第11話 ネットのおもちゃ

   ◆◆◆



「おいおい継武っ。お前大丈夫なのかよ!」



 無事、退院した翌週。学校に着くと、親友の四ツ谷優里よつやゆうりが慌てた様子で話しかけてきた。

 逆だったツンツンヘアーが特徴的で、パッと見はオラオラ系ヤンキーイケメン。だがこうして、俺のことも心配してくれる優しい奴だ。



「ああ。悪いな、心配かけて」

「本当だぜ。お前が来なくなったら、俺はこれから誰に宿題を見せてもらえばいいんだ」

「そっちかよ」



 俺の感動を返せクソ野郎。

 優里はケタケタ笑って俺の前に座ると、一転真面目な顔になった。



「だけどよ、マジで大丈夫なのか? お前ん家、魔物に襲われたんだろ?」

「ああ。リリーカさんに助けてもらって、応急処置も受けた。今ではアパートも新品になってるし、住んでた住人も誰も死んでない」



 まあ、あれをキッカケに大部分は引っ越しちゃったみたいだけど。今は1階に住む俺と、2階の端に住んでいるOLのお姉さんたけだ。

 一度魔物に襲われた地区や建物は、縁起が悪いから大抵空き家になることが多いらしい。でもそのおかげで静かだし、家賃も半額以下。高校生の俺からしたら、嬉しい誤算だ。



「まあ、お前が大丈夫ならいいんだけどよ……っと、そうだ。継武が休んでる間のノートまとめておいてやったぜ」

「サンキュ」



 こんな見た目なのに、成績優秀なんだもんなぁ。運動神経もいいし、神はこいつにいくつのギフトを与えるんだ。

 優里からノートを貸してもらって中をパラパラと見ていると、「ところでよ」と前のめりになった。



「継武。お前魔法少女好きだったよな? リリーカたそとか、ミケにゃんとか」

「好きも何も、お前から勧められてドはまりしたんだが」

「あり、そうだったか」



 あぁ、あった。こいつのマイナス要素。超がつくほど、重度の魔法少女オタクってところだ。

 チラッと見れば、机の上にある筆記用具はすべて魔法少女のもの。カバンにも、いくつもの魔法少女のグッズを着けている。

 高校一年生にもなってこんな趣味、普通はいじめられるのだが……それを補って余りあるほど、優里は全てにおいて優秀だった。

 そんな魔法少女オタクの優里は、鼻息荒く続ける。

 こいつがこんな風に興奮するってことは……。



「どした。新しい推しでも見つかったか」

「さっっっっすが、よくわかってる!」



 バチコーン。ウインクしてきやがった。腹立つな。



「それがよっ、最近新しく出て来た魔法少女なんだよ! しかも超超超超超可愛い子! 可愛すぎて俺ァ気を失ったね!」

「……因みにその魔法少女の名前って?」

「魔法少女・ツグミってんだ。もうネットではツグミンって愛称で呼ばれてるぜ」



 はい、予想通り。だろうと思ったよこの野郎。

 確かに魔法少女・ツグミは可愛い。てか、俺可愛い。それは動かしようのない事実だ。

 が……それを親友に言われるとモヤモヤする。というか地味に嫌だ。

 げんなりしていると、優里が訝し気に顔をしかめた。



「なんだよ、継武。お前も知ってんだろ、魔法少女・ツグミ。あんだけネットで大バズりしてたもんなぁ」

「そりゃあ知ってるけど……」



 あれ、俺なんだよね。なんて口が裂けても言えない。恥ずかしすぎて、引きこもりになっちゃう。



「ま、確かに可愛いよな。俺の永遠の推しは、変わらずミケにゃんだけど」

「俺だってリリーカたそ単推しだったけどさぁ、あの可愛さを見せられたら、推したくもなるって。何あれ、この世の奇跡だろ」



 やめて! そんなベッタベタな持ち上げ方やめてくれ! 俺、これからどんな顔をしてお前と話せばいいのかわからないよ!



「因みに、もうツグミングッズ発売されてるぜ。同人だけどな。俺も今着てる」



 唐突に学ランの前をはだけると、黒いシャツに白い線で魔法少女・ツグミのイラストがプリントされていた。

 え、何、グッズ!? そんなの聞いてないんだけど!? 誰の許可得て売ってんだこら!



「見ろよこれ。神絵師レイゾーコサムライ先生直筆のイラストだぜ。今はもう世界中の神絵師がツグミンのイラストを描いてる。一種の社会現象……いや、世界現象と言ってもいいレベルだな」



 ほら、と俺にスマホを突き出してきた。

 魔法少女関連の情報を発信しているSNS、魔法少女サービスネットワークMSNに、いろんなイラストが載せられていた。

 可愛いものはもちろん、かっこいいもの、際どいものまで。

 イラストとは言え、さすがに自分自身のそんな姿を見るのは嫌すぎる。

 魔法少女は、13歳から18歳までの少女がなれるものだ。

 つまり、未成年。世界規模で完全アウトR-18のものは規制されているが、それでもチキンレースをしたいのが人間というもの。

 例に漏れず、俺もチキンレースに強制参加させられていた。

 いやあああああああ! ネットのおもちゃにされてるううううううううう!!



「い、いいから、しまえよ。もう先生来るぞ」

「んぉ、そだな。バレたら没収されちまう」



 優里がスマホをしまうと、丁度ホームルームを告げるチャイムが鳴った。

 今年赴任してきたばかりの若い女性の先生、弧満こみつ先生が教室に入り、ぐるりと教室を見渡すと、俺と目が合った。



「神楽井くん、大丈夫ですか? もし体調が悪かったら、すぐ先生に言ってくださいね」

「うっす」



 赴任してきたばかりなのに、学年のマドンナと呼ばれるほど美しく、優しい。俺もこの優しさに、何度救われたことか。

 弧満先生が名簿を教壇に置くと、もう一度教室を見渡した。



「突然ですが、本日は転校生を紹介します。急遽、ご両親の都合でこちらに引っ越してきたとのことです」



 え、転校生? この時期に?

 優里の方を見ると、優里もこっちを見て肩を竦めた。あいつも聞いてないってことは、本当に突然なんだな。

 クラス中がざわつくが、弧満先生は何も言わず黙っている。

 みんなが静かになるのを待つと、扉の向こうに声を掛けた。



「どうぞ、入ってきてください」

「しっ、ししししししししし失礼っ、しましゅ……!!」



 …………ん? 今の声、どっかで……?

 扉が開き、向こう側にいた子が入って来た。

 直後。コケッ、ずざー! ……思い切り、コケた。



「へぶ!?」

「だ、大丈夫ですか?」

「ひゃ、ひゃいっ! しゅしゅしゅしゅみましぇんっ……!」



 女の子はいそいそと立ち上がると、背中を丸め、恥ずかしそうに教室の前に立った。

 聞いたことがある、見たことがある、どころではない。

 ブレザーの上からでもわかるほどの、同年代とは思えないほど豊満な体つき。

 重く、長い黒髪と、目元まで隠す前髪。それでも隠しきれていない美貌。

 紛れもない。そこにいたのは……真城凛々夏。



「はっ、初めましてっ。真城りりりりりりりりかと、申しましゅっ……!!」



 魔法少女・リリーカその人だった。

 ……いや、なんでこの学校にいんの!?

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