第70話 知らない場所
食い入るように動画を見るリーファを横目に、布団に横になる。こうして動画を見てくれている分には、手が掛からなくていいな。たまにベビーカーに乗っている赤ん坊にスマホをいじらせている両親がいるけど、こんな感覚なのか。
あぁ、ダメだ。スーパー眠い。貫徹というのもあるけど、気が抜けたからか異様に眠く感じる。
幸い、もう凜々夏と龍安は学校に行っている。来客の予定はないし、寝させてもらおう。
目を閉じると、動画の中のミケにゃんと会話をしているリーファの声を子守歌に、俺の意識は深く沈んで行った。
◆◆◆
――あれ……ここ、どこだ?
気が付くと、見慣れない空間に座っていた。天井も、床も、壁も古い石のレンガで作られていて、そこら中にカビや苔が生えている。
ある一ヶ所は、錆びた鉄柵が嵌められている。あそこが出入口らしいが、それ以外のものはなかった。
灯りはなく、鉄柵の向こうから入って来るオレンジ色の光りだけが頼りだが、それだけじゃ部屋全体は照らせていなかった。
(どこだ、ここ……?)
立ち上がろうとするが、うまく体をコントロールできない。ただぼーっと、三角座りをしている。
もしかして……これ、夢か? だとしたら、なんでこんな変な夢を……?
ただ何もすることはなく、目だけを動かしてなんとか今の状況を確認する。
白い肌は傷だらけで、足首には重く邪魔な足枷がついている。目の端で揺れる金髪はかなり傷んでいて、手入れをしていないのは容易に想像できた。
……待て。金髪? なんで金髪なんだ? この体がツグミのものだとしたら、俺の髪色は紫がかった黒髪のはずだろう。いくら夢だからって、適当すぎやしないか?
変わらない光景を前に、座り続けるだけ。いい加減飽きて来た。
(なんなんだよ、この夢)
こんな代り映えのない適当な夢なら見たくない。もっと寝かせてくれ。こちとら眠いんだ。
いったいどれくらい経ったのだろうか。十分? 二十分? それとも数時間? ただ虚無のままに座っているだけで、余りにも暇だった。夢の中で眠ろうと思っても眠れないし。
この状況に飽き飽きしていた、丁度その時。どこからか重い何かが動く音が聞こえ、鉄柵の向こうの光りが揺らぐ。あれ、電灯かと思ったけど、松明とかランタンのようなものだったのか。妙な所のディテールが細かいな。
向こうで金属と金属がこすれ合う音と、意味が理解できない言葉が聞こえる。
同時に鉄柵が開き、一人の人間が突き飛ばされるように部屋に入って来た。バランスが取れず、転んでしまう。
『+‘>_*‘!』
ここでようやく、この体が動いた。何語かもわからない言葉を叫んで立ち上がり、転んだ人影に駆け寄る。
転んだ人も金髪だ。服はボロボロで、ところどころ汚れている。
傍で跪くとその人は起き上がり、ゆっくりとこっちを向いた。
異様なまでに綺麗な容姿と蠱惑的な体だ。余りにも美しすぎる女性に、心臓が妙な跳ね方をする。
女性は柔和な笑みを浮かべ、優しく俺を抱き寄せて頭を撫でて来た。
そこで、ようやく気付いた。
(耳が……長い……?)
常人ではありえない耳の長さに、目を疑う。
こんな耳を持っている人物は、俺は一人しか知らない。肌や髪、目の色は違うけど、面影は残っている。間違いない。
(まさか、この人……リーファの母親か?)
ということはこの体の持ち主は、ダークエルフになる前のリーファなのか。
まさかこれ、夢じゃない? もしかして、リーファの記憶とか……?
(うっ……!?)
急に世界が揺れ、体が傾く。
いや、傾いているのは俺だけで、リーファとリーファの母親は普通に話している。
すべてが回転するような妙な感覚を覚え、俺の意識は暗闇に落ちて行った――。
◆◆◆
「――ッ!?」
急に意識が浮上し、勢いよく起き上がる。呼吸を荒げて回りを見ると、いつもの俺の部屋だった。
ミケにゃんの動画を見ていたリーファも、相当驚いたのか例の座りながら大ジャンプを見せ、怯えた顔で俺の傍に寄って来た。
「ツグミ、大丈夫、ます……? 汗すごい、です」
「汗……? あ、ああ、うん。大丈夫だ」
確かに、汗が気持ち悪い。別に悪夢を見ていたわけじゃないのに、なんでこんな……。
腕で汗を拭い、スマホを確認する。時刻はもう昼過ぎ。というか夕方に差し掛かっていた時間だった。
「わ、悪いっ。昼飯まだだったよな。起こしてくれてよかったのに」
「起こしちゃダメ、ます。ツグミ、すやすや、です」
「いいんだよ、起こして」
「疲れて寝てる人、起こしちゃダメ、ます」
……なんか、頑なだな。なんでだ?
もしかして、あの夢のことが関係してんのか? いや、そもそもあの夢は、本当にリーファの記憶のものなのか?
わからないが……夢で見たあの光景のことを彼女に聞いていいんだろうか。
……いや、やめておこう。変に刺激するのも、よくない気がする。
一先ず、リーファに飯を用意してやらなきゃな。
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