第16話 アドリブ

   ◆◆◆



 おぉ、意外とできるもんだな、水上走り。

 水面に踏み出し、体が沈む前に次の足、次の足と送り込むことで、水の上を走れるのか。

 魔法少女の身体能力があれば。これくらいできると思っていたけど、思った通りだった。これなら海の魔物相手でも戦えるな。



「え、なんで普通に海の上走ってるの、怖」



 おい聞こえてんぞリリーカさん。あんただって普通に空飛んでんだろ。似たようなもんだ。



「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッッ──!!!!」

「むっ?」



 ハード・テンタクルスの叫び声だろうか。海を震わすほどの咆哮が響き、無数の触手が俺に向かってきた。

 確か捕まったらダメって話だったな。よしっ。

 海面を思い切り踏みしめ……加速。



「ふっ──!!」



 全ての景色が過去のものとなり、ハード・テンタクルスの真横を通過。

 見ている、、、、ではなく、見た、、


 ――ゴオオオオォォォォッッッ!!!!


 それ程の超加速により発生した衝撃波で海が大きく割れ、触手のいくつかが砕け散る。

 だがしかし、まだまだ俺の動きは止まらない。

 急激に体の進行方向を変えて、ハード・テンタクルの周囲を走り回る。

 速すぎるスピードのせいで、触手はまったく俺に触れられない。

 まだまだ加速、加速、加速。

 置き去りにされた残像すら追い抜くスピードにより、周囲の空気が渦を巻くと、海水が引っ張られてハード・テンタクルスごと上空に巻き上がった。



「■■■■■■■■ッ……!?!?」



 上空に飛ばされたハード・テンタクルスが、何かに捕まろうと必死に触手を伸ばす。

 当然、そこは上空。何も掴むものはなく、重力に逆らわず落ちて来た。

 奴の核は……あれだな。触手の中心に、赤黒い光が見える。



「とう!」



 核に向かい、海面を蹴って跳び上がる。

 あれさえ壊せば……!

 ――が、しかし。俺は一つ、忘れていた。

 ……空中で動けないのは、俺も一緒だったことを。



「■■■■■■■■■■■■■■ッッッ!!」

「あ、しまっ……!」



 伸びてきた触手で、両手両足が拘束された。

 しかもそれだけじゃない。他の触手まで、俺の体をまさぐろうと……!



「ひいいいいいい!?」



 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!!!!

 うねうねと迫ってくる触手キッショイ!!!!



「継武くん!」



 視界の端に、上空で待機していたリリーカさんが動き出すのが見える。

 けど、それじゃあ間に合わない。この距離では、俺の美少女ボディに触手が触れるのが先だ。

 こんのッ……!!



「勝手に触ろうとしてくんじゃァッ、ねええええええええええ!!」

「――――ッッッ!?!?」



 自分の体を軸にして、回転する。

 馬鹿力にものを言わせて回転を繰り返すと、遠心力が発生。ハンマー投げの要領でぶん回す。

 回転しながら重力に引っ張られて海面に向かい……そのままの勢いで、ハード・テンタクルスを海面に叩き付けた。

 同時に発生する巨大な水の柱。海面には巨大な穴が生まれ、俺と魔物は水のドームに閉じ込められた。

 ハード・テンタクルスは、海面に衝突した勢いで痙攣している。

 仕留めるなら、ここ……!

 水上走りの要領で水の壁を足場にして、跳ぶ。

 一瞬でトップスピードまで加速し。



「おりゃああああああああああああ!!」



 勢いのまま、核へ拳を叩きこんだ。

 核に拳がめり込み、触手がウニのように総毛立つ。

 次の瞬間、自身の体を包む混むように触手が球体になると、黒い灰となって爆散した。



「おべっ!?」



 くっさ、この黒い灰くっさ! 腐った生ごみを熟成させたみたいな臭いがする!

 その時、周囲がいきなり暗くなり、轟音が俺を包み込む。

 これって……まさか!?

 慌てて周囲を見ると、水のドームが折り重なるようにして崩落してくる。

 爆発と臭いに気を取られて、ここが海の中だって忘れてた……!

 やばっ、海中に引きずり込まれる!

 腕をクロスして水圧に耐えようと身構える。と、崩れかけたドームの隙間から光の帯が入ってきた。



「継武くん!」

「ッ、リリーカさん!」



 リリーカさんが伸ばしてくれた手を掴み、そのまま海水を突っ切って離脱。 

 同時に四方八方に白波を立てて穴は塞がり、何事もなかったかのようにいつもの平和な海へと戻っていった。



「た、助かった……」

「まったく君は……もう少し考えて戦ったらどうだ。あんな無茶な戦い方、魔法少女史上初だぞ」

「あはは……すんません」



 確かに、あれはかなり無茶をした。だってできると思ったんだもん。



「だが、無茶とは言えよくあんなアドリブで戦えたな。もしかして普段から、何か特訓を積んでいたのか?」

「思春期男子高校生の妄想力を舐めてもらっちゃ困る。常に頭の中で、教室にテロ組織が乱入してきた時にどうやって戦うか等、様々な場面でのシミュレーションを怠っていないんだ」

「……何の力もない男子高校生が、テロ組織に勝てるのか?」

「マジレスやめて」



 中二病と罵るなら罵ればいい。だけど、そのシミュレーション妄想のおかげでちゃんと戦えたんだから、いいだろ。



「やれやれ……ま、何にせよお疲れ、継武くん。今日はもう帰って、ゆっくりしよう」

「だな」



 海水でベタベタだ。風呂入りて~。



   ◆◆◆



 ゆ~ゆ~ch・コメント欄


『すっげぇ……』

『ミケにゃんの配信でも思ったけど、バケモンすぎる』

『パワー特化の魔法少女か』

『なかなか爽快な戦い方だな』

『なんか男の泥臭い戦いを見てるみたいだった』

『わかる』

『他の魔法少女とは違うよな』

『華麗に勝つのもいいけど、こういう戦い方だいすし』

『あんな可愛い上に男のツボを押さえてるとか、推すしかないよなぁ』

『ツグミン、惚れたぜ』

『シュキ…』



 魔法少女・ツグミの大活躍を、ゆ~ゆ~チャンネルの視聴者たちは絶賛していた。

 が、当然それを快く思わない女性が、ここに一人。



(ぐっ……ぐぅぅぅうううっ……! な、なんなの、あの女ァ……!)



 魔法少女・ゆ~ゆ~は怒りのままに配信を切ると、杖を思い切り横に凪ぐ。

 放たれた魔法の斬撃は海を割り、水しぶきとなってゆ~ゆ~の熱くなった体を冷やした。



「魔法少女・ツグミ……覚えておくわ、あんたのことッ……!」

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