第15話 僕はこのままタイムアップの方がいいんだが?



「風よ!!」


 張り詰めた空気を引き裂いたのは、<モニカ>の声だった。

 見えない風の刃が、彼女の魔法によって放たれ、騎士に向かって襲いかかる。しかし、騎士は舌打ちしつつ剣を振り上げ、風の刃を打ち払った。目に見えぬ刃といえど、風の刃エア・カッターの速度は遅く、硬い物にはさほど効果がない。牽制にもならない、無駄打ちだ。


「ガキはすっこんでろ!!」


 騎士が怒声を張り上げる。モニカは小さく悲鳴をあげて縮こまったように見えたが、それでも恐怖に屈せずに戦おうとする彼女の意志に、オレは心から感心した。そして、その意志を利用できると瞬時に思った。


 視界から騎士を外さぬよう注意しつつ、僕は小声で、しかしはっきりと伝わる声で。モニカに特定の魔法を進言する。後手を嫌った騎士が怒りに任せて叫びながら、すぐに行動を開始した。


「ガキがごちゃごちゃと小細工するんじゃねぇ!」


 カツン、と鋭い靴音を鳴らして一歩踏み出し、剣が力強く振り下ろされる。速い──つくづく、この世界の騎士のトンデモ性能に舌打ちしたくなる気持ちを抑えながら、この騎士に正面からの力勝負で勝つことは不可能であると結論づける。


 だからこそ、知恵を絞らせてもらう。


「今!!」


 僕は声を張り上げた。目の前に迫る騎士──その刃が振り下ろされる瞬間に、


追風エアロ・バースト!!」


 モニカも、全力で叫んだ。強力な追い風が僕の背を押し、体が一瞬軽くなるような感覚に包まれる。その勢いを利用して、僕は身体を低く倒し、斬撃をギリギリで回避した。そして、そのまま騎士の股に頭突きを放つ。鎖帷子が股下まで伸びているようだったが、すべての衝撃を防ぎきれるわけではない。男性の急所だ、男である僕だってここを攻められたら嫌な顔にもなるが、背に腹は代えられない。

 モニカに伝えたのは単純な打ち合わせだ。「ありったけの魔力で、僕と騎士を巻き込んだ強い風を」、と。どうせ、この短絡的な騎士のことだ、僕が何かすれば、すぐ反応してくると思っていた。なら、即座に使える魔法を撃ってもらうしかなかった。


 強風を選んだ理由は至極簡単。勢いを利用するのもそうだが、単純に裸眼で不意にこれを受ければ、視界が遮られて対処に遅れると踏んでのことだ。現に、騎士は剣を振り下ろしながらも瞼を閉じたらしく、僕の姿を追いきれなかった。


「ああぁぁぁっ!!」

「ごぉっ……!」


 低い呻き声を漏らし、騎士は体勢を崩す。顔が下がったその隙を、僕は見逃さなかった。手に握った粗末な短剣を、身長が足りない分、飛び上がりながら全力で騎士の喉元に突き入れる。


「やあぁっ!!!」


 乾坤一擲!


 ──入った!だが、硬い!!刃が、入っていかない!こいつ、粗暴に見えるこの男だが、身体強化の魔力を昇華させ、筋肉そのものを強化しているのか!

 僕の全力の蹴りを受けても、呻き声ひとつで受けきった強靭さタフネスを持っていた。だが、刃物を筋肉で止めるとかどうなってんだ!得物ナイフが安物とはいえ、僕の力を上乗せした突きだ。喉元という筋肉が薄い箇所にも関わらず、騎士は信じられない力で刃を止めていた。


「クソガキがぁあああああ!!」


 騎士が憤怒の雄叫びを上げる。血混じりの泡を吐きながら、僕の手を力づくで止めた。手が震え、汗が滲む。この至近距離での攻防だ。耳に布を詰めただけでは、僕の"命令"オーダーが完全に効かないわけではないだろう。だが、このちからが拮抗すらしていない状態で、一体何を"命令"すればいいというのか。焦慮が胸を焦がす。必死に思考を巡らせる。


エア……」


 その時、モニカの声がはっきりと耳に届いた。彼女はまだ魔力を使える余裕を残していたのか──僕の中で驚きが湧き上がる。だが、ありがたい。僕は祈るように、最後の"命令"を叫ぶ。


ハンマー!」

「"手を緩めろ"!!」


「ぐ…あぁっ!!」


 騎士の声に、水気混じりの苦痛が響いた。モニカが放った風の槌が騎士の頭を押さえつけ、その隙に僕は彼の肩を掴み、短剣をさらに深く押し込んだ。柄まで埋まった刃が、確実に騎士の喉を破壊したはずだ。


 その時──仔馬セレーネいななきが響き渡る。騎士の巨躯で見えなかったが、どうやらが追撃を仕掛けてくれたらしい。僕は背中から投げ出され、地面に叩きつけられた。息が詰まり、空気が抜ける音が漏れる。頭も胸も痛いし、体の節々が身体強化のしすぎで痛む。だが、見なければ──騎士がどうなったのかを確認しなければ。必死に体を起こす。


 騎士は膝立ちのままだった。喉元には短剣が深く刺さり、血が溢れている。それでもその目は戦意に満ち、僕を睨みつけていた。血走った瞳で、短剣が刺さった喉を震わせて、僕を「殺す」と告げた。声を出す度に血が溢れるが、殺意だけは衰えない。


 セレーネが再び嘶き、騎士に向かって突進する。しかし、彼は腕力だけでセレーネを殴り飛ばした。その一撃で、セレーネが地面に叩きつけられる音が響く。


 万事休すか、諦めが僕の胸中をよぎる。

 それでも──


 僕は、ゆっくりと身体を起こす。出血が多すぎて、ふらつく。なんかもうガンギマリ過ぎて痛みの方は感じない。いよいよもってヤバイか。


 武器はない。近場にも見当たらない。足が動かないから、見様見真似でボクシングのファイティングポーズを取る。モニカも、さすがに魔力が尽きたのか、白い顔でぐったりと地面に倒れ伏している。セレーネも打ちどころが悪かったのか、起きてこない。はは、絶望的だ。まあ、いいか。こういうことは、前世の職場でもよくあったことだ。なんだか、思考が冴え渡っている気がする。



 じゃあ、死にぞこない同士、死ぬまで殺し合おうか。


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