第20話 約束

「ぷはーっ、食った食ったぁ。スーパー満足!」

「うん、美味しかったね」



 3人で黙々とラーメンを食い終え、一緒にラーメン屋を出た俺たち。

 この2人、俺より食ってるのに、俺より元気なんだけど。これが歴戦の魔法少女。胃も強い。

 前を歩く2人の後ろをなんとなくついて行く。このまま分かれても良かったけど、タイミングを逃してしまった。

 それにしても……なーんか、ちぐはぐな2人だよな。リリーカさんとミケにゃんだったら違和感ないのに。

 陰キャと陽キャ。根暗と根明。後ろ向きと前向き。ネガティブとポジティブ。

 すべてが真逆。すべてが正反対。

 そんな2人が一緒にいるのは、なんとなく変な感じがした。



「つ、継武さん、どうしました……?」

「なんか妙な空気出してっけど、どしたん、継武たん」



 俺の雰囲気が変わったのを察したのか、いきなり2人が振り返った。

 なんでこんな察しがいいんだ、2人とも。



「いやぁ……2人とも正反対っぽいのに、仲良さそうだなと思って」

「あっ、あー。それはぁ〜……」



 美々が明らかに動揺した。

 この人は、俺が彼女を魔法少女・ミケにゃんだと知っていることを知らない。

 魔法少女繋がりで一緒にいることを知ってるのは、俺と凜々夏だけだ。

 まずったな。可哀想な質問だったかも。

 と、その時。凜々夏が手を叩いて愛想笑いを浮かべた。



「ま、前に私が入院してた病室で、一緒だったんです。それから仲良くなりまして……」

「そっ、そーそー。凜々夏さんの言う通りっ」



 病室? ……あ、そうか。ホーンウルフと戦ったあと、俺の隣の病室に入院してたんだっけ。

 あの時は挨拶しそびれたけど、凜々夏はお見舞いに行ってたのか。通りで仲がいいわけだ。



「そん時お世話になったから、私が飯に誘ったってわけ」

「そういうことか。俺が混じっちゃって悪かったな」

「んーん。凜々夏さんのクラスメイトなら仕方ないっしょ」



 突然、美々が公園に入っていく。

 住宅街にある公園だから、人気がない。電灯も切れていて薄暗く、気味悪い雰囲気だった。

 なんとなく、その後に続いて公園に足を踏み入れる。

 と、美々がこっちを振り返り……鋭い眼光を向けてきた。

 睨みつけるではなく、獲物を確認する猫のような目に、思わず怯んでしまう。



「ところで、継武たん。私ね、会いたい人がいるんだよねぇ。実は凜々夏さんに会ったのも、そのことについて相談してたからで」

「は、はぁ、会いたい人」



 それ、俺に言われても困るんだけど。美々の会いたい人とか知らないし。



「──魔法少女・ツグミって子なんだけどさ」

「…………」



 ……え? ツグミ……え、なんで?

 思わぬ名前に面食らっていると、美々は鼻をちょちょいとつついた。



「私、ちょっと訳があって他の人より鼻がいいんだよね。訳は話せないけど。で、ツグミって子と少しだけ会ったことがあるんだけどさ……君から、ツグミと同じ匂いがするんだよね」



 そりゃそうだ。だってツグミは俺だし、さっきまで変身してたんだから。

 が……これ、まずいんじゃないか? 男の俺が魔法少女ってバレたら、間違いなく世界中から注目を浴びてしまう。

 俺は注目を浴びたいんじゃない。1人で自室にこもって美少女を楽しみたいんだ。

 メディアには出たくないし、人体実験とかインタビューも無理。

 俺は男として、美少女を謳歌したい一般人だ。

 なんとか言い訳を考えて、この場をやり過ごさねば……!



「じっ……実は俺、ツグミの兄でさっ。さっきまで一緒にいたんだ」



 おい凜々夏。そんな「何言ってんのこいつ」みたいな顔でドン引くな。悲しくなるから。

 無言になること数秒。

 美々目を見開き、深く頷いた。



「やっぱり……そうだと思ったんだよね」



 うおおおおお! 信じたあああああああ!!

 まさか信じるとは思わず、内心大歓喜。なんでこんな適当な嘘信じるんだよ。チョロすぎて心配になるわ。

 凜々夏も「マジか」みたいな顔してるし。お前、意外と表情豊かなのな。



「君が継武でしょ? で、あの子がツグミでしょ? 絶対関係者だって思ったんよ!」

「ば、ばかっ。声がでかい……!」



 人が少ないとはいえ、さすがに魔法少女関係のことを大声で話すのはまずい。どこで誰に聞かれてるかわからないし。



「そ、それで……うちのツグミに、何の用なんだ?」



 本題はそこだ。美々……ミケにゃんと俺は、ホーンウルフの時に出会っただけ。

 俺からしたら憧れのMTuberだけど、相手からしたらただの新入り魔法少女。しかもあの時は話していないし、顔を合わせただけ。

 それなのに、なんで俺を探してるんだ……?



「そんなの、決まってるじゃん」



 月光を反射して光る二つの瞳が、ぎょろりと動く。

 まさか……新しい魔法少女潰し……?

 聞いたことがある。魔法少女の中には、自分より才能があって可愛い新人をいびり散らかし、最終的に精神まで追い詰める奴もいる、と。噂だけど。

 でもまさか、ミケにゃんがそんな──






「サインが欲しい」






「…………」



 ……………………ん??



「えっと……なんて?」

「サインが欲しい。握手がしたい。ツーショ撮りたい。ハグしたい。匂い嗅ぎたい。あわよくばあのしなやかな肢体をまさぐりたい」

「待て待て待て待て」



 後半だいぶヤバいこと言ってますが!?

 美々は興奮したように頬を朱色に染め、甘くいやらしい吐息を漏らした。



「わ、私、ある時にツグミンにたしゅけてもらってねっ……! しかもあのビジュと強さでしょっ。イチコロっつーかメロメロっつーか……! こんな衝撃リリーカ様以来で、もうズッキュンなわけ……! あぁ、ツグミぃン……!!」



 …………。



「凜々夏、やっぱこいつド変態だ」

「ぁ、あはは……いい子ではあるんですけどね」



 それは知ってる。だってファンだもん、俺。

 だけどそれとこれとは話は別だ。明らかにヤバいだろう、この人。



「てなわけでっ!」

「うおっ……!?」



 いきなり距離を詰めて、がっつり俺の手を握ってきた。

 ち、ちか、近い。いい匂い。素のビジュも良すぎる上に、あの憧れのミケにゃんがこんな近くに……!!



「お願い継武たんっ。私、ツグミンに会いたいの……! ほんのちょっとでもいいから!」

「ひゃ、ぁの……しょの……ひゃぃ、よろこんで……」

「マ!? うひゃああああああ! やばやばやばっ! やばんばばんばんやばたにえん!!」



 思わず頷いてしまった。だってしょうがないじゃない。あんな風に頼まれたら、誰だって頷いちゃうよ。

 あと声がでかいっつってんだろ。ご近所さんのことを考えなさい。



「つ、継武さん……どうするんですか、これ……?」

「……知らん……」



 もう、なるようになれだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る