第17話 秘湯

   ◆◆◆



「はひぃ~……生き返る」



 ハード・テンタクルスを倒して帰宅した俺は、塩水のべたべたを取るべく、真っ先に温泉に向かった。

 紹介してもらったのはここ、『湯屋・極楽浄土』にある、魔湯と呼ばれる温泉だ。

 一般客は普通に男湯・女湯に通されるが、魔法少女は魔湯という地下にある温泉に通される。

 リリーカさん曰く、ここはただの温泉じゃない。昔の魔法少女が能力を使って作ったもので、小さな傷は一瞬で治り、疲労回復、美肌効果まであるというものらしい。

 効能が強すぎて変身していないと入れないという難点があるが、そのおかげで魔法少女御用達の、秘密の温泉という感じになっている。

 秘湯ってやつだな。ありがたいことだ。

 地下にある温泉だが、まったく暗くもないし、汚くない。すべてが衛生的で、綺麗なものだった。

 因みにリリーカさんは、先に家に帰っている。さすがに俺と一緒に風呂は入れないらしい。

 当たり前か。いくら変身しているとは言え、俺は男だからな。

 でもおかげで、広い温泉を一人で堪能できていた。



「ただ、まあ……このヘアクリップってやつだけ、邪魔だな」



 リリーカさんに、温泉に髪を漬けるのはマナー違反って言われたけど、元が男の俺からしたら邪魔でしょうがない。

 なんとなく、違和感のある髪の毛を触っていると――ガラガラガラ。温泉の扉が開いた。



「あ……つっ、ツグミ……!?」

「え? あ……あなたは……!?」



 湯気の向こうに見える恵体は、見間違えるはずもない。

 日本にいる魔法少女の中で最もセクシーな魔法少女にして、配信者としてギリギリを攻めまくるMTuber……魔法少女・ゆ〜ゆ〜さんだった。



「ぉ……ぉぉ……生ゆ〜ゆ〜さん……!」



 あ、あのゆ〜ゆ〜さんが、俺の目の前にいる。服も着ず、タオルで前を隠しただけのあられもない姿で……!! まあ温泉だから当たり前だけど。

 思わず立ち上がり、ゆっくり彼女に近づく。

 ゆ〜ゆ〜さんは目に涙を溜め、顔を青くして後ずさった。



「な、何っ。なんなの……なんで近付いてくるのぉ……!」

「お……おおおおおおおおおれれれれれれれれれれ」

「ぴゃぁぁぁあああああっ!?!?」



 やべ、緊張しすぎてめっちゃ噛んだ。

 でも仕方ないだろう。MTuberはみんなチェックしてるし、ミケにゃんと並ぶほど推してるんだから。

 相当ビビらせてしまったのか、その場に座り込んでしまったゆ〜ゆ〜さん。

 しまったな。そんなつもりはないのに。

 気持ちを落ち着かせようと、少しだけ深呼吸をすると──ゴオッ!! ……若干竜巻ができたけど気にしない方向で。



「ゆ、ゆ〜ゆ〜さん、ですよね? でゅふ」



 おっと、興奮しすぎて変な声出た。げへへ。



「ひゃ……ひゃぃ……こ、殺しゃなぃでくだしゃぃ……」



 何を考えているのか、涙目で命乞いをされてしまった。え、なんで?

 もう一歩前に踏み出せば触れられるほど近づき、ゆ〜ゆ〜さんを見下ろす。

 ……にしてもエッチな体だな。俺、今は美少女でよかった。多分男だったら、男のシンボルがこんにちはしちゃってた。

 けど言う。言うぞ。今を逃したら、次いつ会えるかわからないんだから。



「だっ……だだだだ大ファンです! 握手してください!!」



 俺は背筋を伸ばし、腰を折り、ビシッと手を差し出す。

 それはさながら、恋愛バラエティの愛の告白のように。



「……ほぇ……??」






「そ、そう。ツグミさん、私のファンだったのね」



 ようやく落ち着いた俺たちは、一緒に温泉に浸かっていた。

 あのゆ〜ゆ〜さんと一緒にお風呂……俺、魔法少女の才能に恵まれてよかったと真摯に思うわ……。



「よかった……あれが聞かれてた訳じゃないのね……」

「あれって?」

「な、なんでもないわ。ふふ、ありがとう。ファンって言ってくれて嬉しいわ」



 艶やかに微笑むゆ〜ゆ〜さん、かわええ……てか本当に顔良すぎる。魔法少女は美少女しかなれないって噂は本当なのか。

 ……って、見とれてる場合じゃない。ちゃんと俺の愛を伝えないと……!



「はいっ。ゆ〜ゆ〜さんのチャンネルは初配信からチェックしています! チャンネル登録者数1000人突破記念配信も、一緒に号泣しました!」



 ゆ〜ゆ〜さんは今でこそお色気系大人気MTuberだが、配信を始めた頃はもっとガチガチでトーク力もなく、そんなに伸びていなかった。

 けど俺は信じていた。この人はめっちゃめちゃ伸びる人だと。バズったら大化けする人だと。

 その結果、今は登録者数1100万人の世界的大人気MTuberとなり、知らない人はいない程の知名度を誇っていた。



「ASMR配信は毎回必ず観てますし、『わざと触手に絡まってみた』配信には幾度となくお世話になってます。でも個人的には、エッチな配信が多い中、『初めて魔法撃ってみた』ではしゃいでいた姿がすっごく印象的で! ……どうしました?」

「やめて……恥ずか死する。やめて……」



 自分の顔を手で覆って、顔を真っ赤にしている。

 のぼせたわけじゃなく、単純に恥ずかしいみたいだ。可愛い反応するんだなぁ、この人。



「うぅ……いい子すぎる……なんなの。可愛くて強くていい子って……せめて性格悪くありなさいよ。これじゃあ嫉妬してた私が悪者みたいじゃない……」

「ど、どうしました? ゆ〜ゆ〜さんは悪者じゃありませんよ?」

「慰めないで、余計辛い……」



 膝を抱えて顔を伏せてしまった。

 え、えぇ……? 俺、何かしちゃいました……?

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