第22話 限界化
「ごっ、ごめんにゃさい、取り乱しちゃって……」
「い、いえ。私はなんとも思っていませんから」
ようやく現実を受け入れたミケにゃんが、恥ずかしそうに顔を伏せる。
仕方ないさ。ようやく会えた推しにこんなこと言われたら、俺だって同じような反応をする。
まあ、だからああいう態度で接したんだけどね。推しに言われたら嬉しい言葉は、俺が一番よくわかっているから。
あぁ、恥ずかしがってるミケにゃんかわえぇ~。
「2人とも、挨拶は終わったか? 紅茶を淹れてきたぞ」
「あ、ありがとうございます、リリーカ様」
「ありがとうございます」
俺たちの前にソーサーとカップを置き、ティーポットから紅茶を注ぐ。
意外だ。凛々夏って、こういうオシャレなものをたしなむような子だったのか。普段の挙動不審な態度からは、考えられないような趣味だ。
ジッとリリーカさんを見ていると、俺の考えていることを察したらしく、恥ずかしそうに頬を染めた。
「な、なんだ。私だって、たしなむ趣味の一つや二つ持っている」
「い、いえ。ちょっと意外だっただけです。いただきます、リリーカさん」
……とは言ったものの、これ、俺が持ってもいいものなんだろうか。まだ力のコントロールができていないし、触れただけで粉々に砕けるんじゃ……。
どうするか紅茶を見ていると、リリーカさんは何事もなく紅茶を飲み始め、ミケにゃんは手の肉球をうまく使ってカップを持ち上げた。
「ツグミ、安心しろ。これは魔法少女協会が作った特注品だ。生半可な力じゃ壊れないものだから、ツグミでも持てる」
「え、特注品? そんなものが……?」
「ああ。魔法少女は大なり小なり力が強いからな。普通の製品に囲まれては生活しづらいから、異能で作られた雑貨や家電を買えるんだ」
そうなの!? 全然知らなかった……でもこんな便利なものがあるなら、力のコントロールとか必要ないと思うんだけどな。
「因みに言っておくが、ツグミの力は莫大すぎるから、力のコントロールは必須中の必須。だからコントロールを習得するまで、発注の仕方は教えられないからな」
「お見通しだったか」
まあ、言われた通りコントロールの練習からは逃げませんよ。
試しにカップの持ち手を持ってみるが……おぉっ。持てる。持てるぞこれ。こんなもろくて壊れやすそうなのにちゃんと持てるなんて、なんか感動。
すると、俺たちのやり取りを聞いていたミケにゃんが、首を傾げた。
「ツグミンって、まだ力のコントロールを習得してないの? 魔法少女になったら、一番最初に身に着けるものだけど」
「……あ~、それはですね……」
ミケにゃんの疑問は尤もだ。
ゆ~ゆ~さんにも言われたけど、ツグミの見た目年齢はどう見ても15歳から17歳。
じゃあ、契約した13歳から14歳は何をしていたんだって話になる。
と、リリーカがカップをソーサーに置き、ミケにゃんの肩に手を置いた。
「ミケ。彼女はのっぴきならない事情で、今までその姿を世間に見せることはできなかった。魔法少女としても活動できず、やっと変身することができるようになったんだ。だから、あまり深くは聞かないでやってくれ」
「あ……そ、そうだよね。ごめんね、ツグミン」
「い、いえ。お……私は大丈夫ですよ」
助かった。さすがリリーカさん。
ほっと息を吐いて紅茶をすすると、カップを置いたミケにゃんがチラチラと俺を見てきた。
「ミケにゃんさん。どうかしました?」
「にゃっ……! そ、その……」
ミケにゃんは肉球同士を合わせてもじもじすると、言うか言うまいか口をパクパクさせた。
見てくれ、全世界。俺の推しが可愛すぎる。
「大丈夫ですよ、ミケにゃんさん。落ち着いて、ゆっくり話してもらえれば」
「ぅ……ぅぅ、やざじぃ……!」
ギャン泣きしてしまった。
女性は推しを前にすると情緒が不安定になるというけど、リアルでは初めて見た。どんだけ俺のことを推してくれてるんだ。嬉しいけど。
ミケにゃんはティッシュで涙を拭いて、背筋を正して正座した。
「わ、わわわわわわ私、この前会ったときからツグミンの大ファンになっちゃったというか、リリーカ様並みに一目惚れしてしまったというか……! すっ、すすすすす好きです!!」
「ぅ……ぁ、ありがとうございます」
まさかこんなド直球に告白(?)されるとは思わなかった。嬉し恥ずかしい。今の俺、顔真っ赤だよ、絶対。
「ぐうぅぅッ……!!!!!!」
「みっ、ミケにゃんさん……!?」
いきなり心臓を押さえてどうしたんだろう。
まさか、何か持病が……!?
「ぅぅぅぅうううう……羞恥顔かわょ……生まれてきてくれてありがとう……!!!!」
あぁ……ただ限界化してるだけか。
今まで限界化する立場の俺が、まさか限界化されるとは思わなかった。人生、何があるかわからないな。
そんな俺たちの様子を見て痺れを切らしたのか、リリーカさんが苦笑いを浮かべた。
「そんなに好きなら、ツーショットでも撮ってやろうか? 2人とも、そこに並べ」
「あ、じゃあお願いします」
これはチャンスだ。あのミケにゃんとツーショットなんて、次いつ訪れるかわからない。
にしし、これはもう家宝ものだぞ。
だがミケにゃんは、顔を横に思い切り振り、俺から逃げるように離れた。
「むっ、無理無理無理無理!! こんな顔面偏差値ハーバードと並んで撮るなんて死ぬ!! 顔面に殺される!!」
「ツグミが来る前まではノリノリだったろう」
「生ツグミンは生命活動に関わる……!!」
そ、そんなにか。こんなにべた褒めされると嬉しいなぁ。
「いいじゃないですか、ミケにゃんさん。ほら、こっちに来てください」
「ぁ……ぁぅぁぅぁぅ……」
顔を真っ赤にし、目に涙を溜めて挙動不審のミケにゃんが、じりじりと近付いてくる。
人一人分の距離を置いて隣に座ったミケにゃん。そんなに遠いと、ツーショットにはならないでしょう。
まったく、しょうがないなぁ。
立ち上がって俺からミケにゃんに近付き、真隣に正座した。
太ももや肩が触れるほど近くなり、ミケにゃんの体がカチコチに固まった。
「ほれ、撮るぞ。2人とも笑顔だ、笑顔」
「ミケにゃんさん、猫のポーズしましょ。ほら、にゃーって」
「…………」
あぁ、ダメだ。限界化しすぎて動かない。仕方ないなぁ。とりあえず俺だけでも渾身の笑顔を見せるしかない。
両手をグーに握り、猫みたいに手首を曲げて笑顔を作る。
「ツグミ、あざとい」
「可愛いでしょ?」
「……まあな」
いえい。リリーカさんに褒められた。
そのままポーズを変えて何枚か撮るが、ミケにゃんはまだ緊張したままなのかずっと同じ格好だ。
仕方ない。ここは、オタクがされて一番嬉しいことをしてやろう。
ミケにゃんの前に座り、真正面から顔を覗き込む。
当然、羞恥心で顔を俯かせる。ここまでは想定済み。
俺は彼女の顎に指を這わせて……くいっと、上を向かせた。
そう、顎クイだ。
「あが……あが……」
「ミケにゃんさん……私を見なさい」
「がっ……!?」
ガクッ。あ、気絶した。
「ツグミ……お前、楽しんでるだろ」
「バレたか」
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