第58話 ダークエルフ

 絶世の美女で、耳が長い。そんなの、この世界ではありえない存在だが……俺は、知っている。

 間違いない。……エルフだ。

 歪みの穴を通ってきたから、向こう側の住人だというのはわかるが……嘘、だろ。本当にいるのか、エルフって。



「ツグミ、今すぐそいつから離れるんだっ。危ないぞ……!」

「耳が長いということは、人間とは違う生物の可能性が高いわ。気絶している今の内に、処分しましょう」

「ぐるるるる……!」



 リリーカさん、ビリュウさん、ミニバハが警戒を露わにしている。

 確かにその通りだが……もしやこいつら、エルフをご存じでない?



「待て待て待て。多分この子、エルフだ。定義で言えば、人間のはずだぞ」

「……エルフ? ビリュウさん、知っているか?」

「いいえ。残念だけれど、聞いたことないわ」



 マジかよ。エルフを知らない人がこの世にいるのか。

 ……いやまあ、俺も知っているというより、アニメや漫画でしか知らないんだけどさ。



「モモチ、見てんだろ? この人、エルフで間違いないよな?」

『――そうだね。ツグミの言う通り、その子は向こうの世界の住人。エルフだよ。……正確には、少し特殊な事情を抱えたエルフみたいだけれど』



 と、餅のキーホルダーが宙に浮いて、モモチが喋った。やっぱり思った通り、エルフだったか……って、特別な事情?



『博識なツグミなら、わかるんじゃないかい? この子の髪と肌の色、普通のエルフと違うでしょう?』



 え。いや、普通のエルフを知りませんが。リリーカさんもビリュウさんも、そんな期待を込めた目で見ないでください、本当にわからないんで。

 ただ……なんとなく察しがつくもので言うと……。



「……ダークエルフ?」

『さすがツグミ。そう、この子はダークエルフだ。元々ハイエルフだった者が、なんらかの心の闇やトラウマを抱え、闇落ちした存在……それが、ダークエルフだよ』



 心の闇やトラウマ、か。こんな綺麗な子も、壮絶な人生を送ってきたみたいだな。

 腕の中で眠るダークエルフを見つめる。

 その時。目がぴくりと動き、辛そうに目をゆっくりと開けた。燃えるような赤い瞳が揺れ動き、俺と目が合った。



「あ、気が付いたか?」

「……っ!? ~~~~ッ! …………!!」

「あ、ちょ、暴れるなっ」



 ま、まあ、見ず知らずの美少女に抱き締められているんだ、驚くのも無理はない、うん。

 けど……力、弱いな。ツグミの姿じゃなくても取り押さえられそうだ。



「”#$%&’(……!」



 …………??



「な、なんて?」

『異世界の言葉だね。食べないでください、だって』

「食べないが!?」



 人をカニバリズムみたいに言わないでくれます!?

 やれやれ……それにしても、これが異世界の言葉か。地球上の言語じゃない、不思議な発音だ。より神秘的というか、人類が作り出した言葉じゃないというか……変な感じがする。



『さ、話は終わりだよ。……ツグミ、今すぐその子を殺すんだ』

「……は……?」



 も、モモチ、何を言って……?

 愕然とモモチを見つめると、不思議そうに体を傾げた。



『あの歪みの穴は、魔物しか通って来れないんだ。もし人間が通ろうとしたり、誤って入ってしまった場合は、こちら側に抜ける前に体が消滅してしまう。つまりこのダークエルフは、魔物としてこちら側に来てしまったということ。幸いにも、今の彼女は事態を把握できていないみたいだから……何か大変なことが起きる前に、殺してしまった方がいい』



 モモチの言葉に、リリーカさんとビリュウさんも戦闘のギアを上げる。迸る圧に、ダークエルフの子は怯えて縮み上がってしまった。



「ま、待ってくれ。もしこの子が本当に魔物なら、もう俺たちを攻撃してるはずだ。俺たち三人が警戒してたら、大変なことが起こる前に対処できる。もう少し様子を見てからでも遅くないだろう……!」



 ダークエルフを後ろに庇って、二人と正対する。

 まさかの俺の行動に二人は目を見開いたが、直ぐにビリュウさんは魔法少女の姿を解いた。



「私は、旦那様の言う通りにするわ。モモチ、あなたは黙っていなさい」

「ビリュウさん、ありがとう……!」



 って、誰が旦那様だ、誰が。

 リリーカさんもビリュウさんを見て、そっと目を閉じて剣を鞘に収めた。



「という訳だ、モモチ。正直私も、人間であろう彼女を問答無用で殺すことはできない。ここは、私たちに任せてほしい」

『……やれやれ、仕方ないね。わかったよ、ここはみんなの顔に免じてあげる。ただし、もし何かあった時は相応の対応をするように。……任せたよ、みんな』



 まとっていた光りが霧散すると、餅のキーホルダーは力なく地面へと落ちた。

 さて、そう言ったはいいものの……どうしよう、この子。

 未だ俺の後ろに隠れているダークエルフに目を向けると、うるうるの涙目で俺を見つめてくる。

 いや……可愛いな、マジで。人間離れしすぎていて、作り物にしか見えない。



「とりあえず、今日は学校を早退して家に連れて行くか。ビリュウさん、先生に早退するって言っておいて。あとカバンも持ってきてもらえると嬉しい」

「ええ、わかったわ」



 ビリュウさんが屋上を出ていくのを見送ると、ダークエルフの少女を支えて立ち上がる。



「さて、帰りますか」

「うむ。その子は私が連れて行こう」

「お願いします」



 リリーカさんが彼女を抱きかかえようと近付く。……が、ダークエルフは怯えた顔で俺の後ろに隠れてしまった。



「な、何故だ……!?」

「まあ、初対面であれだけ敵意剥き出しだったらこうなりますよ」



 思わず苦笑いを浮かべてしまった。うん、ドンマイ、リリーカさん。

 仕方ない。俺が連れて行ってやるか。



「変な所は触らないから、安心してな」

「??」



 あー……言葉わからないか。これからどうやってコミュニケーションを取ろう。課題が山積みだ。

 一先ず彼女をお姫様抱っこでかかえる。ほっそりしているけど、大変肉付きがいいですね。特にごく一部が……って、変なことを考えるな、俺ッ。

 なんとか煩悩を振り払うと、俺たちは屋上からアパートの方に向けて飛び立った。

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