第15話 ライバル意識
千葉県南部、野島埼灯台のてっぺんから見えるそれは、明らかに異形だった。
タコやイカを思わせる、凶悪な吸盤が無数についた触手。が、数が異常だ。
50、100、200……もっとだろうか。魔法少女に変身して強化した目でも、数え切れない。
「さっきも言ったが、奴は女体の肉を好んで食べる。触手それぞれのパワーも凄まじいから、捕まったら終わりだと思った方がいい」
「そんなの、どうやって倒せってんだよ……」
「意外と柔らかいから、剣があれば斬ることはできるが……継武くんは持っていないからな」
ちきしょう。ここでも契約時の弊害が……!
「リリーカさんの武器、借りられないのか?」
「魔法少女の武器は、本人以外が使うことはできない。その上、普通の魔法少女でさえ常人よりパワーがあるから、並みの武器ではすぐ砕けてしまうぞ」
この世の物がもろすぎる。やっぱ素手でやるしかないのか。
深く、ふかーくため息をつき、両手で頬を叩く。落ち込んでいても仕方ない。人間、何事も配られた手札で勝負するしかないんだ。
今の俺の手札は馬鹿力と、美少女ってこと。
……もしかしてこれ、魔法少女的に詰みなのでは?
「危ないと思ったら手助けするが、最初は一人でやってみるといい。弱点は触手の中心にあるコアだ」
「ああ、わかってる」
ミケにゃんではない、他のR-15系魔法少女配信者で、見たことがある。
魔法少女・ゆ~ゆ~の『わざと触手に絡まってみた』系の配信は、たまにお世話になっております。
リリーカさんが光の翼を広げて空に舞い上がり、俺は灯台の上から跳び下りる。
さて、戦うと言っても、どーやって戦えばいいんだ、あんなの。
確かハード・テンタクルスの触手は伸縮自在で、一本あたり50メートル。コアに近付くのも一苦労だったはず。
ゆ~ゆ~は魔法系を使う魔法少女だったから、最終的には遠距離で倒してたけど、肉弾戦しかできない俺は近付かないと意味がないよな……。
「ま、なるようになるか」
◆◆◆
「ハァイ。みんなぁ~、ゆ~ゆ~お姉さんの討伐配信に来てくれてありがと~♡ 今日もた~~~~っくさん、あたしのことを愛でてね♡」
『来たあああああああああ!』
『待ってた!!』
『全裸待機』
『今日もえっっっな服装助かる』
『本当、よくこんな服装でBANされないよな』
『ナゲゼニ10000円:ゆ~ゆ~様に定期お布施』
魔法少女・ゆ~ゆ~は、ドローンカメラを前に際どい服装で、際どいポーズを取っていた。
いや、もはや服ではない。どたぷんと揺れる胸の突起や、下半身の大事な部分を白と黒の紐で隠し、全身に天女の羽衣のような薄い布を纏っているだけ。手には身の丈を超える程の杖を持ち、空中をふよふよと漂っていた。
「今日は千葉県沖に来ていま~す。今日のお相手はハード・テンタクルスたんで~す♡ 今日もた~っくさん、攻めて攻められてイきたいと思うので、楽しみにしててね~♡」
『テンタクルスたん回!!』
『大当たりやんけ』
『アーカイブが残りにくいテンタクルス回』
『初めて配信に来れたけど、まさかの大当たり』
『うおおおおおお!』
『きちゃーーーーーー!!』
『ナゲゼニ5000円:最高です!!』
ハード・テンタクルスは魔法少女・ゆ~ゆ~の十八番の一つ。
それを知っている視聴者は大盛り上がり。同時接続数も10万人を越え、ナゲゼニもまだまだ増えていた。
(ふふふ。ちょーっとエッチな配信をするだけですぐお金が舞うんだから、配信ってちょっろ♪)
が、エロ可愛い笑顔の裏はだいぶ黒かった。
「それじゃあ、まずはいつも通りテンタクルスたんに捕まって~……あら?」
沖にいるハード・テンタクルスに目を向けると、途端に違和感に気付く。
獲物が来るまでいつも大人しいハード・テンタクルスが、荒ぶっていた。
『なんかめっちゃ暴れてる?』
『あんな触手見たことない』
『いつもよりだいぶハードだな』
『おこなの?』
『めっちゃ怒ってる気がする』
『さすがに危なくない?』
『ゆ~ゆ~様、あれはやめておいた方が……』
(いや、違う。あれは……)
触手マスターの自分はわかる。あれは怒っているわけでも、荒ぶっているわけでもない。
……興奮している。今まで幾度となくハード・テンタクルスと対峙してきたゆ~ゆ~でさえ、あんなに興奮している触手を見るのは初めてだった。
(そ、そんな……ハード・テンタクルスは女体を好む。それは美人であればあるほど……肌面積が多ければ多いほど、興奮度合いが増す。あたしの露出を以てしてもあんなに興奮させたことはないのに……!)
奥歯を噛み締め、悔しさを表に出さないように注意する。
と、その時……海の上を、何かが横切った。
小さな何かが、黒い流星のようにハード・テンタクルスの周りを飛んでいる。
……いや、飛んでいない。走っている。……海の上を。
『え、何かいる?』
『何あれ』
『魔法少女?』
『よく見えない』
『海の上を走ってるように見えるけど』
『水を操る魔法少女かな』
『確か、沖縄にそんな子がいるとは聞いたことあるけど』
『この辺にそんな子いたっけ?』
コメント欄はざわついているが……魔法少女として強化されたゆ~ゆ~の目は、その姿を完璧に捉えていた。
「あ、あれは……魔法少女・ツグミ……!?」
つい三日前。突如としてこの世に現れ、世界中のすべての人間を虜にした絶世の美少女であり、底の知れない力を持つ魔法少女・ツグミ。
正直に言おう……魔法少女・ゆ~ゆ~として、美貌で負けたと思ったのはリリーカ以来初めてのことだった。
『え!?』
『まっ!?』
『あれツグミンなの!?』
『マジかあああああああああああああ!!!!』
『神回キターーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!』
『テンタクルス頑張れ! テンタクルス頑張れ!!』
『ツグミンが触手に絡まる姿を想像しただけで……』
『俺はゆ~ゆ~様一筋』
『ゆ~ゆ~様には申し訳ないけど、ツグミンの可愛さの前にはメロメロ』
コメント欄も、ツグミが現れたことで最高潮。
(ぐっ……ぐぬぬぬっ。あ、あたしの配信なのに……! なんなの、ツグミぃ……!)
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