第12話 人工的に淘汰されるのは目に見えているがそれはそれとして僕が全員ぶっ飛ばす

== 12 ==



 緊張した空気の中で、モニカの恐怖は続いていた。否、限界に近かった。徹頭徹尾てっとうてつび、温室育ちの箱入り娘であったモニカは、まだ旅にも出たことがない程無垢むくな少女だ。にも関わらず、えんもゆかりも無い子どもと共に、長時間、命の危機にさらされ続ける環境は、彼女に多大なストレスを与えていた。二度と城へ戻れないのではないか。初めて抱く不安に、手足の先が氷のように冷たくなる。


 しかし、えた獣のような盗賊たちの視線には、モニカや他の子どもたちはもはや映っていないも同然だった。彼らは苛立ちをあらわにしながら、アルクス語で「金」「時間」といった単語を混ぜた会話を交わしつつ、自分たちの粗末な得物を確認している。まるで、待ちきれない獲物えものを弄ぶようなその態度に、モニカと共にいる痩せた子どもが恐怖で震えていた。


 震える子どもを視界に認めると、モニカははっとなった。そうだ、自分だけ怖いのではない。子ども達だって、怖いんだ。モニカは自分の恐れを脇に押しやると、気丈に振る舞うことを決めた。少しでも子どもたちを安心させるためだ。


「大丈夫ですわ、きっと……きっと誰か……来てくれる」


 きっと、の後に続く言葉に、彼女は迷ってしまった。今まで<不良騎士>ドウェインを始め、城で出会った者達にどのような態度で接していたか、かえりみる機会となった。尊大で、傲慢とも思えるような態度の自分を、助けたいと思う人間なんて、果たしているだろうか。これさいわいと両親は、大人しくて、人当たりもいい<ソフィア>だけを愛するのではないのか。疑念が首をもたげたが、それでも彼女はこの場で気丈に振る舞うと決めたのだ。言葉を呑み込んで、自分たちを助けてくれる英雄ヒーローに期待する。


「ヴィーシュ……」


 このとき、胸中にうかんだのは、<ヴィーシュ>であった。


 何故だかわからない、物別れしてしまった彼の不貞腐れた顔を思い浮かべると、すこしだけ元気が出た。


 すこしだけ、頬を緩めることが出来た矢先のことだ。


 唐突に、ガチャン!という音が部屋を貫いた。酔いが回った盗賊のひとりが、震えた手で酒瓶を落としたのだ。苛立っていた他の盗賊たちが一斉に罵声を浴びせ、部屋の中に流れる緊張がピークに達しようとしたその瞬間とき──


 ガタン!


 乾いた大きな音が鳴り響き、蝋燭しか光源のない、薄暗い部屋の粗末な木の扉が突如として開かれた。空気を切り裂くように回転するナイフが飛び、盗賊のひとりの喉元を貫いた。血が勢いよく噴き出し、息も絶え絶えに地面に倒れる。


 その光景に、モニカと子どもたちは茫然と立ち尽くす。もしこれが騎士による襲撃ならば、相手の身元を問う、誰何の叫びが飛び交うはずだが、響いているのは盗賊たちの動揺と、馬の甲高いいななきだけだった。


 混乱の中、さらに短剣が放たれ、別の盗賊の肩を貫いた。呻き声が響き、直後にその男が鈍い音を立てて転がり落ちた。何かによって、膝を破壊されたらしい。足を抑え、脂汗をしたたらせる男の喉元に素早くナイフが突き刺さり、即座にねじ切られる。飛び散る血が、闖入者ちんにゅうしゃ──ヴィーシュの頬を赤く染めた。彼の小柄な体は止まることなく、次なる標的へと飛びかかる。


 負けじと、仔馬のセレーネが嘶くと、盗賊のひとりを頭突きで弾き飛ばす。倒れた盗賊の頭を素早く踏み付けて、意識を奪うことも忘れない。


 この瞬間になってようやく、盗賊たちは目の前に現れた存在を認識した。得物を抜き放ち、血走った目でヴィーシュに襲い掛かる。しかし、ヴィーシュは冷静だった。懐から外のならず者達から奪った粗末な刃物を取り出すと、一歩退きながら、盗賊たちに向かって投擲とうてきする。刀身は当たらなかったが、盗賊の腕に柄が当たり、一瞬怯ませることに成功した。その隙をついて、扉の外へと退しりぞいた。


 外に出ると、階段が上へと伸びている。やはりここは地下だったらしい。その階段に、点々とついた血の跡は、小さな足跡の形をしていた。外にいた見張りを、ヴィーシュはあやめて、ここに来ているらしかった。


 こんな幼子に二人も殺された──盗賊たちは、なけなしの大人としての誇りプライドと屈辱に、顔を真っ赤に紅潮させながら、怒号を上げる。


 ヴィーシュは、命を奪うという行為に対して驚くほど無感情でいる自分自身を内心いぶかしんでいた。前世で、平和な日本で生まれ育った身である自分が、命を奪うことに対して強い忌避感を抱くはずだ。しかし、何も動かない、響かない。ただ敵と認識したのなら、抵抗する力を奪う為に、手っ取り早く殺すのみ。ただ、それだけが思考を占めていた。異常なことである。だが、考え込む暇はなかった。迫りくる盗賊たちを冷徹に見据え、目の前の敵を次々と排除するために、戦闘態勢を取る。


 扉を蹴り開けた当初に持っていた、両手の刃物のうち、片方はすでに投げ放ち、もう片方は倒れた男の喉元に深く埋まっている。ヴィーシュはすぐさま腰にいていた、持ち手を削った角材を抜き放つと、襲いかかってくる盗賊の得物に力強く打ち据えた。勢いに任せて弾き飛ばしたその瞬間、彼は悟る。これらの盗賊は見かけだけの脅威であり、鍛えられた兵士でも騎士でもない。彼らはただの一般人に毛が生えた程度の者たちだった。今世における空想ファンタジーから出てきた騎士達のような桁外れの力や技術など持ち合わせていない。


 ヴィーシュが渾身の力で振るった角材は、容易に盗賊の手を破壊すると、その勢いのまま脳天に一撃を叩き込んだ。鈍い音が響き渡り、頭蓋骨が砕け散る。鮮やかな赤と飛び散る脳漿のうしょうが暗い部屋の中を彩る。


 子どもの姿をした彼の異様な力の秘密は、身体強化の魔術にあった。前世の知識から「魔力を使うなら、まずは身体強化でしょ」という安直な発想から、日々走り込みと棒術で極めていった結果、彼はスムーズに筋力を魔力でおぎなう術を会得したのだ。こうして彼は、子ども離れした圧倒的なちからの持ち主へと変貌へんぼうを遂げた。


 ヴィーシュが次々と敵を薙ぎ倒すその傍らで、仔馬のセレーネもまた猛威を振るっていた。ヴィーシュが盗賊のすねを打ち砕いて、倒れた盗賊の頭を、その硬い蹄で蹴り飛ばす。馬鉄こそされていないが、それでも人間の骨よりはるかに硬い蹄の威力に、ヒトの首などひとたまりもない。轟音と共に頭蓋骨がひしゃげ、生命が一瞬で失われた。ふたたび、セレーネの嘶きが響き渡る中、ヴィーシュの冷静な瞳は決して揺るがない。



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