第72話 初めてのもふもふ

 俺が先に外に出て、振り返る。さっきまで元気だったリーファだが、今は緊張しているのか少し顔が強ばっていた。



「どうした? 大丈夫か?」

「わ……わくわく、ですけど……少し不安、ます」



 あ……そうだよな。映像で見る世界と、自分の目でみる世界はまったくの別物だ。知らない場所に足を踏み出すのも、相当勇気がいるだろう。俺だって一人暮らしを始めた時は、不安でいっぱいだった。

 なら、俺がちゃんと引っ張って行ってやらないとな。

 不安がっているリーファに手を伸ばし、震えている手を握る。



「大丈夫。俺がいる」

「! ……はい、ますっ」



 震えが止まった。俺の手を強く握り返して跳ぶように扉を潜り、外に出る。

 まだ日が昇って間もないけど、外はじんわり暑くて散歩しやすい気温だ。鳥たちも元気にさえずってやがる。



「まずは近くを散歩して、外に慣れような」

「うい」



 変装用のサングラスを作り出し、そいつを掛けて歩き出す。

 この辺は住宅街だから車通りは少ない。それに朝早いから、空気が澄んでいて気持ちがいい。朝の散歩って、体にいいのかも。



「おぉ……? 建物たくさん、ます」

「つっても、普通の一軒家やアパートが並んでるだけだよ」



 見るもの全てが新鮮なのか、あちこちをキョロキョロ見渡している。記憶喪失ってこともあるだろうけど、潜在的に『異世界の物』が不思議でしょうがないらしい。

 その時。向こう側から、シベリアンハスキーを連れた若々しい奥様が歩いてきた。

 いいなぁ、でっかい犬。俺も将来は犬を飼いたい。

 ぼーっと犬を眺めていると、突然リーファがビクッと飛び跳ねた。



「うぉっ。何……?」

「つ、ツグミっ。悪いやついる、ますっ。あいつ人間食う、ます……!」



 俺の後ろに隠れ、犬を恐怖の目で凝視するリーファ。

 あぁ……そういや魔物に、狼型のホーンウルフってやつがいたな。なるほど、確かにあいつに見えなくもない。記憶がなくても恐怖は覚えてるのかもな。

 怖がってるリーファの頭を撫でて落ち着かせる。

 すると、シベリアンハスキーが鼻をひくつかせて、こっちに近付いてきた。



「ひぇっ……!?」



 当然ビビり散らかすリーファ。ちょっと面白いな。



「ご、ごめんなさいっ。怖いですよね……!?」

「あー、大丈夫です。この子、少しビックリしてるだけなので。撫でてもいいてすか?」

「あ、はい。いいですよ」



 女性の許可を得て、ゆっくりと手を伸ばす。ハスキーは指先を少し嗅ぐと、嬉しそうに舌を出して擦り寄ってきた。



「ほら、大丈夫だろ? こっちの犬は、優しい子が多いんだ」

「そ、そう、です……?」



 リーファはおっかなびっくりに手を伸ばす。ハスキーも、彼女が怯えていることを察したのか、むしろ自分から撫でられにいった。



「わっわっわっ……! も、もふもふ、ふわふわ、ます……!」

「わふっ」

「ひゃーっ……!」



 ぐりぐり擦り寄ってくる犬に、リーファは驚きながらも嬉しそうに笑った。

 俺は立ち上がり、女性に頭を下げた。



「無理言ってしまって、すみませんでした。ありがとうこざいます」

「いえ。こちらこそ、この子と遊んでくれてありが……あら……?」



 なんか、じっと見られてる。……まさか。



「あ……つ、つぐっ、つっ……!?」



 やっぱバレた!? そりゃそうだよね、こんなに近くで話してるんだもん!

 慌てて女性の口を手で塞ぎ、シーッと人差し指を立てる。まだ動揺しているが、なんとか首を縦に振ってくれた。



「すみません。一応、今はプライベートなので」

「わ、わかってますっ。でででででもっ、あの大人気魔法少女でモデルのツグミちゃんに、こんな所で会えるなんて……!」



 顔を真っ赤にして、わたわたあわあわする奥様。まあ、アレだけ大々的にモデルやらMTuberに取り上げられてたら、こういうファン(?)の人もいるか。



「あ、握手してくださいっ。あ、あとサインと、ツーショットも……!!」

「あ、はい。いいですよ」



 それくらいなら減るもんじゃないしな。……サインとか考えてないんだけど、カタカナで『ツグミ』でいいか。



「〜〜〜〜!!」



 奥様は握手、サイン、ツーショットで大興奮。この程度でこんなに喜んでくれるなら、俺も嬉しいな。少し恥ずかしいけど。



「わわわわわ私っ、ツグミちゃんの出てる雑誌全部買ってます! 広告も見に行きましたしっ、オススメしてる化粧水も買ってて……!」

「あ、あはは……あ、ありがとうございます」



 ごめん。そのオススメの化粧水、俺一回しか使ってない。使う必要がなくて。



「おー……? ツグミ、有名人、ます?」

「くぅーん?」



 あの、見てないでこの人の暴走止めてくれませんかね?

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