第37話 雨女
無事(?)屋上から戻った俺は、その後の授業は上の空だった。
途中、優里に絡まれたけど、それを返す気力もなく、あっという間に放課後。もう帰る時間なのだが、今日ほど家に帰るのが億劫なことはない。
理由は明快。隣に越してきた、ビリュウさんのことだ。
せっかくお隣さんがいなくて、悠々自適な一人暮らしを満喫できてたのに……けど、ずっと学校にいる訳にもいかないからなぁ。
……仕方ない、帰るか。
荷物をまとめて、重い足を引きずって帰路に着く。
と、その時。急に空が曇りだし、湿気を含む風が吹いてきた。
「やばっ。洗濯物……!」
今日の天気は晴れ予報だったから、布団まで干してきたのに……! タイミング悪すぎだろ!
アパートに向かって走り出す。
走ること数分。幸い近い所に住んでいたから、降り出す前にアパートが見えてきた。
が。アパートの前にいる女性を見て、思わず足を止めてしまった。
女性は俺の気配に気付いたのか、俺とほぼ同じタイミングで立ち止まり、振り返る。
そう、誰でもない……龍安美月だった。
「…………」
「…………」
何故か互いに無言で見つめ合う。
くそ、最悪だ。今一番会いたくない人に、継武の姿で会っちまった……!
見つめ合うこと数秒。龍安さんは、思い出したように口を開いた。
「確か……同じクラスの、神楽井継武くん……だったかしら?」
「え、あ、はい。……なんで俺の名前を?」
「諸事情があって、学校に所属している生徒や教師の名前はすべて覚えているの」
こっっっっわ。それ、ツグミを見つけ出すため? もうストーカーと同じレベルだよ??
「確か、私の部屋の隣に住んでいるのよね? 後で改めて、引っ越しの挨拶に伺わせてもらうわ」
「あ、いや。そこまで律儀にしてもらわなくても大丈夫だぞ」
と言うか、私生活を握られて芋づる式にツグミの正体にまで辿り着かれたくない。
この人の行動力と記憶力は驚異だ。いつかバレそうで心配なんだけど。
「そうもいかないわ。やはり隣人付き合いは大切だもの。それとも、何か私に隠し事でも?」
「いやいや、そういう訳じゃないけどさ……」
「ならいいじゃない」
ぐっ……押し切られてしまった。なんなんだ、この押しの強さは。
内心、苦虫を噛み潰していると、不意に鼻先に雨粒が当たった。
「やべっ。ごめん、龍安さん。洗濯物取り込まないといけないから、また……!」
龍安さんの横を通ってアパートの敷地に入り、自分の部屋の鍵を開けようとした、その時。
「私がこのアパートに住んでいる間、洗濯物は外に干さない方がいいわよ」
「──……え?」
急に、意味深なことを言われた。
思わず立ち止まって、彼女を振り返る。
龍安さんは自分の部屋の鍵を開けると、澄ました顔で陰のある笑みを見せた。
「私、雨女だから」
それだけ言い残し、部屋に入っていった。
……雨女?
◆◆◆
洗濯物と布団を取り込み終えると、かなりの雨が降って来た。
一階に住んでるから、目の前の庭が水浸しになっていくのがよくわかる。浸水まではしないと思うけど、大丈夫だろうか。
布団は少し濡れたけど、夜までには乾くだろう。よかった、間に合って。
「はぁ〜……疲れた……」
ツグミの正体を暴くために、龍安さんこと、ビリュウさんが転校してくるなんて……どうかしてるんじゃないか。正気とは思えない。
まあ、あの人はキキョウさんのことを好きみたいだし、恋は盲目ってことか。
畳に寝転がって幾度目かのため息をつくと、不意にスマホが震えた。
『凛々夏:私もビリュウさんと一緒に、お部屋にお邪魔しますね。正体がバレないように、サポートさせてもらいます』
……え、お邪魔するって……部屋に入るってこと!?
慌てて飛び起き、文面をもう一度読み直す。
間違ってない。今から二人の美少女が部屋に来る。一人暮らしの俺の部屋に。
ゆっくり部屋を見渡す。
散らばったゴミ。取り込んだばかりの男物の服。
これはいい。いや、よくないけど。
それだけじゃなく、問題は……壁に貼り付けられた、コスプレツグミの自撮り写真の数々。
…………まずいっ!!
大慌てて写真を剥がし、袋に詰めて服と一緒に押し入れにぶち込む。
あとは急いでゴミをまとめて、掃除機を掛けて──ゴスッ!
「〜〜〜〜ッ!?!?」
あっ、脚の小指とスネ打ったッ……!! 生身の体痛すぎだろ……!!
◆◆◆
「……リリーカ。中からドッタンバッタン音が聞こえるのだけど、大丈夫かしら?」
「男の子にはいろいろあるんですよ、ビリュウさん」
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