第2話 フェアリーリング
◆◆◆
『お〜? 膨大な力の蓋が開いたと思ったら……君、男の子じゃないかい?』
……誰だ、この声……? 男なのか、女なのかもわからない。不思議な声色だ……。
まるで重力を感じない。ふわふわと空中に浮かんでるみたいで……心地いい。
『男の子でここまで膨大なエネルギーを持ってるなんて珍しい……いや、人類史上初めてかも。面白いね、君』
いったいこれは、誰に向けて言ってるんだ?
わからない。何も、わからない。
『いいねー、いいねー、君。すっごくいいよ。この膨大な力、気に入った♪』
突如、俺の右手の中指に、何か熱いものを感じた。
燃えているような、冷たいような、包み込まれるような、刺されるような。妙な感覚に、全身から冷や汗が流れる。
『気に入ったから、君は特別。この力、存分に使うといいよ──』
◆◆◆
「──はっ!? ぅっ……!」
あ、れ……? 今、何か夢を見てたような……気のせいか?
……って、ここどこ? 病院……の、個室かな。なんでこんな場所に……確か昨日の夜、スライムが現れて、それで……。
見慣れない場所を見回していると、不意に扉が開いて誰かが入って来た。
見慣れない女の子が、果実の入ったバスケットを持っている。
重く、黒いロングヘアーに、目元を隠すくらい長い前髪。けど、顔全体が整っているのがよくわかる。
可愛い……いや、美人だ。なんでこんな美人がここに……? 部屋、間違えたのか?
「あ、あの」
「ひゃいぃっ!?」
え、あ。
俺の声掛けに驚いたのか、女の子はバスケットを落として果物をばらまいてしまった。
「ごごごごっ、ごめっ、ごっ……!」
「お、落ち着いてください」
こっちが心配になるくらい動揺してる。だ、大丈夫か?
とりあえずベッドから降りて果物を拾うと、女の子は慌てて俺の手を取った。
「ま、待っ、だめっ。怪我人は寝ててっ、くだしゃ……!」
「いや、でも……」
「い、いいのでっ……!」
ぐい、ぐいっと押してくるけど、余りにもか弱い。というか、弱い。本当に止めようとしてるのか怪しくなる。
まあ、そこまで言うなら……ん? なんで俺が怪我してるって知ってるんだ?
ベッドに腰をかけると、女の子は鈍臭い動きで果物を集める。本当に大丈夫なのだろうか。
ハラハラしながら見守っていると、ようやく全部集め終えて、サイドテーブルに置いた。
「…………」
「…………」
……沈黙、気まずい。
え、何? 本当に俺のお見舞い……? だとしても、こんな子知らないんだけど。忘れてるだけで、どこかで会ったっけ……?
女の子を見て首を傾げていると──がばっ! 急に腰を90度に折り、頭を下げてきた。
「こっ、ここここここここの度はほんっっっっっとうに、申し訳ありませんっ、でした……!!」
「……え?」
なんでこの子、いきなり謝罪を? 謝られるようなことされたっけ、俺?
「わわわわ私がもう少し早く助けに来ていればっ、
「……早く、助けに? だってあの時、俺を助けてくれたのって、リリーカで……」
「は、はぃ……ゎたし、でしゅ……」
……………………………………え????
いや、いや、いや。そんな馬鹿な。
魔法少女・リリーカ。鉄塊を思わせる大剣を軽々と振るう、天使のような女の子。
対して目の前にいる子は、リリーカとは真逆のひ弱で、暗い感じの女の子。
余りにも対照的すぎる。この子がリリーカな訳がない。
「し、信じられないのも無理はありません。でも、本当に私、なんです……」
「そんなこと言われてもな」
だってリリーカは、もっとこう……女傑って感じの喋り方だし、堂々とした振る舞いをしていた。この子とは正反対だ。
「じゃ、じゃあ、特別に……本当に特別に、変身後の姿をお見せしますね」
「……は? 変身?」
少女は疑問に答えず、俺から少し離れると、胸の前で手を組んだ。
右手中指に付けていた指輪の石が、乳白色に光だし、少女の体を包み込む。
包んだ光が繭のように重なり、渦を巻き、部屋のものが吹き荒れる。
次の瞬間──光の繭が割れ、神々しいブロンドヘアを靡かせる少女が、現れた。
見覚えのある純白の鎧ドレスを身にまとい、背中には光の翼が生えている。
その姿は正しく……魔法少女・リリーカそのものだった。
呆然とその様子を見つめていると、リリーカは自身の胸に手を当て、頭を下げる。
「改めて、私の名前は
「…………」
何も、言えなかった。
普通の女の子が変身して魔法少女になるなんて聞いたことがないし、あの陰キャっぽい子がリリーカだなんて信じられないし……何より、全身から漲る自信に、俺の方が萎縮してしまった。
「驚かせたようですまない。私たち魔法少女は、常軌を逸した力を持つ存在だが、元を辿ればただの少女。戦えるようになるため、このように変身して魔物と日夜戦っているのだ」
「な、なるほど」
言われてみればそうだ。普通の人間の体で、あんな怪物と戦うなんてできるはずがない。それに、あんなにメディアに取り上げられてたら、日常生活を送ることも出来ないしな。
呆然と事態を認識していると、気持ちが落ち着いたのかいろんな疑問が浮かんできた。
「あの、いろいろ聞いてもいいですか」
「ああ。これも償いだ。なんでも聞いてくれ」
リリーカさんは椅子に座ると、光の粒子を果物ナイフに変えて、リンゴを剥き始めた。
「まず、ここって……」
「病院だ。私の力である程度傷は塞いだが、完治はしていないからな。私の名前で、安全な個室を手配させてもらった。もちろん、費用は私が出す。ご家族も、あとで到着するはずだ」
「そ、そうですか」
一を聞いたら十を答えてくれるのはありがたい。家族にも連絡してくれているみたいだし、よかった。
「リリーカさん、神奈川に住んでいるんですか? スライムが現れてから、直ぐ来てくれたみたいですけど」
「いや、北関東の方だ」
「え? じゃあなんで……」
「それは、私たち魔法少女の力の由来に関することだが……誰にも話さないと誓うなら、話す。もし誰かに話すと……」
──ボンッ! リンゴが、木っ端微塵に握り砕けた。こ、怖ぇ……。
必死に頷くと、リリーカさんは優しく微笑んで別のリンゴを剥いた。
「私たち魔法少女は力に覚醒する時に、夢の中でとある声を聞く。私たちはその声の主をモモチと呼んでいる。モモチは私たちに、魔物が現れる場所を教えてくれるのだ。間に合えば被害は最小限に食い止められるが、間に合わなければ今回のようなことになる」
「ふーん……なんでモモチ?」
「過去の魔法少女が、なんかモチモチしてそうな声だから、と」
昔の魔法少女、適当すぎん?
……ん? 夢? 声? それって……。
何かを思い出しそうで、手で顔を覆う。なんだっけ、何かあったような……あ?
「……なんだ、この指輪?」
俺の右手の中指に、黒い宝石の埋め込まれた指輪が嵌められている。こんな指輪、付けた覚えないんだけど。
そういや、リリーカさんの指輪と同じデザインみたいだけど。
首を傾げていると、リリーカさんが目を見開いて俺の手を見つめていた。
「あ、いやっ。これは盗んだわけじゃなくて……! なんか知らないうちに指に付いてたというか、なんというか……!」
ダメだ、明らかに嘘すぎる。言い訳下手か、俺は。
「そ、それは……フェアリーリングッ!?」
「……え? フェアリー……何?」
「決して外すことも、捨てることもできない、魔法少女の証だっ。な、なぜっ、なぜ継武くんがそれを……!?」
「そんなこと言われても」
てか何、そのファンシーな名前の指輪。恥ずかしすぎる。
「み、見せてみてくれ。悪いようにはしない」
「あ、はい。どうぞ」
右手を差し出すと、躊躇なく握られた。
思えば、こんな風に女の子に触られるの、初めてで……き、緊張するな。
「紛うことなき本物……でも力はまだ覚醒していない、か」
「覚醒?」
「私たちは『願い』と呼んでいる力で、どんな魔法少女になりたいかを願えば、その通りの力を得られる。私の場合は、元が弱くてオドオドしているから、力強い戦乙女になりたいと願った」
あぁ、なるほど。だから変身したら性格が変わるのか。
「なぜ、この指輪が継武くんの元にあるかはわからないが……この指輪があるということは、継武くんにも魔法少女の才能があるということ。願えば、相応の力を授けてくれるはずだ」
「願い……」
そんなこと突然言われてもな。
指輪を掲げ、首を捻る。
…………。
いや俺、男なんですが!?
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