第36話 理由
転校してきたビリュウさんこと龍安さんは、その美貌で瞬く間に全校生徒の噂になった。
と言っても、休み時間になっても誰も話しかけに行かない。いや、いけない。それほど、龍安美月は異様な貫禄とオーラがあった。
みんなここぞとばかりに、遠目で龍安さんを見ている。
例に漏れず、俺と優里も見ていた。
「どうしよう、継武。俺、リアル美女を相手に緊張するの初めてなんだけどっ」
「魔法少女もリアルだろ」
「あれはなんか、どことなくフィクション感が強いっていうかなぁ」
優里の言ってることはわかる。
でもあれもリアルだ。直ぐに復興・治療ができるとは言え、実際に被害が出ている。あれをフィクションと捉えることは、俺にはできない。
「そんなに気になるなら、話し掛けてくれば?」
「無理無理無理無理ッ。むしろお前はなんでそんなに冷静なんだよ……!」
「と言われても」
確かに美人だ。同年代では有り得ないくらい可愛いと思う。
が、ツグミの方が可愛いからな! 毎日顔面偏差値100の顔を鏡で見てるもん、生半可な美女相手じゃ緊張なんてせんわ!
……なんて、口が裂けても言えないけど。秘密を抱えるって大変だな。
そっと嘆息して、改めて横目で龍安さんを見る。
その時。急に凛々夏が立ち上がると、龍安さんに近付いていった。
周りがザワつく中、二人は二言、三言話すと、揃って教室を出ていく。
二人の関係を知らないみんなは面食らったようで、ぽかんと後ろ姿を見送っていた。
「な、なんだ……? なんで真城さんと龍安さんが……?」
「転校生同士、気が合ったんじゃないか? てか、女子の仲を邪推すんのはやめとけよ」
まあ大方、魔法少女関連のことだろうけど。
龍安さんが転校してきた理由も、凛々夏なら聞いてくれるだろうさ。
それから程なくして、昼休み。俺のスマホに、凛々夏からメッセージが送られてきた。
『凛々夏:昼休み、屋上にて待つ』
「武士か」
この文章の書き方、リリーカさんだな。つまり、変身して屋上まで来いと……仕方ない、行くか。
「おーい、継武。飯食おうぜ」
「わり。これから用事があんだ」
「あん? なんだ、うんこか?」
「違う、女」
間違ってはない。俺も女として行くし、待ってるのも女だし。
「なっ……なっ、なっ……!?」
「つーわけで、じゃーなー」
「うっ、裏切り者めええええええ!!」
あーあー、聞こえん聞こえん。
後ろから聞こえてくる怨嗟の声を無視して、軽く屋上まで駆け上がる。
おっと。そういや、ツグミの格好じゃないといけなかったんだっけ。危ない危ない。
軽くその場で一回転。
瞬く間に姿と服を変えた。因みに服は、女子の制服だ。これなら問題ないだろ。
軽く咳払いをし、屋上に続く扉を開け──メキッ。……外した。蝶番ごと。
扉の向こうでは、呆れ顔のリリーカさんと、変身しているビリュウさんの二人がいた。
「ツグミ、お前な……」
「相変わらずの馬鹿力ね」
「あ、あはは……しゅみましぇん」
とりあえず外した扉は立てかけておき、三人で三角に立つ。
今日は風が強いな。スカートが激しくはためきやがる。
「えーっと……それで、なんでお……私は呼び出されたんでしょう? カツアゲ?」
「違う。ビリュウさんが、どうしてもツグミと話がしたいと言うからな」
ビリュウさんが?
首を傾げると、彼女はじーっと俺を見つめてきた。な、何さ……?
「……本当に、この学校にいるのね、あなた」
「え? はぁ、まぁ……学生ですから……?」
「そうね、その通りね」
ビリュウさんは俺の方に歩みを進めると、超至近距離まで近付いてきた。まるで、ヤンキー漫画でいうメンチを切るように。
「ツグミさん。私はね、あなたのことを知りたいの」
「え」
やだ、もしかしてビリュウさん、俺のことを……!?
……あー、いや、俺と言うよりツグミの方か? もちろん俺はウェルカムですよ。バッチコイです。
「勘違いしないで。決してそういう意味じゃないわ。私にはキョウ様しか見えてないから」
「……そすか」
…………。
「え?」
キョウ様って、キキョウさんのことだよな?
あの人しか見えてないって……つまりこの人、キキョウさんのことが好きなの?
あらまぁ、なんというか……意外だ。
だってキキョウさんって、当時日本最強だったビリュウさんを差し置いて最強になったんだろ? 悔しいとか、いつか引きずり下ろすとか考えてるものかと思ったけど。
俺の疑問を知ってか、ビリュウさんは腕を組んで俺を見つめてくる。
「キョウ様はね、あれからずっとあなたのことばかり話すの。ツグミ、ツグミ、ツグミ、ツグミ……ずーーーーーーーーーっっっっとよ」
「は、はぁ……?」
これがリリーカさんとかミケにゃんだったら諸手を挙げて喜ぶけど、キキョウさんってちんちくりんで守備範囲外なんだよね……。
「あなた今、キョウ様の悪口を言った?」
「言ってません」
なんでわかんだよ。エスパー?
「……まあいいわ。ということで、あなたの秘密を探るために転校して来たってわけ。なぜキョウ様がこんなにもあなたに夢中になるのか……見定めさせてもらうわ」
な、なるほどわからん。別に俺は大した人間じゃないんだけど。この容姿だって、魔法少女の力で得たようなもんだし。
なんだか面倒なことになってきたなぁ……。
「ツグミさん、あなたのクラスは?」
「……教えません」
だって同じクラスなんだもの。
「……そう。まあ、いずれ見つけるわ」
ようやく離れたビリュウさんは、俺たちに背を向けて屋上を出ていく。
はぁ〜……なんか、どっと疲れが……。
「ツグミ。因みにだが、今朝君の隣の部屋に引っ越してきたのは、ビリュウさんだぞ」
「…………は?」
今、なんて?
「安心しろ。私の部屋の近くに引っ越したら、偶然隣が君だったというだけの話だ。正体がバレたというわけではない」
「いやいやいやいや、だとしても信じられない確率ですが!?」
「こんなこともあるんだなぁ。はっはっは」
笑いごとじゃねーよ!?
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