第59話 魔法石

 一瞬でアパートまで到着し、とりあえず俺の部屋に入れる。

 抱っこしたダークエルフを下ろすが、慣れない場所だからか俺から離れようとしない。目をぱちくりさせて、部屋の中を見ている。片付けてないから、あんまり見ないでほしいんだけどな。

 後から入ってきたリリーカさんが腰に提げていた剣を消し、キッチンに向かった。



「お茶を淹れる。ツグミはビリュウさんが戻って来るまで、彼女から少しでも情報を聞いておいてくれ」

「言葉通じませんが?」

「そこは持ち前のノリとフィジカルとパッションだ」



 そんな陽キャのコミュニケーション能力持ち合わせてねーよ。

 はぁ……仕方ない。なんとか話してみるか。

 一先ずクッションに座らせて俺も反対側に座るが、少女は離れるのが嫌なのか俺の隣に座ってきた。なんでこんなに懐かれてるんだ……? ま、まあいい。それは置いておいて。



「えー……まずは自己紹介だな。お……私はツグミ。ツグミだよ」

「……?? つ……ぐ……み?」



 俺のことを指さし、小さくても温かみのある声を発した。



「そうそう、ツグミだ。君の名前は?」

「?」

「私、ツグミ。君の、名前は?」



 ゆっくりと、区切るように声を掛けると、理解したのか耳をぴくぴくと動かした。



「……わ、た、し。……りぃ、ふぁ」

「リファ?」

「……りぃ、ふぁ」

「リーファ?」

「!」



 合っているらしい。目をキラキラさせ、何度も頷いた。

 この子、リーファって言うのか。……それにしては表情豊かな子だ。闇落ちしたエルフとは思えないくらい純粋無垢な感じがする。

 創作上では、闇落ちした奴ってもっと影のあるキャラの印象だ。いったいどういうことなんだろう?

 と、その時。リリーカさんがお茶を淹れて来てくれたタイミングで、ビリュウさんも俺たちのカバンを持って部屋に入ってきた。



「戻ったわ。知り合いの魔法少女から言語変換の魔法石を借りて来たから、試してみましょう」

「え、そんなものがあるんですか?」

「魔法少女は世界中にいるからね。英語、ロシア語、中国語、イタリア語、スワヒリ語……とにかくなんでも、日本語に変換してくれる魔法石があるのよ」



 なんだよそれ、便利すぎない? 俺も英語のリスニングテストで欲しいんだけど。

 ビリュウさんからペンダント状の魔法石を受け取り、リーファに近付く。



「ちょっとジッとしててくれよ」

「??」



 彼女の後ろに回り込んで、ペンダントを首に回す。

 それを付けると、一瞬だけ魔法石が光り、すぐに落ち着いた。



「これで互いの言葉が通じるはずよ」



 ビリュウさんの声に、リーファは目を見開いて何度も魔法石を見た。



「リーファ。言葉わかるか?」

「……わ、わかる、ます」



 おおっ。すげーな、本当に日本語で聞こえる。便利すぎるな。

 とりあえずこれで、コミュニケーションに関しては問題ないな。言葉がわからないと、どうしようもないし。



「えーっと……改めて自己紹介しよう。私はツグミ。よろしくな」

「私はリリーカ。よろしく」

「初めまして。ツグミの妻です」



 スパァーンッ! リリーカの平手がビリュウさんの後頭部を叩いた。うわ、痛そう。普通人なら首が吹っ飛んでる威力だぞ。



「リリーカ、痛いわよ。仮にも目上の人を叩くなんて」

「ふざけているビリュウさんが悪いんです。ほら、しっかり自己紹介してください」

「……ビリュウよ。よろしくね」



 ようやく全員の自己紹介が終わり、改めてリーファを見る。

 彼女は俺たちの視線に緊張しているのか、俺の服をつまんで机に目を向けた。



「り、リーファ、です。よろしく頼む、ます」

「……そんな畏まらないで、いつもの喋り方でいいぞ?」

「いつもこんな感じだ、です。リーファ、変わらない、ます」



 ふむ? やっぱり地球の言語と違うからか、翻訳がうまく行っていないみたいだ。

 まあいいか。一応言葉が通じるし。



「リーファ。不安だろうけど、まず君のことを詳しく教えてくれないか? ダークエルフだってことは知ってるけど、それ以上のことは知らないんだ」

「……わからない、ます。リーファはダークエルフ、ます?」



 ……なんだって?

 二人と目を合わせると、リリーカさんが神妙な顔でリーファの話しかけた。



「こっちに来る前のことでもいいんだ。どこで暮らしてたとか、何があってこっちに渡ってきたのかを教えてほしい」

「こっち……? 暮らし……? 何があって……? ……わからない、ます。リーファ、何も知らない、です。リーファは……誰、ます?」



 不安なのか、リーファの顔に陰りが見える。

 もしかしてこれって……。



「記憶喪失、かもね」



 俺が思ったことを、ビリュウさんが口にした。



「ビリュウさんも、そう思うか?」

「ええ。ところどころ傷があるし、衣服もぼろぼろ。向こうで何かがあってショックを受けて闇落ちし、記憶が欠落したままこっちに来てしまった。そう考えるのが自然よね」



 リリーカさんはゆっくりと頷き、腕を組む。



「記憶がなく、こっちの世界では身寄りもない。異世界に帰そうにも、その方法がない以上、とりあえず私たちで面倒を見るしかないな」

「え。あの穴に入れたらいいんじゃないんですか?」

「それは無理だ。そもそもあの穴はどこに現れるかわからない上に、大抵は魔物が現れたらすぐに消えてしまう。さっきのように、運よく目の前に現れないことにはその方法は取れない」



 マジか。え、じゃあリーファって、ずっとこっちにいるってこと?

 ……どうやって世間から隠し通せばいいんだよ……。

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