第31話 高揚感
◆◆◆
ギリッッッッッッギリッ。あっぶねぇ、間に合った……!
安堵の息を吐きつつ、鈴香に背を向けて振り返る。
体長10メートルくらいだろうか。かなりデカいな。胴も、脚も、腕も、丸太のように太い。
面六臂の巨人が立ち上がり、憤怒の表情を浮かべて俺を睨みつけてきた。
「モモチ、あいつもしかして、喧嘩売ってる?」
『売ってるね。でも、あいつはそれだけの力があるよ。気をつけて、ツグミ』
だろうな。ホーンウルフやハード・テンタクルスよりやばい。怒気がビシビシと伝わってくる。
「待って……!」
「ん?」
木偶の坊に向かおうとすると、鈴香が俺の服を握った。
不安そうに手が震えている。余程怖かったんだろうな。可哀想に。
こういう時、しっかりと抱き締めて不安を取り除いてあげるのがいいんだろうけど、今の俺が抱き締めたら、潰れちゃうからな……。
どうしたもんかと考えていると、鈴香はしっかりした目で俺を見上げた。
「ツグミン、無茶しないでね……?」
「──ああ、ありがとう」
はは……自分のことより、俺の心配か。相変わらず優しい子だね。
「お……私に任せて、君はお父さんとお母さんと一緒に逃げるんだよ」
「うん……」
鈴香が俺の服を離し、母さんの元に向かう。
と、母さんが鈴香を抱っこして、あの木偶の坊を見た。
「あいつの名前は、アシュラ・エンペラー。強敵よ。……気を付けてね」
「みたいだね。大丈夫、私も、結構強いから」
軽くサムズアップすると母さんは目を見開き、ゆっくりと頷いた。
父さん、母さん、鈴香が避難していくのを見届け、再度アシュラ・エンペラーに向き直る。
確かに強いな。俺のタックルを食らって、まだ立ってる。
「てか母さん、なんであいつのことを知って……?」
『彼女、元魔法少女だよ。ぼくは契約した子のことは全員覚えてるから、間違いない』
「マジか」
自分の親が元魔法少女って、なんか複雑なのは俺だけでしょうか。
って、今はそれどころじゃない。
アシュラ・エンペラーは俺を敵と認識したらしく、六本の腕を大きく構えた。
「「「コロロロロロ……!!」」」
「おーおー、怒ってんな」
けどな──怒ってるのは、お前だけじゃないんだよ。
地面を蹴り、加速。
一瞬でアシュラ・エンペラーの眼前に迫ると、思い切り拳を握り……。
「ナニ俺の家族に手ェ出してんだテメェ!!」
思い切り、ぶん殴った。
拳が顔面にめり込み、体が大きく傾いた。
が、倒れ込む前に左右から六本の腕が襲いかかってくる。
握り潰そうとしてんのか? そうは行くかよッ。
身をひるがえして最初の攻撃を避けるが、息をつく暇もなく立て続けに仕掛けてきた。
ハード・テンタクルスはもっともっと触手が多かったけど、こっちの方が速いしパワーがある。
それに、遠目で見てたあのビーム。なるほど、モモチが強いって言うだけある。
辛うじてすべてを避け切り、地面に着地。
「「「■■■■■■■■■■■ッッッ!!!!」」」
「ッ!?」
手を組み、咆哮と共に大きく振り下ろしてくる。
腕をクロスし、足腰に力を入れてそれを受ける。
次の瞬間、凄まじい衝撃が体を貫き、大地が深く陥没した。
地面が波のように歪み、暴風と衝撃波で周囲の瓦礫が吹き飛ぶ。
「チッ。俺の生まれ育った町をめちゃめちゃにしやがって。ッ……!」
アシュラ・エンペラーの口が俺を向き、紫色の光が灯っている。
これ、まずいッ。
『ツグミ、顎!』
「────!」
モモチの声に、反射的に体が動く。
瞬時に跳び上がり、顎下をアッパーカット。
放たれる直前に口が塞がり、そのまま口内で暴発。目や耳、鼻から爆炎が噴き出した。
「「「がっ……カッ……!?」」」
今の自爆で、まだ生きてんのかよッ。とんでもねぇ生命力だ……が。
「簡単に死ねると思うなよ」
大切な家族や町に手を出したんだ……まだまだ、ぶん殴らせてもらう。
◆◆◆
「……すごい……」
避難シェルターに移動した鈴香は、備え付けてあるモニターの映像を見て呆然としていた。
映像には、外の様子が映っている。今まさに、あの化け物とツグミが戦っているところだった。
化け物の攻撃をものともせず、圧倒的な強さを見せるツグミ。
避難してきた同い年の子や、同級生たちはもちろん、親たちも食い入るように映像を見ている。
「がんばれ……」
「がんばれっ」
「がんばって……!」
「ツグミン、お願い……!」
「がんばれ!」
至る所から、ツグミを応援する声が聞こえる。
鈴香の体は震えている。
でもそれは、恐怖によるものではない。
ツグミの美しさ、ツグミの優しさ、ツグミの強さを目の当たりにし、震えるほど昂った……高揚感だ。
「がんばって……がんばれ、ツグミン!!」
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