第14話 特訓

「と言っても、力のコントロールは一朝一夕ではできない。なので、私が行った方法で継武くんも特訓してもらう」

「リリーカさんがやった特訓……」



 妙な緊張感が漂い、喉を鳴らす。

 いったい、どんな特訓が待ってるんだ? 特訓と言えば、山籠もりとか、滝行とかのイメージが強いけど。

 あと、こう言っては悪いけど、リリーカさんの佇まいや仕草を見ていると、どうしてもそういう古風な修行が似合っているように思える。

 山籠もり……嫌だなぁ。現代っ子の俺にはハードル高いって。

 リリーカさんの次の言葉に身構えていると、彼女は首を横に振って笑った。



「安心してくれ。そんなに厳しいものではないから」

「……千尋の谷に突き落としたりしない?」

「するかっ。危ないだろう、そんなことしたら!」



 ほ、よかった。正直俺、この間の落下のことがあってから、ちょっと高所恐怖症気味なんだよ。



「特訓の内容は簡単だ。学校、買い物等、外に出る時だけは元の姿に戻ってもらうが、それ以外の日常生活は魔法少女の姿で行ってもらう」

「……え、それだけ?」

「ああ。それだけだ」



 え……いいのか、そんなんで。特訓って言うもんだから、もっと厳しいものを想像していたんだけど……。



「拍子抜けという顔だな」

「いやぁ、そんなことは……」

「言っておくが、魔法少女姿で日常生活を送るというのは、大変なことなんだぞ。この世の物は、一般人に合わせて作られている。が、私たちからすれば、本当にもろいものだ」



 まあ、確かに。ただ手を握っただけでそよ風を起こすパワーで普通に物を扱ったら、全部をぶっ壊しちゃいそうだ。

 何の気なしに、キッチンに置いていたスプーンを手に取ってみると……一瞬で、指の形に変形した。

 水あめや粘土細工より、もっと遥かに柔らかい。なんか不思議な感触だ。



「しばらくは、私が通って面倒を見よう。小さいものであれば、私の力でも修復は可能だからな」



 リリーカさんが、ぐにゃぐにゃになったスプーンに手をかざすと、光の粒子がスプーンを包み込んで、瞬く間に元の形に戻った。



「リリーカさんも修復できるんだな」

「修復専門の魔法少女には遠く及ばないが、小さいものなら問題ない」

「俺にもそれ、できるかな」

「言っただろう。今の魔法少女の姿は、契約時のイメージの世界だと。修復能力に関しても同様だ」



 ちくしょうがモモチの奴今度会ったらめっためたのぎったぎたにしてやる。大事なこと何も話してねーじゃねーか。



「後は平行して、魔物が現れた際に戦ってもらう。戦闘時のパワーもコントロールできないと、話にならないからな。継武くんは、あれから魔物は倒していないだろう。そろそろ倒しにいかないと、魔法少女の力を失ってしまうぞ」

「あぁ、一体の魔物を倒したら、一週間以内に別の魔物を倒さないといけないっていう、あれか」



 確かに、ホーンウルフを倒したのが三日前。あと四日以内に、別の魔物を倒さないといけない。

 はぁ……面倒な契約だなぁ。俺としては、可愛い可愛い俺を愛でて過ごしていたいだけなのに。



「魔物に関しては、モモチが連絡をくれる。それまでは、普通に過ごしてもらうぞ」

「うっす。よろしくお願いしまっす」



 リリーカさんが座布団の上に正座し、俺も対面に座る。

 さて、いざ普通に過ごせと言われても、俺普段から何してたっけ。

 魔法少女になってからは、美少女の俺を愛でることが日課になっていたけど……その前は、ぐーたらと自堕落な毎日を送っていた。

 スマホでアニメを見たり、魔法少女ユーチューバーMTuberの配信を見てたり、漫画を読んだり、クソして寝たり、男の子の生理現象を発散したり……あれ? 本当にろくでもない日常しか送ってねーな、俺。

 あと、そんな生活姿をリリーカさんに見られてみろ。今までにないほどのゴミを見るような目で見られてお終いだぞ。



「どうした? 私のことは気にしなくていいぞ」



 できるか!!

 はぁ……仕方ない。とりあえず来客ってことで、茶でも出すか。といっても、ペットボトルのお茶しかないけど。

 キッチンに移動し、冷蔵庫を開け――メキッ――る前に、持ち手を粉砕してしまった。おい、マジか。

 でも、まだ使えはする。慎重に、ゆっくりと冷蔵庫を開き、ペットボトルのお茶を取りだす。

 うぉっ。このペットボトルも、普通に持てない。簡単に指がめり込みそうになる。

 ナニコレ、鈴香が赤ちゃんの時より扱うの大変なんだけど。

 慎重に……慎重に……慎ちょ――ボンッ!!!!



「おぶべ!?」



 だっ、大爆発しやがった……! うげ、そのせいで床は濡れたし、顔も服もびちゃびちゃだ。旧スクで助かった……まあ、服はイメージで作り出したものだから、いつでも変えられるけどさ。

 さすがにこのままじゃ気持ち悪いから、いつもの魔法少女の服に変える。早着替えに関しては、だいぶ慣れた気がするぞ。



「因みに、ペットボトルを開けるのはかなり難易度高い。私のパワーでも、開けるのに三日掛かった」

「先に言ってくれ」



 諦めてコップに水道水を――バリンッ――注ぐ前に、コップが砕けた。

 イライライライライライライライラ。



「継武くん。イライラするのはわかるが、ここで暴れないでくれよ。君が暴れたら、この一帯が荒野と化すからな」

「怪獣か、俺は」



 モモチからも異常なパワーとは言われていたけど、まさかここまでとは思わなかった。

 こりゃあ、普通に生活できるまで何日……いや、何週間かかるんだ。



「最初はストレスが溜まると思うが、それもすぐ解消できる。……っと、噂をすれば」

「え? あ」



『緊急――千葉県南部、海上に魔物の出現を感知』



 脳裏に、モモチの声が響いた。



「来たぞ。行こう、継武くん」

「あぁ、なるほど」



 こりゃ確かに、いいストレス発散になりそうだ。

 それに場所は海上。下手にメディアに乗ることもないだろう。

 あんまり気乗りはしないけど……やったりますか。



   ◆◆◆



「……何あれ」

「ハード・テンタクルス。ざっくり言えば……触手だな。主に女体の肉を好んで食うから、捕まらないように注意しろ」

「…………」



 ……犯されちゃう……!?

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