第29話 モデルデビュー
◆◆◆
魔法少女協会に入って、早2週間。俺と凜々夏は、そろって渋谷のスクランブル交差点へやって来ていた。
「ここでお披露目でしたっけ?」
「……らしい」
若干の緊張と、俺とは関係ないという傍観者の気持ちでデジタルサイネージを見上げる。
キキョウさんからは今日の10時からって言われてたけど、本当に映し出されるんだろうか……?
時計を見て、秒数を数える。
10時まであと10秒。……5、4、3、2、1。
10時ぴったり。見上げると、デジタルサイネージの広告が変わった。
行き交う人々が足を止め、デジタルサイネージを見上げる。
そこに映し出されている、1人の美少女。動いていない。喋ってもいない。ただ靡く髪の向こうに見えるほの暗い美貌で、こっちを見下ろしている。
そう……
数日前に撮ったシャンプーのモデルなのに、もう掲載されるなんて……魔法少女協会の本気度が伺えるな。
まさかツグミがモデルとして載るとは思っていなかったのか、誰しもがそれを写真に収め、SNSで拡散している。
たった30分弱で、『魔法少女・ツグミ』が日本のトレンド1位になった。
「おぉ……継武さん、映ってますよ」
「待って恥ずかしすぎる」
あれは俺であって俺じゃない。だから掲載されても大丈夫だと思っていたけど……想像以上に恥ずかしい。
コーヒーショップで買ったコーヒーをすすりながら、移り変わる数種類の俺を見上げ続ける。
凜々夏は季節限定ドリンクを飲み、楽しそうに笑った。
「ふふ、いいことだと思いますよ。ちょっと羨ましいです」
「じゃあ凜々夏もやってみろよ。お前なら人気出るだろ」
「わ、私なんかがモデルをやっても、誰も見向きしませんよっ。やっぱり継武さんくらい美人じゃないと……!」
謙遜しすぎだ。リリーカさんの人気を知らないわけじゃあるまい。
それにしても、プロのカメラマンって凄い。こんなに躍動感溢れて、『美』を全面に押し出す写真、素人じゃ撮れないぞ。
しばらくそのまま見上げ続けていると、目の端に変なのが見えた。
やけにはしゃいでるけど、あれは……。
「キャーキャーッ!! ツグミン美しいしゅぎぃっ!! こっち見てー!!」
「美々、ツグミンオタなのはわかったけど、もう少し静かに……!」
「あれ写真だから見るも何もないでしょ、ウケる」
「いやぁ〜、でも美々がはしゃぐのもわかるわぁ〜。可愛すぎんあの子?」
やっぱり美々だった。高校の同級生なのか、ギャルの友達と一緒にいる。
だろうと思ったよ。だってあの子、ツグミの大ファンだし。今日が解禁日って知ったら、絶対見に来ると思ってた。
てか撮りすぎだ。どんだけ夢中なんだ、あの子。
──が、それは美々だけじゃない。
反対側にも、同じく変な人がいた。
「ムカつくっ、ムカつくっ、ムカつくっ。なんであの子があんなモデルみたいな……! くぅっ、私の方がエロ可愛のにぃっ……!」
と、ぶつくさ言いながら一眼レフで激写してるサングラス姿の不審者。
何あれ、怖い。ツグミの過激オタク?
「なあ、凜々夏。不審者がいる」
「……ぁ、あぁ、
「……え?」
ゆ〜ゆ〜……えっ、ゆ〜ゆ〜さん!?
ギョッと目を見開いて、不審者に目を向ける。
ゆ〜ゆ〜さんの髪色は紫色なのだが、今は少し茶色がかっている。
しかし目を引くほどのセクシーな体付きは健在で、そろそろ暑くなってきても着ているロングコートを、双丘が押し上げていた。
パッと見ものすごい体なのに、汗ばんだひたいや荒い鼻息のせいで、誰も近付かない。だって怖いもの、あの人。
「あぁ可愛い。納得いかない。くそっ、くそっ、くそっ、かわいいっ、くそっ。あーもうっ……!」
ヨダレを垂らしている。やばい、あの人やばい。
「あのぉ、すみません」
「え? ……けっ、警察っ?」
「すみません。少しだけお話いいですかね?」
「い、いや、私は怪しい者では……!」
あ、職質された。
「……面白い人だな」
「ええ、面白い人ですね」
あの姿をユーチューブに流したら、それはそれで再生数稼げそう。
2人からそっと距離をとって、デジタルサイネージに映っているツグミの姿を見上げる。
それにしても、我ながら美しい。やっぱ美少女を願ってよかった。
スマホを見ていた凜々夏が、魔法少女人気ランキングというサイトを俺に見せてきた。
「見てください。ツグミさんの人気、うなぎ登りですよ。アメリカにいるザ・スターさんに並びそうな勢いです」
「いやいや、さすがにそれは言い過ぎでしょ」
ザ・スターさんと言えば、アメリカでもトップレベルの魔法少女だ。
美貌も然ることながら、魔法少女最強ランキング(非公式)では名前を見ないことはないほど、抜きん出た強さを持っている。
そんな人と肩を並べるなんて恐れ多い。キキョウさんにも勝てなかったのに。
「私は、継武さんの強さを信じています。まだ力をコントロールしきれていないだけで、これからもっともっと強くなりますよ」
「そうだといいな」
慰めでも、そう言ってくれるのは嬉しい。
肩を竦めて、改めて広告を見上げる。
でもこれで、約束は果たした。キキョウさんは、まだまだ撮影させる気満々だったけど。
これで、魔法少女の印象とかが、少しでも改善されるならいいな――
『緊急――群馬県北部に魔物の出現を感知』
「ッ。……聞こえたか、凛々夏」
「はい。すぐに向かいま……いえ、待ってください」
凛々夏が頭に手を当てて、驚いたように目を見開く。いったいどうし……あ?
『緊急――大阪府南部に魔物の出現を感知』
『緊急――北海道中央付近に魔物の出現を感知』
『緊急――新潟県西部に魔物の出現を感知』
『緊急――熊本県東部に魔物の出現を感知』
『緊急――高知県東部に魔物の出現を感知』
「なッ……!?」
い、一気に六つも……!?
「り、凛々夏。こんなことってあるのか……!?」
「い、いえっ。私も初めて聞きました……!」
マジかよ、くそったれ。しかも全体的に地方が多いんだけど。
そっちの方にも魔法少女がいるから大丈夫だろうけど、こんな立て続けに来るなんて……。
『緊急――埼玉県南部に魔物の出現を感知』
まだ増えるのか!? ……って、埼玉県南部って……まさか。
「つ、継武さん、顔色が……!?」
「埼玉県南部……俺の地元だッ」
「え……!?」
今は神奈川県に一人暮らしをしているけど、元は埼玉で生活していた。そこに魔物が現れるなんて……!
「悪い、俺行ってくるッ」
凛々夏の静止する声も聴かず、走り出す。
人気のない場所。人気のない場所っ。あーくそッ、渋谷だからどこも人が多すぎるッ。
『ツグミ!』
「ッ、モモチか……!?」
『事情はわかってる。そこの角を曲がって! そこなら人がいない!』
「助かる!」
言われた通りに曲がり、奥へ進む。
周りに誰もいないことを確認し、変身。
ゼロコンマ数秒。神楽井継武から魔法少女・ツグミへと変身した。
『案内するよ。まずは屋上に向かって跳ぶんだ!』
脚に力を入れ、ジャンプ。
一瞬で雑居ビルの隙間から飛び出ると、屋上に着地した。
『右! 北の方角に向かって!』
「ああ!」
モモチの案内の元、ビルの屋上と屋上をジャンプして向かう。余り力を入れすぎると、ビルを破壊しちゃうかもしれないから、細心の注意を払って。
待っててくれ、父さん、母さん、鈴香……!
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