第5話 出現
リリーカさんは軽く咳払いをすると、ふんわりと笑顔を見せ……いや、作った。ここまで作り笑いが下手な人、初めて見たぞ。
「ありがとうございます、継武さん。緊張している私のために、冗談を言ってくれたんですよね」
「いや、本当のことで……」
「きっと、愚鈍な私には想像できないくらい、辛く厳しい理由があったのでしょう」
「いや、ただ単に美少女になりたくて……」
「無理に聞き出そうとしてしまい、申し訳ありませんでした」
どうしよう。話を聞いてくれない。
……まあ、いいや。俺が美少女に変身できることには変わりないし。
「あの、それで……差し支えなければ、変身後のお姿を見せてもらってもいいでしょうか……?」
「え? あぁ、はい。いいですよ」
変身する感覚は、もう掴んでいる。
フェアリーリングを嵌めている右手を自身の胸に当て、意識を集中する。
リングを通して感じる、体を巡る力の奔流をコントロールし……掴む。
次の瞬間俺の体が発光すると、見る見るうちに体が変化していき……俺の体が、女のものになった。
「じゃじゃーんっ。どう? 可愛いですか?」
「……ほ、本当に、女の子……?」
「だから言ってるじゃないですか。俺が願ったのは、可愛い可愛い美少女なんですって」
鏡で容姿の確認。プロポーションの確認。よし、今日も可愛いぞ、俺。
リリーカさんはまだ信じられないのか、惚けた顔で俺の方に手を伸ばすと、頬を指先でつついてきた。
「わぁ……肌、キメ細かい。唇もぷるぷるですね」
「ふふん。自慢のお肌ですよ」
ぷに、ぷに。さわ、さわ。つん、つん。
……あの、触るのはいいんですけど、さすがに触りすぎ……恥ずかしいんですけど。
「もしかして下も?」
──ガバッ。
「……おぅ……?」
え、何この人普通にスカート捲ってきてるの?
別に俺は気にしてないけど、傍から見たらただのド変態でしかない。リリーカさん、意外と大胆?
「おぉ、付いてない。本当に女の子なんですね」
「満足しました?」
「………………ぁ」
ようやく自分のしていることに気付いたのか、リリーカさんは顔を真っ赤にすると──突然魔法少女に変身し、光からナイフを作り出した。
そしてそのまま、自分の腹に向かって突き刺し……って!?
「待て待て待て待てぇい!! 何してるんですかアンタ!?」
「止めないでくれ、継武くん。もう私は生きてはいけない。せめて死なせてくれ。いや……死なせてくだしゃぃ……」
真城凜々夏ではなく、魔法少女・リリーカなのに顔を真っ赤にしている。
これはこれで可愛いけど、病院で流血沙汰だけはやめてマジで。てか、この程度で死のうとしないでほしい。
「お、俺は気にしてないですから、本当に。別に見られたからって恥ずかしがるようなことでもないですし」
「恥ずかしがるのが普通だッ。き、君は今、女の子なんだぞ……!」
そう言われても、心まで女になったわけではない。心は当然、男のままだ。
今のだって、そこまで気にするようなことじゃない。ただの布を見られただけだし。まあ、布の下まで見られたら、恥ずかしすぎて布団に籠っちゃうけど。
まだ恥ずかしいのか、リリーカさんは顔を伏せて縮こまってしまっている。
魔物を倒している時のリリーカさんは凛々しいのに、こんな恥ずかしそうに……可愛すぎないか。
可愛くしょんぼりしてしまっているリリーカさんを励ましつつ愛でる。
その時だった。
『緊急――神奈川県東部に魔物の出現を感知』
「ッ!?」
い、今の声……モモチ? え、魔物が出現って、今……!?
リリーカさんはすぐ立ち上がると、窓を開けて光の翼を大きく広げた。
「すまない、継武くん。行かなくては」
「ま、待ってください。今のアラームって、もしかしてこの付近に……!?」
「ああ。距離にして50キロメートル先だろう。空間の歪みを感じる」
魔法少女としてベテランのリリーカさんは場所まで正確に特定しているのか、窓の向こうを指さした。
あっちの方に、例の異世界の魔物が……。
「気配の大きさからして、恐らく獣型。この付近にいる魔法少女では手が余るだろう。私が行かなくては」
「そ、それって、強いってことですか?」
「ああ、ホーンウルフと呼ばれる狼だ」
ホーンウルフ……ニュースで見たことがある。
平均体長3メートル。脚は6本。目が8個。角が2つの魔物で、超獰猛な肉食の魔物だ。
「話している暇はない。謝罪と償いは、後でもう一度させてもらう」
では、とリリーカさんは窓から飛び出すと、光の翼を広げて飛んで行ってしまった。
急いで窓に近付いたが、もう見えない。今の一瞬で、魔物の所に行ってしまったらしい。
いつもは映像で、魔物の出現や魔法少女の戦いぶりを見ていた。
画面越しだからか、あれは自分とは関係ない世界だからと、呑気に見ていたのだが……いざスライムに襲われてみて、わかる。あれはとんでもない化け物だということが。
リリーカさんの強さはよく知っているけど、もし……万が一のことがあったら……。
『行かないのかい?』
「っ……モモチ」
いつの間にか餅のぬいぐるみに憑依していたモモチが、ジャンプして俺の頭の上に飛び乗った。
『君は魔法少女だ。もう、戦えるだけの力はあるよ』
「で、でも、リリーカさんが向かったなら……」
『確かに今回の魔物は、リリーカだけでも十分対処できる。アクシデントがない限り、負けることはないだろう』
そ、そうだ、その通りだ。
ユーチューブでまとめられている魔法少女の中でも、リリーカさんの強さはトップクラス。日本どころか、世界中を見てもリリーカさん並みに強い魔法少女は、極僅かしかいない。
そんな人が向かったんだ。だから大丈夫。大丈夫……。
『だけど、君の心はなんて言っている? 本当に、彼女に任せるだけでいいって言っているのかい?』
――――。
「痛いところを突くな、お前」
『僕は管理者だからね。君の心はお見通しさ』
人の心を覗いてるのか? 悪趣味だな、異世界の神様ってのは。
目を閉じ、大きく深呼吸をする。
……正直、女の子が勇気をもって戦いに出たってのに、言い訳ばかりしてここで見て見ぬ振りをする男ってのは……ダセェよな。
「モモチ、案内頼む」
『しょうがない。今回は新人魔法少女に、特別サービスだよ』
さあ、魔法少女・継武。初陣だ。
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