面に落ち、転がる。
もうその表情からは、一切の生気を感じなかった。
『……ぁ……ぁ……ぁ……』
感じる。リーファの心に去来している無力感。放心。悲壮。虚無。
でも、それ以上に湧き上がる──憎悪。
リーファの中でそれらが渦を巻き、圧縮され、いつしか現れた……黒く鈍い光沢が、弾けた。
『あ……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!! ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッッ!!!!!!!!』
リーファの体から黒いオーラが迸る。それは渦を巻き、男共の体を八つ裂きにした。
破壊。殺戮。破壊。殺戮。破壊。殺戮。破壊。殺戮。破壊。殺戮。破壊。殺戮。破壊。殺戮。
周囲にあるありとあらゆるものを破壊し尽くし……瓦礫の中、そこには肌が黒くなったリーファと、母親の亡骸だけが残された。
母親の体を抱き締め、泣き叫ぶリーファ。
いや、それは泣き叫ぶという表現は生温く、獣の慟哭に似たものを感じた。
(リーファ……っ?)
なんだ……? 黒いオーラが、リーファから母親の体に……?
揺らぐオーラが母親の体にまとわりつく。いや……入り込んでいく。
リーファの体から、全てのオーラが出て行った瞬間……目眩とともに、世界が暗転する。
最後に見た光景は、動き出した母親の体と……歪みの穴へ落ちていく、自分自身だった。
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