第69話 むっつり

「……朝か」



 案の定眠れず、いつの間にか朝日が昇っていた。

 そっと嘆息して、未だ夢の中のリーファを見つめる。



「くぅ……くぅ……」



 なんともまあ、子供みたいで可愛い寝顔だ。

 だがしかし。寝たは良いものの、俺にくっついて離れない。脚まで絡んできたせいお陰で、隅の隅まで堪能してしまった。本当、ありがとう。

 今までは脳内物質がギンギンで全く眠くなかったが、ようやく眠気が襲ってきた。

 まあ幸い(?)にも今日は強制学校バックれ日だ。昼間は寝させてもらおう。

 うつら、うつら。

 ──ピンポーン。



「んぁ……?」

「ツグミ、あなたの愛する妻が来たわよ」



 なんだ、龍安か。こっちは眠いんだ。大人しく寝させてくれ。

 うつら、うつら、うつら。



「……まだ寝ているの? 仕方の無い旦那様ね。バハ、お願い」

「グルッ」



 ……え? バハムート?

 聞き間違いかと思って顔を上げた、その時。金切り音と共に鍵が破裂し、扉がゆっくり開いた。



「あら、起きてるじゃない」

「いや何してんの??」



 扉を破壊してまで不法侵入するんじゃない。後でちゃんと直せよ。



「……んゅ……ふぇ……?」

「あぁ、おはよう、リーファ」



 今の騒音で起きちゃったらしい。まだだいぶ眠そうだ。

 仕方なく体を起こすと、部屋に上がってきた龍安が目をぱちくりさせた。



「……なんだよ」

「……寝取られってこんな気分なのかしら。ちょっとゾクゾクするわ」

「せんでいい」



 あと、前提として俺は別にお前のもんじゃないから、寝盗られではない。



「それは冗談として。ツグミ、しばらくは学校休むわよね? 先生には私の方から連絡しておくわ」

「いいのか?」

「ええ、もちろん」



 正直助かる。学校に電話するとしても、リーファが傍にいる以上、男の姿には戻れないからな。

 寝ぼけ眼で話を聞いていたリーファは、何度も首を傾げて俺の脚に倒れかかって来た。やれやれ、甘えん坊だな。



「……やっぱり私も休もうかしら。リーファばかり甘えていてずるいわ」

「しょうがないだろ、身寄りがないんだから。それに、今度お礼するって言ったろ? それで勘弁してくれ」

「むぅ……仕方ないわね。お礼の内容、しっかり考えておくわ」

「お、お手柔らかに……」



 だからそんな獲物を狙う猛獣みたいな目で見てこないで。

 苦笑いを浮かべて龍安から顔を逸らすと、扉が開いてリリーカさんが剣を手に乗り込んできた。



「ツグミ、大丈夫かっ? 今、ものすごい音が……!」



 ああ、さっき龍安が鍵を破壊した音を聞きつけて来たのか。



「ああ、大丈夫。このお馬鹿が鍵をぶっ壊しただけだから」

「あら、私じゃないわ。バハがやったことよ」

「グルッ!?」



 まさかの龍安の裏切りに、ミニバハもびっくり仰天。目を見開いて龍安を見上げた。

 お前が命令したんだろ。可哀想に。



「まあ何にせよ、こっちは無事だ。朝から騒いでごめんな」

「い、いや、いい。何もないなら大丈夫だ……が……」



 リリーカさんの目が、俺の股ぐらに頭を突っ込んでるリーファに注がれる。

 一瞬で顔を真っ赤にしたリリーカさんは、高速で顔を伏せた。



「なっ、ななななな何をしているのだっ、朝っぱらから! つ、ツグミっ、お前そんな奴だったとは……!」

「え? ……ただ寝てるだけだぞ」



 リーファの頭を撫でると、気持ちよさそうに目を細めて口をもにょもにょさせた。



「…………〜〜〜〜っ! ま、紛らわしい格好をするなぁー!!」



 あ……逃げた。

 やれやれ、この格好を見て朝っぱらから変な勘違いをするとは……。



「むっつりだな」

「むっつりね」

「??」






 あの後すぐ龍安も登校していき、部屋には俺とリーファの二人きりとなった。

 リーファも目が覚めたのか、元気いっぱいでお茶漬けをもりもり食べている。こういった質素な飯でも、十分美味いらしい。

 さて、今日一日暇だな。勉強するって気分にもなれないし……とりあえず、リーファにこの世界のことを教えてやらないとな。

 そういう時に便利なのが、SNSだったりする。

 特にMTuberの動画は、戦闘以外にも街中のことを紹介する配信者もいるから、見ていて楽しいんだ。

 個人的には、ミケにゃんの動画を推したい。流行りのスイーツはもちろん、新しくできた商業施設の紹介もしていて、女子にも人気の企画動画を多数撮っているからな。



「リーファ、飯食いながらでいいから、これを観てくれ」

「はい、ます?」



 スマホをスタンドに立てて、ミケにゃんの動画を流した。



『みんなー、オッハロー!☆ 今日も魔法少女・ミケにゃんの配信に来てくれてありがとー! 今日もたくさん楽しんでいってね♡』

「みっ!?!?」



 いきなりハイテンションで現れたミケにゃんに、リーファは座ったまま数メートルもジャンプした。何それすげぇ。どうやってんの?

 着地と同時に、俺の後ろに回り込むリーファ。顔を覗かせ、恐れと興味の入り交じった顔でスマホを凝視する。



「ひ、人っ。人が板に封じられてる、ます……!?」

「違うよ。これは映像っていう技術で、封じられてる訳じゃないんだ。この子がこの世界についていろいろ教えてくれるから、観てみるといいよ」

「こ、怖くない、ます……?」

「ああ、大丈夫」



 恐る恐る前に出るが、まだ怖いのか俺の膝の上にすっぽり座り、動画を観る。なんか、子育てしてる気分になってきた。



『あれー? 今日はなんだかみんな、元気ないなー? はい、もう一回! オッハロー!☆』

「おっ、おっはろー、ます……!」

『うんうん、元気が宜しい! みんなの声、ミケにゃんに届いたにゃん♪』

「!」



 自分の挨拶が届いたと思ったのか、リーファは目を輝かせて俺と動画を交互に見てきた。

 そういう訳じゃないんだけど……ま、可愛いからいいか。

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