第21話 推しと推し
美々と約束をした週の土曜日。
俺はアパートの自室をうろちょろしていた。
推しのいる紳士淑女の諸君はわかってくれるだろう。プライベートで推しと会うとか、一世一代の大イベントだ。今日は末代までの記念日にしなければ。
……俺が末代になるのでは? という懸念と疑問は置いておくものとする。考えたら負けだ。
「あぁ〜……緊張する。やばい。どうしようソワソワする……!」
鏡で顔を見るが、顔が真っ赤だ。どんだけ緊張してるんだよ、俺。
ずっと追っていたMTuberと遊ぶだなんて、他のファンに知られたらぶっ殺されそう。
いや、遊ぶというより、一方的に会いたいって言われただけなんだけど……でも緊張するもんは緊張する。
ど、どういうテンションで会えばいいんだろう。
ゆ〜ゆ〜さんの時は突然だったから、長年の思いの丈をぶつけちゃったけど……ミケにゃんにそれをしたら、引かれてしまいそうだ。
ミケにゃんには引かれたくない。何せ、俺の初めての推しだから。
そわそわ、そわそわ。
と、その時。スマホが震えて、メッセージが来たことを報せた。
急いでスマホを手に取ると、相手は凛々夏だった。
『凛々夏:今、私の部屋に来てもらっています。いつ来ても大丈夫ですよ』
来た……!
念のため、カーテンの隙間から凛々夏の部屋を覗き見る。
いや別に変態とか特殊性癖とかそういうんじゃなくて、一応確認。確認するだけだから。やらしい目的じゃないから。
……誰に言い訳してるんだ、俺は。
凛々夏の部屋の開け放たれたカーテンの向こうは、二つの影が見える。凛々夏と、美々のものだ。
美々はリリーカと崇め奉っている女の子の部屋に来たからか、若干気持ち悪い顔で部屋の中を見回っている。てか匂い嗅ぎすぎだろう。鼻の穴が広がってるぞ。
「よし……確認もできたし、行きますか」
今日の服装は事前に決めていた、これだ。
インターネットで『清楚系 服』と検索を掛けて、一番気に入って保存していた画像を見ながら、イメージする。
まずは継武から、ツグミに変身。これはもう慣れたもので、一瞬で変身できた。
服装はこれ。白いワンピースに、肩から羽織る青いジャケット。肩掛けのかばんは手に持ち、足元は動きやすいようにヒールのないサンダル。頭にはつば広の帽子と、目元には身バレ防止のサングラス。
どこからどう見ても、清楚系のお嬢様。
さすが完全無欠の美少女。何を着ても絵になるなぁ。
アパートの周りに人がいないことを確認し、慎重に、でもスピーディーに家を出る。
そのままそそくさと隣のアパートに出向き、凛々夏の部屋の前についた。
……思えば、俺って女の子の部屋に来るの、初めてだな。理由が理由だけど。
若干の緊張感を持ち、背筋を正してインターホンのチャイムを鳴らした。
――ガタッ! バタバタバタッ!
部屋の中が慌ただしくなる。
少しだけ待っていると、扉の鍵が開いて、中からリリーカに変身した凛々夏が出て来た。
「い、いらっしゃい。お待たせ、継武……じゃなかった。ツグミ」
「お邪魔します、リリーカさん。……なんか、疲れてません?」
「……ミケが私のにおいを嗅ぎまわって、恥ずかしい……」
あぁ、そりゃ恥ずかしいわ。
でも、リリーカさんの部屋以外で会うことはできない。外で魔法少女三人が会うなんて、スクープしてくださいって言っているようなもんだ。
苦笑いを浮かべ、部屋に上げさせてもらう。
あ、リリーカさんのにおいがめっちゃ濃い……なるほど、こりゃ鼻のいい美々も大興奮するわけだ。
……リリーカさん推しの優里に、彼女の部屋に来たことがバレたら、殺されそうだなぁ。
「そうだ、リリーカさん。これ、つまらないものですけど、どうぞ。お茶菓子です」
「えっ。そ、そんな。気を使わなくてもいいのに……ありがとう。後でみんなでいただこう」
どうやらお菓子が好きみたいで、貰ったクッキーを嬉しそうに見る。よかった、事前に好物のこと調べておいて。魔法少女のデータは、調べれば大抵出てくるからな。ニュースの記事とか、ネットの噂とか。
靴を脱ぎ、リリーカさんの後に続いて部屋の奥に進む。
めちゃめちゃ綺麗で広いな……隣にある俺のアパートとはえらい違いだ。なんかずるい。
キッチン併用の廊下を抜け、奥にある扉を潜ると……いた、ミケにゃんに変身した美々だ。
ガッチガチに緊張しているみたいで、座布団の上に正座している。猫の手足だけど、正座は辛くないんだろうか。
てか、やっぱ生ミケにゃんかわいっ。素の美々はギャルギャルしいけど、ミケにゃんはギャルっぽさと元気っ子ぽさが合わさっていて、妙に親しみを覚えるんだ。
ミケにゃんは俺の姿を見た瞬間、尻尾がピンッと伸び、髪の毛が逆立った。
「あっ、あのあのあのあのっ。ぅ、ぅにゃにゃぅ……」
……この前はあれだけ興奮してまさぐりたいとか言ってたのに、いざ目の前にしたら緊張で何もできなくなるオタクみたい。
仕方ない。ゆ~ゆ~さんと裸の付き合いをした俺が、ちゃんとリードしてあげなくては。
ミケにゃんの前に座ると緊張で震えている手を取り、にこりと笑いかけた。
ミケにゃんの肉球可愛いねぇ。ぐへへ。
「初めまして、ミケにゃんさん。ツグミと申します。いつも配信の方、楽しく見させてもらっています」
「ひょぇっ……!? み、みみみみみみみみ見てくれてる、のっ……!?」
「はい。欠かさずチェックしています」
嘘じゃない。見れなかった時はアーカイブでチェックしているし、ゆ~ゆ~さんと配信被りしていた日は二窓させてもらっている。
「ミケにゃんさんが会いたいと言ってくれて、とても嬉しいです。私も、会いたいって思っていましたから」
「…………」
「……ミケにゃんさん?」
どうしたんだろう、そんなに惚けて。
「……あぁ、そうか。これ夢だ。夢だよ、そうに違いない。だって夢じゃないと、こんな
どうしよう、推しがぶっ壊れた。
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