第13話 破壊力ばつ牛ンの連携で敵はそのまま躯になる



 ヴィーシュの攻撃はとどまることを知らなかった。前に出ず、敢えて大きく一歩下がることで、盗賊たちを視界に収めていた。その範疇から襲いかかってくる盗賊たちは、もはや脅威足り得なかった。動きは見てから動いても間に合うほどに鈍重にぶく、数の利があるにも関わらず、盗賊たちは攻めあぐねていた。彼我の速度差も相まって、まるでモグラ叩きのように、ヴィーシュは次々と相手の武器を弾き、打倒うちたおしていく。辛うじてヴィーシュの猛攻をい潜った者たちも、すぐさまセレーネの頭突きや噛みつきで吹き飛ばされるか、動きを封じられた後にヴィーシュの木の棒で追い打ちをかけられた。


 縦横無尽に振るわれるヴィーシュの連撃に、盗賊たちの心には徐々に恐怖が染み込んでいった。相手は確かに子どもだ。それに良いようにされるという屈辱はある。だが、それ以上に命の危険が迫る脅威げんじつに背筋が凍った。初めの襲撃から数えてすでに六人がヴィーシュの手によってほうむられている。地面に転がる物言わぬしかばねを見て、残された四人の盗賊たちはようやくヴィーシュが容易ではない相手であると悟ったが、すでに遅かった。


 四人の顔は青ざめ、次の一手を模索する。しかし、そこで彼らはある妙案いい考えを思い付いた。もしヴィーシュがさらわれた子どもたちを助けるためにここに来たのなら、その子どもたちを人質にすればよい。互いに顔を見合わせ、下卑げひた笑みを浮かべた彼らは、すぐさま後ろを振り向き、地を蹴った。モニカら子どもたちへと一直線に飛びかかる。


 しかし、ヴィーシュは焦らなかった。むしろ、想定の範囲内――予想済みの状況だったのだ。ようやく気づいたか、とすら思いながら、冷静に行動を開始する。鋭い目つきでセレーネに合図を送りつつ、ヴィーシュは石畳を踏み砕くほどの勢いで地を蹴り、一陣の風となった。足元から砕けた石の欠片が飛び散り、圧倒的な力とスピードを伴って彼は一気に盗賊たちの前方へおどり出る。


 そして、セレーネが、今までとはまるで違う迫力で、そう、えたのだ。


 突撃馬アサルト・ホースという魔物がいる。その魔物は軍馬に最適と言われるほどの速度と耐久性、それに勇猛な性格を併せ持つ、馬の良いところを詰め込んだ夢のような魔物だ。しかし、無謀とも取れるような突撃アサルトを好み、気性が荒く好戦的である欠点がある。通常の馬のような慎重ソフトな部分をなんとか継承できないかと、思い悩むのも無理はない。そこで、程よく調整ブレンドされた特性を欲した<ミモザ>伯爵家が、突撃馬と馬を掛け合わせた、品種改良を行った。その記念すべき一頭目が、セレーネである。


 仔馬ポニーとは思えない威圧が、周囲を支配する。セレーネはすこし蛮勇が過ぎるきらい・・・があるが、根は優しい賢い馬に育った。モニカの前では決して粗暴な面を見せない。良き隣人、良き友として、セレーネは彼女に寄り添ってきた。しかし、魔物の血というものはしたたかなもので、確かな暴力性をしっかりと隠し持っていたのだ。


 ヴィーシュはゲームの知識として、恐怖テラーという状態異常が存在することを知っていた。効果時間は非常に短く、被弾や気付薬があれば、即座に硬直が解けるという代物だ。頭部を殴らるなどによって意識を朦朧とさせる、気絶スタンに近い性質だ。一見すると、状態異常にしては少々心許ない性能であるように感じられる。だが、恐怖のおそろしいところはそこではない。

 隔絶した実力差がある上で、威圧する意思を強く念じて表面に出すだけ・・・・で、複数・・のターゲットを行動不能に陥らせることが出来るという、恐ろしい状態異常なのだ。


 突撃馬まものとしての気質を受け継いでいるセレーネも、街のごろつき程度ならば数秒ほど身をすくませる事が出来た。

 そして、その数秒は値千金のものとなる。


 ヴィーシュは手を伸ばしたまま、身が竦んでつまずき転ぶ盗賊4人に振り返ると、唐竹割りにそれぞれの頭を殴打した。頭蓋

骨という、人体で最も硬い部位であるにも関わらず、陥没しているのが見て取れる程ひしゃげたむくろを4つ造り出した。これによって、この場の戦いは終着を迎えた。



== ○ ○ ○ ==



 最後の一振りを終えると、オレはひとつ息を吐いた。


 幼児の手でも持ちやすいように、角材を削り柄をこしらえたが、歩き作業での手抜きだったので、加工は荒かった。手にはいくらか木のささくれが突き刺さっている。それに、また・・手の皮がズルけており、血だらけだった。身体強化は強力なのだが、如何いかんせんまだ身体が発達途上なのだ。簡単に皮はめくれるし、骨も筋肉もだいぶ怪しい、節々が痛む。嗚呼、帰ってはやくベッドで寝たい。


 それにしても。セレーネが魔物で良かったなあ、と血だらけの手をシャツでぬぐいながら考える。ここに来る途中で、不意打ち気味にならず者と遭遇した時に、セレーネがひとつえて隙を作ってくれたことがあった。僕は、これが切り札になるとすぐに思い至った。ゲーム知識にあった、恐怖テラーと酷似した現象を起こすそれは、閉所で大きな武器となる。


 これまで騎士達が盗賊はんにんを見つけられないのは、内部の協力者の他にも、切り取られた閉所くうかん──隠蔽可能な入口がある密室が存在すると考えてのことだった。くわえて、広域に渡って人攫いはんざいを企てる組織だった動きがあった。勿論、この仮定をくつがえす予想もあったが、子どもだけを狙うケチな盗賊に身をやつす人間が、高い身体能力や足の早い乗り物を持っているはずがない、と断定。なら、あとは複数人での犯行であると仮定して、頻繁ひんぱんに食料を買い漁っている人物を、そこらで露店を営んでいる店主を平和的手段おどして家を特定。そこからは、まあ、愛と勇気の暴力せっとくをし、物色したら隠し階段を見つけたのだ。


 穴だらけの推論だけどあたってよかった。そう思う反面、どれかひとつでも仮定がズレてたらここにいる盗賊のように転がされてただろうなあ、と何とも言えない気持ちにはなった。


 が、すべては時間がないのがいけない。一応、<アレク>に策というほどでもない知恵と、位置を知らせる手段を伝えてきたが、これ以上後手に回るのも危険だったから、踏み込むしかなかった。数が思ったより多かったことと、人を殺しても何ら感慨が浮かばない、という想定外はあったが、おおむね良い方向に事が運んだ。


 僕は振り返ってモニカを見ると、子どもと一緒に震えていた。あー……これは、僕が怖がらせてしまった、かな。そりゃ、殺人しておいて平然とした面で立っている子どもなんて、ヤバイ奴にしか見えないわ。


「はあ……帰りますよ、モニカ様」


 僕は大きくため息をつきながら、自分の頭をがしがしと掻きむしり、ばつが悪い顔でモニカに手を差し伸べた。まあ、振り払われるのもお約束でしょ。これでモニカと縁が切れるかも知れないなあ、とよそ事を考えていた。


 モニカは、確かに震えていた。武者震いとかではなく、単純な恐怖だと思う。体がこわばり、差し出された手を取るのを躊躇ためらっている様子だった。何か言葉を紡ごうとしたのか、口をぱくぱくと開閉している。


 だが、しばらくしてモニカははっと気づいた様子で僕の目を見た。何秒かは見つめていたと思う。手を引っ込めようかなと思った矢先に、彼女はにこりと僕に対して微笑んだ。


「ありがとう、ヴィーシュ」


 そう言って、立ち上がろうとしたが──ずっこけた。どうやら両腕が縛られたままの状態だったらしい。それで、バランスを崩したようだ。ははは、莫っ迦でぇ。



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