第18話 自己嫌悪

「ま、まあ、あなたが私を推してくれていることはわかったわ」



 ようやく正気を取り戻したゆ〜ゆ〜さんは、咳払いをして話題を逸らそうとした。

 そんな、俺はこの滾る想いをぶつけ切れていないのに!



「もちろんです! 正直『え、これ配信に乗せていいの……?』って何度も思ってますけど、それがゆ〜ゆ〜さんの良さだと思ってます!」

「やめて……本当にやめて……」



 また恥ずかしがってしまった。

 実は恥ずかしがり屋さんなんだなぁ……あんな配信しておいて。

 仕方ない。ここは公共の場だし、少し黙ろう。俺たちしかいないけど。

 肩まで温泉に浸かり、湯に体を預ける。

 互いにしばらく無言でいると、ゆ〜ゆ〜さんの方から話しかけてきた。



「ツグミさん、一つ聞いてもいいかしら」

「なんですか?」

「こんなことを聞かれたら、不快になるかもしれないけれど……あなた、何者?」



 ……え?

 思わずゆ~ゆ~さんの方を見ると、慌てたように手を振った。



「ち、ちがっ。変な意味じゃないの。でもあれだけのパワーと実力を持っていて、今まで一回もあなたの噂を聞いたことがなかったから……しかも、その……可愛いし……」

「あはぁ、照れますなぁ」

「茶化さないの」

「うっす」



 確かに、ゆ~ゆ~さんの言う通りだ。新しい魔法少女でも、数日したら噂になって一般人の耳に止まる。

 それが一回もないのは、どう考えても不自然だった。



「魔法少女の才能は13歳で開花し、モモチと契約することで超常の力を得る。私も、13歳でモモチと契約したわ」

「あぁ、確かその後すぐに、MTuberデビューしてましたね」

「ええ。その頃の私を見ているなら知っていると思うけど、変身後の姿も、年齢と共に成長していくのよ」



 ふむ。言われてみれば、そうだった。

 昔からスタイルのいい魔法少女と言われていたけど、もっと少女らしい姿だった。今はいろいろと成長している。お胸とか、腰回りとか……げへへ。



「なんか邪な目線を感じる」



 自身の体を手で覆って隠すゆ~ゆ~さん。恥ずかしがる顔がまたエッチで……って、これじゃあいたちごっこだ。



「き、気のせいですよ」

「……まあいいわ。さっきの理屈から言うと、あなたはどう見ても15歳から17歳くらい。13歳の新人魔法少女には見えないのよ」



 めっちゃ的確だ。観察眼と洞察力すごいな。

 ゆ~ゆ~さんの視線が、若干鋭くなる。



「ねえ、教えて。ツグミさん、あなた……本当に何者なの?」



 俺を見極めているというか、値踏みしているというか……正体を探るような目に、思わず喉を鳴らした。

 これは、まずい。非常にまずい。俺が16歳……しかも男だなんて絶対に知られちゃいけないのに、いい言い訳が思い付かないぞ。



「そ、それは、その……」

「……なんてね。ごめんなさい、今のは忘れて」



 ……はい?

 ゆ~ゆ~さんは気まずそうに頬を掻いて笑うと、熱くなったのかお湯から上がって縁に腰を掛けた。

 あの、視線のやり場に困るんですが……いや見て良いならガン見させてもらいますけどね。



「魔法少女は、多かれ少なかれ事情を抱えているものよ。私も、知られたくないことの一つや二つあるわ」

「そうなんですか?」

「だって魔法少女の姿って、素の自分とはまったく違うじゃない? 本当の自分を偽って、仮初の姿と力で自信を持つ……魔法少女って、そういう存在なのよ」



 ゆ~ゆ~さんの言葉を聞いて、一番最初に思い浮かんだのは、リリーカさんだった。

 あの人も、素の真城凛々夏は後ろ向き全力疾走の陰キャネガティブ美少女だったな……俺も男だし、実はこの人も、ミケにゃんも、素の自分が嫌なのかも……?



「ツグミさんがこれまで人前に出てこなかったのも、何かしらの理由があるのよね」

「ま、まあ……端的に言えば、そうですね」

「うん。それがわかれば十分よ。……本当にごめんなさいね。どうしても気になっちゃって」



 ゆ~ゆ~さんは申し訳なさそうに笑い、ゆっくりと湯舟から上がった。



「私、もう行くわ。それじゃあね、ツグミさん」

「あ、はい……」



 ああ、もう行ってしまわれるのか……もっと話していたかったのに。

 ゆ~ゆ~さんは髪の毛をまとめていたタオルを解くと、すりガラスの向こう側に消えてしまった。

 ひとつ言えるのは……本ッッッッッッッ当~~~~に……眼福でした。



   ◆◆◆



 温泉から出たゆ~ゆ~は、洗面台に手をついて深いため息をつき、鏡に映っている自分の姿を見ていた。

 頭を振って、雑念や邪念を追い払いながら、髪の毛が傷まないようケアをする。



(ふぅ……落ち着きなさい、ゆ~ゆ~。焦ってはダメ。まずは仲のいい振りをして、必ずツグミの正体を……!)



 と、その時。鏡の端に、壁の向こうからこっちを覗いているツグミの姿がチラチラと見えた。

 驚きすぎて一瞬口から心臓が飛び出そうになったが、頑張って飲み込み余裕の笑みを浮かべて振り返る。



「あら、ツグミさん。どうかした? もう上がる?」

「い、いえ。まだ入っていきますけど、言い忘れていたことがあって……」

「な、何かしら……?」



 まさか考えていることがバレた? 実はそういう異能の持ち主? それともさっきのやり取りが不満で文句を……? 戦う? 勝てる? 無理。圧倒的パワー不足……。

 ゆ~ゆ~の脳内に、いろんな考えや思考が過る。

 が、ツグミはそうとは知らず、恥ずかしそうにはにかんだ。



「また、会ってくれますか……?」

「――……ええ、もちろん。また会いましょう」

「は、はいっ」



 失礼します! と元気に挨拶をしたツグミは、スキップ混じりに温泉に戻っていった。



「……あんな子を疑うなんて、私、実は最低なのでは……」



 自己嫌悪に陥ったゆ~ゆ~は、しばらく立ち直れなかったという。

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