第3章 異世界の魔法
第57話 来訪者
◆◆◆
──……昏い……昏い闇の中。私はいつからここにいるんだろう。
──そもそも、ここはどこだろう……。私は、誰だろう。
──……わからない……何も、わからない……。
──あぁ、眠い。もう、何も考えたくない……。
──冷たく、まとわりつくような闇の中……永遠に……眠っていたい……。
──…………。
──……? あれは……光り……? 光りって、なんだっけ……?
──でも、懐かしい……暖かい……。
──私は、そっと光りに手を伸ばした──
◆◆◆
龍安家のお家騒動から3日。ようやく全てが解決し、いつも通りの日常が戻って……。
「継武くん、一緒にお昼いかがかしら?」
「つ、継武さん。わ、ゎたしも……」
……いなかった。
昼休み。可愛らしい巾着に包まれた弁当箱を持った凜々夏とビリュウさんが、話しかけてきた。
当然周りはざわつき、親友の優里は唖然としている。
この3日の間に、ビリュウさんは家の残りのゴタゴタを片付け、ようやく学校に復帰。そのまま学校生活に溶け込むか、ツグミの正体を掴んだから転校して行くかと思ったんだが……考えが甘かった。まさか、学校でまで距離を詰めてくるとは思わなかった。
「いや、それは……」
「さ、行きましょう。時間が無くなってしまうわ」
「あっ。ちょ、待っ……!」
急に腕に抱き着いてくんな! ここ教室! みんな見てるから! 優里なんて憎悪と嫉妬で見せられない表情になってるから!?
ビリュウさんに腕を引かれ、後ろから凜々夏が付いてくる。事情を知らない周りからしたら、冴えない男が美少女に囲まれているという光景に、みんなギョッとしている。
「わ、わかった。わかったから離してくれっ……!」
「いやよ」
「だ、大丈夫だ。逃げたりしないからっ」
「違うわ。私がくっついていたいから、絶対にいや」
それもう逃げ場がねーじゃねーか……!?
結局、このまま連れて行かれ、誰もいない屋上へとやってきた。
確かビリュウさんは雨女だったはずだが……今は晴天に恵まれている。こういう時に発揮しないだなんて、どうなってんですかね、バハムートさん。
はぁ……仕方ない。ここまで来たら、大人しく飯を食うか。
「あ、やべ。昼飯置いてきた」
「大丈夫よ。あなたの分のお弁当は、妻である私が作ったから」
と、どこからかもう一つの巾着を取り出した。って、誰が妻だ、誰が。
無理やり弁当を押し付けられてしまい、今更断るのも申し訳なく……仕方なく、弁当を受け取った。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして。と言っても、半分は凜々夏にも手伝ってもらったのだけれど」
「え?」
思わず凜々夏に目を向けると、真っ赤な顔を恥ずかしそうに伏せた。
「そ、そ、その。ゎたしも継武さんのお役に立ちたいって……ご、ごめんなさい出しゃばってっ。ゎ、私なんかがこんなことしても意味ないのに……!」
「そ、そんなことないぞ。誰かに作ってもらう弁当なんて久々だから、めっちゃ嬉しい」
二人の合作か……もう返すなんて選択肢はなくなったな。
とりあえず座り、弁当を広げる。
白米の上に乗っている、ハート型の桜でんぶ。ハート型に切られた卵焼き。小さい楊枝の刺さっているハート型のちくわキュウリ。一口サイズのミニハンバーグ(ハート型)。彩を意識してか、ハート型に型抜きされているニンジン。
見るものすべてがハート型。もう見るだけで胸やけが酷い。
「これ、本当に二人が?」
「ええ、もちろん。と言っても、ミニハンバーグや卵焼きは、凜々夏に作ってもらったけど」
「は、ハート型のリクエストは美月さんですよっ。わわわわ私じゃないですからね……!?」
「あら、凜々夏もノリノリだったじゃ……もがっ」
「いいいい言わないでって言ったじゃないですかぁ……!」
二人がキャーキャーと乳繰り合っているのを横目に、弁当に目を向ける。
確かにハートが多くて、くどく見えるけど……冷めているのに、食欲をそそられる。
なんだか、無性に腹が減ってきた。それじゃあ、いただきま――
『緊急――ツグミ、リリーカ、ビリュウ! そこに歪みの穴が現れるよ!!』
「「「ッ!?」」」
脳裏に響くモモチの声。反射的に魔法少女へと変身した俺たちは、突如数メートル上空に現れた異世界の穴を見上げた。
穴の大きさは小さい。大人一人が入るのがやっとの大きさだ。
ビリュウさんはミニバハムートを召喚し、リリーカさんは剣を構える。俺も拳を構えて、穴を注視した。
穴の大きさからして、そんなに強くなさそう……か?
「こんな近くに穴が現れるなんて、初めてだな」
「そうね。相手も運が悪いというかなんというか」
ビリュウさんの言う通りだ。俺たちは一人でも強いのに、それが三人集まるだなんて、相当運が悪い。
と、その時。異世界へ通じる穴が少し波打つと……何かが、こっち側に現れた。
それを見た俺たちは……目を見開き、騒然となった。
「え……?」
「な、なんだ、あれは……?」
「ひ……人……?」
白銀のロングヘアに、褐色の肌。気絶しているのか、体に力が入っておらず、目も閉ざされている。服……というより、ボロのような布切れで局部を覆っている女性に、思わず息を飲んだ。
魔物なのか? いや、どう見ても魔物じゃない。人……というからには、常人離れした美貌というか……あっ。
「危ない……!」
穴から完全に出た女性は、真っ逆さまに落ちてくる。
咄嗟に動き、頭から落下しそうなところを寸前でキャッチした。
あの高さで頭から落ちたら、さすがに死ぬからな……ん? いや、助けなくてよかったのか? だって穴から出て来たから、こいつは魔物なわけで……?
「ツグミ、大丈夫かっ?」
「は、はい、リリーカさん。なんとか……」
抱き留めた女性に視線を落とす。
白銀の髪、褐色の肌、常人離れした美貌。だがそれ以上に目を疑う特徴が、彼女にあった。
「……耳が……長い……?」
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