第3話 理想の自分

 その後、いろいろと話をしてくれたリリーカさんが帰った後、両親と妹が俺のところに駆けつけてくれた。

 随分心配させたみたいで、3人にものすごく泣かれた。特に妹の鈴香すずかは、まだ小学6年生。こっちが心配になるくらい泣かせてしまった。

 枕元には、鈴香の置いていった餅を象ったぬいぐるみが置かれている。俺が寂しくないように、らしい。愛らしすぎて涙が出るわ。


 因みにアパートは、魔法少女たちが直してくれたおかげで新品同様。家具も国が補助金を出してくれるから、新しいものを買えるらしい。

 家族も帰り、草木も眠る丑三つ時。当たり前だけど、まったく寝付けずにいた。

 原因は言わずもがな……フェアリーリングである。



「なーんで、こんなものが俺の指に……?」



 ベッドに寝転び、右手を天井に掲げながら呟く。

 魔法少女である証、か。俺、男なんだけどなぁ。

 そっとため息をついて、目を閉じる。

 リリーカさん曰く、13歳から18歳の生娘……少女のみ魔法少女に選ばれるには、理由があるらしい。

 簡潔に言えば、成長期を迎えた少女が大人になるまでに放出される莫大な力が、魔法少女のエネルギーとなるそうだ。

 これまでの魔法少女の中に、男はいないらしい。少なくとも、リリーカさんの耳には入っていないそうだ。

 一度帰って調べてくれるとは言っていたけど、あの様子だと前代未聞……俺が歴史上初めての、男の魔法少女ということになる。



「なんでこんなことに……」



 ……願い……願い、か。そういえばリリーカさんが、『願い』力が魔法少女の力になるとか言ってたな。

 そんなの、突然言われても困る。俺の願いなんて、病気なく生きていきたいとか、美味いもん食いたいとか、俗物的なものばかりだ。

 リリーカさんは、弱い自分を変えたい……とかだっけ。

 てことは、『こんな自分になりたい』って願うのが一番か。

 うーん……J1選手、メジャーリーガー、ユーチューバー、芸能人、世界一の金持ち……え、もしかして俺、俗物すぎ?

 いざ、願いを叶えてくれると言われると、意外と出てこないもんだなぁ。


 それよりも、あの声の主……モモチについても知りたいところだ。

 なんとなく、ぼんやりと声は覚えてるけど、話の内容はさっぱり覚えていない。

 何者なんだよ、モモチってのは。






『僕はね、魔物と同じ世界の存在だよ』






 ……………………え??

 今の、声……夢と同じ声?

 起き上がり周りを見るが、誰もいない。もしかして、直接脳内に……?



『違う違う。ここ、ここ。ここだよ』

「ここって……ん?」



 なんか、餅のぬいぐるみが動いて……?



『やぁ。やっと気付いた?』

「……もっ、餅が、喋った……!?」



 え、何? 何ごと!?



『あ、驚かないでね。ちょっとこのぬいぐるみを依り代に、君にアドバイスをしに来ただけだから』

「はぁ……?」



 昨日から、何がなんだかわからない。俺、疲れてるのかな。もしかしてこれ、夢?

 餅のぬいぐるみはぷにぷにとジャンプして動き、俺の手に収まった。



『改めまして、僕はモモチと呼ばれる者だよ。よろしくね』

「はぁ、どうも」



 なんとなく、頭を下げてしまった。

 16歳にもなってぬいぐるみと話してる俺、客観的に見たらやべー絵面だな。



『君は人類史上初めて、男の子なのに魔法少女の才能があるからね。特別に僕自らが、力について教えてあげようと思って』



 ……なんか、怪しい。こいつ、本当に信じられるのか? 魔物と同じ世界の存在とか言ってたし……。

 ジト目でモモチを見ていると、慌てたようにぷるぷると震えだした。



『あ、安心してよ。魔物と同じ場所と言っても、僕は管理者。君たちの言葉で言うと、神とか仏とか天使とか、それに近いものだよ』

「余計怪しいが」

『そう言われても、事実だからね』



 ……まあ、今はこいつしか頼るやつがいないし、話だけでも聞くか。



「その前に、一つ教えろ。魔物ってのはなんなんだ」

『ただの生物だよ。異世界の、だけどね』



 あんなものが普通に住んでる異世界、こわ。異世界転生とか転移したら、普通に死ぬだろ。



『けど、ある日こっちとそっちの世界の間に、急に歪みが発生しちゃったんだ。そのせいで、魔物が歪みに迷い込む事象が発生した。それが、この世界に魔物が現れる仕組みだよ』

「歪みの理由は?」

『わかっていたら、僕が対処しているさ。でも今のところ、手がかりがなくてね』



 そりゃそうか。魔物が現れて随分と経つからな。



『こっちの世界の兵器では、魔物は倒せない。そこで、膨大なエネルギーを持つ成長期の少女たちの力を借りたんだ。彼女たちの「願い」を叶えることを条件にね』



 なるほど……それで、リリーカさんはあんな力を手に入れたんだな。



「となると、金持ちになるとか不老不死になりたいとか、そういう願いじゃダメってことか」

『その通り。要は、理想の自分を思い描くんだ。力が弱い少女は、岩をも砕く力を願った。病気がちな少女は、空をも自由に飛べる翼を。家族を大切にしている少女は、鉄壁の護りを……そうして、魔法少女は生まれるんだ』



 願い……理想としている自分……。

 指輪を見つめ、頭の中で理想の自分を思い描く。

 鉄を一太刀で斬る? 海を蒸発させる魔法を撃てる? どこへでも瞬間移動できる? 宇宙でも生きられる?

 ……違う。違う。違う。どれもしっくり来ない。

 俺の、理想。

 男としての、叶えたい願い。

 それは……。



「あ」



 思いついた。俺の理想……いや、俺の『願い』。



『お? その顔は、自分の理想が思い付いた顔だね。神楽井継武くん、君の願いはなんだい? フェアリーリングは、君の願いを叶えてくれるよ!!』






「女の子」






 …………。

 ………………。

 ……………………。



『……は?』

「俺……女の子になりたい」

『……何言ってんの、君??』



 俺の言っている意味がわからないのか、モモチは唖然とした顔をする。

 サイドテーブルに置いてある紙とペンを用意して、ウキウキテンションで理想の自分を書きなぐる。



「髪の毛は黒だな。腰までの黒髪ロング。目は紫。かっこいいから。身長は160……いや、ギリギリを攻めて158センチ。胸はD……いっそのことEカップ。で、当たり前だけど超絶美少女。装備は……」



 止まらない、止まらない、止まらない。俺の理想(妄想)が止まらない。

 傍にいるモモチがドン引きしているけど、それがどうした。俺の深夜のハイテンションは止まらないぜヒャッハー!!

 後にハイテンションの反動で自己嫌悪に陥るのだが、この時の俺はそんなこと微塵も考えていない。

 とにかく理想。妄想。こんな女の子になりたいを詰め込んだ紙が、完成した。



「できたぞ、俺の理想!」

『あぁ、うん。よかったね……』



 なんか呆れられてしまった。



「で、どうすれば変身できるんだ?」

『最初は僕が手助けするけど……え、本当にいいの? それだけの理想じゃ、リリーカみたいに光から剣を出したり、魔法を使ったりもできない。よくて肉体が強化されるくらいだよ』

「俺は一向に構わん。女の子になれるのなら」

『なんでそんなに眩しい目をしてるの、君は。はぁ……まあ、継武くんがそれを望むのなら、僕は止めないよ』



 突如、モモチの体が白く発光する。

 暖かな光に呼応するように、俺の体も光りだす。



『さあ、新たな魔法少女の──誕生だ』

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