第19話 はい!生命ロストしたくないんです!(怯)

== 16 ==



 <ミモザ>伯爵──いや、ジェイムズ様は応接の机の前で、両手を組んで静かに語り始めた。


「どうやら我が騎士のひとり、盗賊騎士バドラーク<皇国>ヴィラスと繋がっていたようだ」


 その言葉に僕は思わず眉をひそめた。

 皇国ヴィラスといえば、隣国であり、我が国『セプテン・アルクス』の本国でありながら、領土拡大の野心を隠さない過激な勢力だ。それに、伯爵家の騎士が通じているという話は、僕が知る「ミモザ騎士団」の評判とは真逆だった。


 伯爵家の騎士は領内でも評判が高い。規律は厳格、報酬や待遇も他領に比べて手厚い。父さんや母さんの話によると、他領では騎士というのは「ちょっと高価な耐久消耗品」扱いらしいが、ここでは違う。


 高潔であることを保つために、それに見合った環境が整えられている。だからこそ、わざわざ皇国に寝返る理由が僕には見えなかった。

 つまり、高待遇な現在を蹴ってまで、皇国ほんごくに鞍替えする理由が不明瞭過ぎるのだ。

 裏取りしたわけでもないし、もしくは両親の話がまるきり嘘だという可能性もある。だが、この領での騎士という待遇に対する見返りが、まったくこれっぽっちも想像がつかない。

 僕の考えが顔に出ていたのだろう。伯爵はふっと口元を緩めると、少し冗談めかした調子で言った。


「君は本当に五歳児なのかな?皇国ヴィラスと繋がっている、という言葉ひとつで、多岐にわたって思考を巡らせているように見える。まるで、大人と話をしているかのような気分になる」

「え、えへへ……」


 もっとも、大人は君みたいにすぐに表情に表したりはしないけどね、と付け加えた。

 僕は頬を掻きながら、某眼鏡少年探偵よろしく愛嬌で誤魔化す。中身はいい大人だが、実は前世があってですね、なんて認めるわけにはいかない。

 伯爵は僕の挙動を気にする様子もなく、話を続けた。


「続けよう。どうやらバドラークが皇国に寝返ったのは、ドウェインドゥーネへの嫉妬が原因だったらしい」

「嫉妬、ですか?」

「そうだ。バドラークとドウェインは同期で、従騎士になったのはバドラークが先だった。しかし、ドウェインは正騎士に昇格し、さらには騎士爵を授与され、筆頭騎士となった。同期の出世に対する羨望と焦燥感が、彼を暴走させたのだろう」


 伯爵は一拍置いてから、瞳に険を宿しながら言葉を続ける。


「だが、バドラークもそうだが、我が領の騎士達は、本来なら自分の感情を持て余す、愚か者ではない。皇国の諜報やつらが仕掛ける典型的な手口だ。奴らは嫉妬、羨望、妬み、僻み……人の感情の脆い部分を見抜き、それを焚きつける。そういった人を操るすべに奴らは長けている。忌々しい事だ」


 伯爵の言葉には、深い怒りと無念が滲んでいた。僕はその様子を見ながら、思った以上にこの世界はドラマチックであり、血肉が通ったものリアルなのだと改めて認識する。


「皇国の仕業、か……」


 僕の呟きは小さく、伯爵に届いたかはわからなかった。だが、その手口を聞いて、僕の中には一つの疑念が浮かんでいた。


 ──本当にバドラークはそれだけの理由で動いたのか?


 原作にはなかったこの事件。表向きは単純な嫉妬による裏切りだとしても、その裏に潜む「何か」が、僕の心をざわつかせていた。


 オレは伯爵をじっと見据えた。ジェイムズ=フォン=ミモザ、その表情に嘘の色は感じられない。だが、すべてを話しているとは思えなかった。いや、むしろ何かを隠している気配すらある。


 そもそも、どうやってバドラークと皇国は接触したのだろうか。偶然、街を出歩いていたバドラークが皇国諜報部隊に「たまたま」出会った?さらに都合よく、そのバドラークが嫉妬に狂っているのを知っていて、皇国がそれを巧みにそそのかした?そしてさらに、バドラークはあれだけの人数の盗賊まがいの集団を纏め上げ、活動させるための資金を負担していた……?


 ──そんな都合のいい話があるだろうか。


 疑念は膨らむばかりだった。まず、組織の規模に対して「利益」が釣り合わない。子どもをさらうという行為は、直接的に領国の力をぐものではないし、労力に見合わないほど迂遠な手段だ。それならば、街の食糧庫を襲撃でもした方が、成功時の損害ダメージは遥かに大きい。

 しかも、モニカだ。普段から騎士達が常に護衛についている彼女をさらうことができたのは、奇跡的とすら言える。それこそ、本来、莫大な準備と手間がなければ不可能なはずだ。


いや、待てよ。


「普段から騎士が護衛についている」――そうだ、騎士がついているのだ。


 つまり、もし皇国の組織がバドラークに接触したのが『必然』だと仮定するならどうだろう?皇国はバドラークという存在を『知っていた』のではないか。彼が抱える嫉妬、妬み、それを煽れば簡単に行動させられるほどの脆弱さも。奴らは劣等感をあおるのが得意だというが、そもそも狂った心を持つ人間がいなければその手は通じないはずだ。


 ──とすれば。


 僕の背筋を氷柱つららが滑り落ちるような冷たい感覚が襲った。皇国は、最初からバドラークを「駒」として選んでいたのではないか?嫉妬という炎を燃やせる、最適な「材料」として。


 思考を巡らせている僕の口の中で、「皇国」という言葉が何度も転がる。そうして逡巡している僕に、伯爵の視線が鋭く突き刺さった。

 彼の怜悧な眼差しは僕の思考を見透かしたかのようで、その奥に、わずかな得心の色が滲む。


「なるほど。君は……情報を扱える人間のようだね」


 その言葉は静かに、だが妙に響く声で告げられた。ジェイムズ伯爵の表情に、色はない。冷たいとも思えるその顔は、まるで氷の彫像のようだった。だが、その言葉の端々には、得体の知れない喜色が滲み出ていた。それは新しい玩具を手にした子どもが見せる純粋な喜びに似ていた。いや、しかし、それはどこか冷たく、底知れないものだった。


 僕は思わず喉を鳴らした。伯爵の前で、知恵が回る人間と見なされたことが何を意味するのか。すごく……すごく面倒臭い気配がする!


 確かに、僕は騎士となる為に有用性をアピールしていく必要がある。何故なら、本来の目的は、推しソフィアを護るというものだからだ。推しの近くにいれなきゃぁ、この身を盾にすることも出来ない。その為の騎士だ。

 しかし、バドラークの一件が起きたばかりだ。審査がさらに厳しくなるのは火を見るより明らかだった。騎士は狭き門。さらに言うなら、ミモザ伯爵家の騎士は厳格であり、身元が怪しいものを懐に入れるはずがない。バドラークとかいう騎士が一体どれほどの地位だったかは知らないが、自分のところの騎士が事件を起こした後だ、余計審査は厳しいものとなるだろう。


 それなのに僕はどうだ?

 僕は平民だ。本来なら教養などまるきりない筈の子どもが、 ありもしない推理を披露してさかしげに振る舞っている。これだけで怪しまれるには十分だ。明らかに子どもらしくない。皇国のスパイではないかと、うたがわれるに決まっている!


「そう固くならないでくれ」


 冷や汗を浮かべる僕に、ジェイムズ伯爵はかすかに笑みを浮かべた。その口元に、抑えたわらい声が滲む。


「君の事はある程度裏は取ってある。一週間もあったんだ、当然だろう?」


 くつくつと、抑えたわらい声をあげるジェイムズ様。

 僕は安堵していいのか、それとも恐怖すべきなのか判断に迷った。伯爵の真意を読み取れない。僕は眉根を寄せて、ただ茫然ぼうぜんと彼を見る事しか出来なかった。

 すると、伯爵はゆっくりと口を開いた。


「ヴィーシュ=ゴルダスト。ゴルダスト騎士爵家四男が、庭師の子弟として経験を積む最中さなか、勤め先の子爵家の次女と駆け落ちして出来た子どもが、君だそうだ」


 ──えっ、僕お貴族様だったの?


 雷に打たれたような衝撃が、僕を直撃する。まさかの展開に、内心の声が思い切り跳ね上がる。けれど、伯爵の表情は至って真面目で、何の冗談も挟む様子がない。


「ちょっと待ってください……僕の両親は、ただの庭師だと──」

「違う。確かに、君の両親は我が家で庭師をしているが、彼らの出自は元々申告があった。駆け落ちの末に家柄を捨て、身分を隠して生きていただけだ」


 特に珍しい話でもないと、伯爵はさらりと続ける。


 な、なんだその微妙に重い家族の事情……!


 予想外すぎる展開に、頭がぐるぐると混乱する。堅気とは思えない風体な上に寡黙な父と、愛嬌もありながら、どこか教養がうかがえる母だとは思っていたが。意外な出自ルーツに、僕は打ちのめされていた。


「君の両親を更にさかのぼって調べさせてもらったが......皇国との関与は読み取れない。それに、君の功績と様子を見る限りでは、とてもではないが皇国のスパイとも思えない。幼いながらも騎士を打倒し、情報を使いこなす将来有望な逸材いつざいを、みすみす逃すつもりはない」


 獲物をとららえたような、狩人の目でジェイムズさんは僕を睨む。先ほどまであった温かさは既に喪われており、絶対零度と見紛みまがう視線が、僕を射抜く。

 先程背筋に感じた以上の寒気に、僕の肌が泡立った。


「仮に、君がスパイだとして。君を召し抱えて、徹底的な監視下において、洗脳して駒にするも良し。それが駄目でも、ここまで幼いスパイを育て上げたやり方ノウハウの一片でもミモザウチが吸い上げたら、もっとこの領は躍進するだろうな」


 そう言って、意地の悪そうな笑みをジェイムズ様は口許くちもとで浮かべていた。


「まあ、冗談だ。我がいえが誇る美姫をないがしろにして、むさ苦しい野郎の話をされたのだ。娘を可愛く思う親のちょっとしたお茶目だと思いたまえ」


 そう言って、ジェイムズ様はパチリとウィンクしたのだった。


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