第56話 破廉恥

   ◆◆◆



「な、なるほど。一応、事態は収束したと」

「は、はい。その通りです」



 正座で座りながら、何があったかを一通り説明を終えると、リリーカさんは腕を組んで頷いた。

 なんで俺が正座かって? 気まずいからだよ。さっきビリュウさんに迫られたシーンを見られたからだよ……!



「うむ。ビリュウさんが龍安から解放されたのは喜ばしいことだ。……が、しかし!」



 ダンッ! 畳を踏みつけ、俺を……正確には、ずっと俺の腕引っ付いて離れないビリュウさんを指さした。



「もう龍安の呪いから解放されたならっ、あ、あんな破廉恥なことをしなくてもいいんじゃないですか……!!」



 そうだそうだ! 言ったれリリーカさん!

 俺とリリーカさんの視線がビリュウさんに注がれる。けど彼女は余裕そうな笑みを浮かべ、俺の肩に頭を乗せて来た。あ、いい匂い。



「リリーカ、あなたは勘違いしているわ。確かについ数時間前の私は、龍安に言われるがまま彼とお見合いをした。もしそのままなし崩し的に彼と結婚すると決まったら、今日の夜には子作りしていたでしょう」

「こ、こ、こっ、こここここここここっ……!?」



 リリーカさん、にわとりみたいになってるぞ。落ち着け。



「でも今は違うわ。私は私の意思で、この人と繋がりたい。子供を作って、幸せになりたい。生物である以上、この本能は自然なものよ。……だから決して、私は破廉恥ではないわ。撤回してちょうだい」

「う……す、すみませんでした……」



 そこ気にしてたのかよ。あの状況を見れば、誰だって破廉恥だと思うだろうだろ。あとリリーカさん、素直すぎる。別に謝らなくていいぞ。

 リリーカさんは軽く咳払いをすると、まだ頬を赤らめたまま真剣な顔付きになった。



「わかりました。人の気持ちは不可侵ですからね。この事は私は踏み込みません」



 なんてこった、物分りが良すぎる。もっと体当たりで止めに来てほしい。俺の貞操を守るために。

 すると、そんなリリーカさんを見て、ビリュウさんは全てを見透かしているようにほくそ笑んだ。



「あら、いいの? あなた、神楽井くんを──」

「なななななななんのことでしょうっ!」



 ビリュウさんの言葉に、食い気味に被せてきた。

 え、何? 何が?



「わ、私は魔法少女としての先輩で、この世界のことを知らない彼の教育係です。それ以上も以下でもありません」

「そう? なら遠慮なく、私が彼の子を産むから」

「ど、どうぞご勝手に……!」



 勝手にしないでくれません!? 俺の人権を尊重して!



「ま、まあまあ2人とも、落ち着いてっ。ここ、人様の家ですし、帰ってから話し合いましょうか。ね、ね?」

「私の家でもあるのだけれど……あなたが気にするなら、そうしましょうか」



 ビリュウさんはようやく俺から離れ、立ち上がる。はぁ〜……心臓に悪すぎる。

 続いて俺も立ち、部屋を出ていく彼女を追う。

 と……リリーカさんがムスッとした顔で俺を睨んできた。



「り、リリーカさん、どうかした?」

「……君はいいのか? ビリュウさんに流されるがままで」

「え。いやぁ……よくはないな。でもビリュウさんの事情や過ごしてきた環境を思うと、無下にもできないというか……」



 今まで自由な恋愛を禁止されてきたんだ。女であるキキョウさんに心頭していたのも、男は子供を産むために必要な存在以外の認識がなかったから、恋愛対象としては拒絶していたんだろう。

 じゃあなんで、俺が迫られてるのか? ……知らん。ビリュウさんに聞いてくれ。



「はぁ……継武くんは優しいな」

「俺程度が優しかったら、この世はもっと平和でしょうね」

「そんなに自分を卑下するな。君は、君が思ってる以上にいい男だよ」



 ……年下に褒められても、なんだかな。

 部屋から外に出ると、少し先でビリュウさんがビリュウ母と何かを話していた。どこかぎこちないが、雰囲気は穏やかだ。

 思わず飛び出し、ビリュウさんたちとの間に割って入る。

 俺が飛び出すと思っていなかったのか、ビリュウ母はキョトンとした顔で俺を見上げた。



「まだ、何か?」

「そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ。ただちょっと、あなたについてお話していただけです」



 俺について……? あ、ちょっ……!

 急に俺の頬を撫で、つつき、引っ張ってくるビリュウ母。な、何してんの……?



「ふむ……もう少し私が若ければ、私の方があなたを欲していましたのに」

「え」

「冗談です」



 嘘だ。目がマジだったぞ。俺、いつからモテ期に入ったの?



「それでは……継武さん。美月のこと、よろしくお願いします」

「あ、ちょっと……!」



 俺が反論する前に行ってしまった。そんな、よろしくなんて言われても。



「お母様公認ね、継武くん」

「継武くん、いくらティアマトさんが美人だからって、クラスメイトの親とそういった関係は如何なものかと思うが」



 頼むから、俺を置いて話を進めないでくれ。

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