第19話 唐突の邂逅

   ◆◆◆



 ふいぃ〜。いい湯だった。最高だな、あの温泉。値段も魔法少女価格で安いし、これからも通わせてもらおう

 それに、通い続けてたら今日みたいなラッキーも起きるだろうし……もう一生忘れないだろう、あの光景。

 温泉から上がった俺は今、魔法少女ではなく、男の姿で街中を歩いている。よくも悪くも、ツグミの姿は有名になりすぎたからな。外を出歩くのはリリーカさんにも止められてるし、仕方ない。

 電車に乗って最寄り駅まで向かう途中……ぎゅるるるるる~。急に腹が鳴りだした。

 思えばハード・テンタクルスと戦ったあと、飯を食っていない。あれだけ動いたんだ。腹が減るのも当然だった。

 こういう時は、腹ごしらえだよな。

 アパートのある最寄り駅で降りた俺は、行きつけのラーメン屋に向かった。

 チェーン店ではなく個人店だけど、学生割りで大盛ラーメンと餃子のセットを500で食べられて、味もかなり美味い。金のない学生には大変ありがたいラーメン屋だ。

 店に入ると、夜ということもあり、店内はそれなりに賑わっていた。

 えっと、席は……。

 席を探していると、店主のおやっさんが俺に気付いた。



「お、神楽井の坊主じゃねーか。らっしゃい」

「こんばんは、おやっさん」

「悪いけど、今日は満席でよ。相席でいいかい?」

「うん。俺はどこでも」



 こういう店は、相席になることも多い。こういうことも、一度や二度じゃなかった。

 アルバイトのお姉さんに連れられ、奥にあるテーブル席に向かう。

 と……四人掛けの席に、二人の女性が座っていた。

 あらぁ……サラリーマンだと思ってたのに、まさかの女性か。俺もツグミなら問題なかったけど、ちょっと気まずい。

 ……ん? 一人はこっちに背を向けて座っているけど、この黒髪……もしかして。



「……凛々夏?」

「んぼへっ!?」



 うわっ。ラーメン吹き出すなよ。まあ、飯食ってるところを声を掛けたのは悪かったけどさ。

 凛々夏は顔を汚したまま、慌ててこっちを振り向く。うん、間違いない。俺の知っている、真城凛々夏だ。

 意外だ、こんなところにいるなんて。



「つっ、つつつつつつつつ継武さんっ……!? ど、どうしてここに……!」

「それは俺のセリフなんだけど……凛々夏ってラーメンとか食べるんだな」



 しかも、ちゃっかり全部乗せ大盛ラーメンを頼んでる上に、チャーハンと餃子までつけている。

 意外と食うんだな、この子。まあ、魔法少女・リリーカの運動量を考えると、これくらい食べなきゃすぐ痩せちゃうんだろう。

 さすがに見られたのが恥ずかしいのか、凛々夏は顔を手で覆って俯いた。

 こっちはまったく意図してないけど、自分が大食いしているところを同級生に見られるって、相当恥ずかしいよな……本当、申し訳ない。


 で……こっちの人は誰だろうか?

 凛々夏の前に座っている人に目を向けると、なんというか……凛々夏とは真逆の、派手な格好の女性がいた。

 全体的に茶髪だが、ところどころ銀色というか、灰色っぽいメッシュを入れているギャル。

 その上、目の下に猫のタトゥーを入れている。いや、タトゥーシールかもしれないけど……だいぶこってこてのギャルだった。

 よく見ると、机の上に置いているスマホケースも猫。キーホルダーも猫。スクールバックに付けているでかいぬいぐるみも猫。相当の猫好きらしいな、この人。

 ……って、顔面にラーメン吹きかけられてるんだけど!?



「ちょっ、凛々夏、その人……!」

「え……? ゎっ、ゎぁあっ。ご、ごめんね、美々ちゃん……!」



 前のめりになり、ペーパーで美々と呼ばれたギャルの顔を一生懸命拭く凛々夏。

 でも、この人まったく動かないんだけど……むしろ、なんか喜んでるような。



「げへ……げへへ……り、リリーカ様に唾吹きかけられた……ぐふっ、ぐふふ」

「離れろ凛々夏。こいつ変態だ」



 ……ん? 待て。今この子、リリーカ様って呼んだ? 凛々夏じゃなく?

 凜々夏の正体を知っているってことは……この人、もしかして魔法少女?






「こほん。いやー、ごめんごめん。つい興奮しちゃって☆」

「はぁ……いや、うん。俺はいいんだけど」



 凜々夏にラーメンと唾液を掛けられて興奮しちゃうなた、何者ですか。

 今ならゆ〜ゆ〜さんの気持ちがわかる。得体の知れないものって怖いですよね。がくぶる。

 注文したラーメンと餃子のセットを食べながら、目の前にいるギャルを観察する。

 凜々夏曰く、この子は陽乃瀬美々ひのせみみという子で、年齢は俺の一つ上の17歳。つまり高校2年生。

 でも、制服がうちの学校のものじゃない。他校の生徒っぽいな。



「改めて、陽乃瀬美々だよん。よろしく♪」

「あ、ああ。神楽井継武だ。よろしく、陽乃瀬さん」

「ノンノン。私のことは美々にゃんでいいよ〜。こっちはツムツムって呼ぶから」

「ダメ。それはダメ」



 いろんな所に怒られる。本当に勘弁して。



「えー。なら継武たんで」

「……まあ、なんでもいいよ」



 なんてマイペースな子なんだろう。まったくこの人のペースに乗り切れない。

 美々にゃん……じゃなくて、美々は自分の分のラーメンを頬張り、嬉しそうに噛み締める。

 でも……どっかで見たことあるんだよなぁ、この子。魔法少女なんだろうけど、面影があるというか……誰だっけ。

 それを横目に、とりあえず横に座る凜々夏に話しかけた。



「ところでさぁ、継武たん。――誰の許可を得てリリー……凛々夏さんの隣に座ってんの?」



 眼光鋭く睨みつけられた。

 え、だって相席って言われたし……凛々夏もいいって言ってくれたし。美々はトリップしていて、気づいてなかったみたいだけど。

 いきなり一触即発の雰囲気。それを察した凛々夏が、慌てたように身振り手振りで誤魔化してくれた。



「み、美々ちゃん。つ、継武くんは同じ学校で……! だ、だから知ってる仲というか……と、とにかく、この人はいいのっ……!」

「……凛々夏さんがそう言うなら、いいけどさぁ」



 ほ、助かった……。

 それにしても、この反応。余程凛々夏のことを尊敬しているみたいだ。

 まあ、魔法少女・リリーカは、今やカリスマ的魔法少女。同じ魔法少女なら憧れる存在が、彼女なのだ。強火オタクになるのも頷ける。

 美々はジト目で俺を睨むと、ビシッと箸で指さしてきた。



「今回は見逃してあげる。でも凛々夏さんに手を出したら熟れたトマトみたいに潰す」



 玉がヒュンッてなった。なんて恐ろしいことを言うんだ、こいつ。

 美々が夢中になってラーメンを頬張っている間、隣に座る凛々夏に小声で声を掛ける。



「凛々夏、この人って魔法少女だよな……? 誰?」

「……誰にも言わないでくださいね……?」



 もちろんだ。魔法少女の正体は、誰にも言っちゃいけないんだもんな。

 凛々夏がスマホを操作し、画面を俺に見せて来た。

 ユーチューブのチャンネル画面。そこに映っていたのは……俺が長年推し続けている愛しのMTuber、魔法少女・ミケにゃんのものだった。



「……えっ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る