第11話 僕は必死になっているが、時既に時間切れかも知れない
== 11 ==
仔馬の<セレーネ>が辿り着いたのは、領都<ミモザ>の中でも貧民街にほど近い一角であった。
鼻をすんすんと鳴らし、周囲を探り始めるセレーネ。その仕草に引き寄せられるように、
「ここで何かが起きた…間違いない」
焦りと確信が胸中に湧き出てくる。
領都といえど、この界隈は貧民街の延長のようなもので、治安が良いとは言えない。表向きは商店通りもあるが、移民や行儀の悪い者たちも入り混じり、あまり気を許せる場所ではない。試しに、壮年の商人に話を聞いてみても、彼は薄ら笑いを浮かべるばかりで、まともな情報を得ることができなかった。苛立つ心を抑えつつ、更なる質問を続ける僕の周囲に、徐々に不穏な空気が漂い始める。
気づけば、ならず者たちが僕を取り囲んでいた。立派、とまではいかないが、小綺麗な格好に仔馬を連れたっていたからだろう。貴族か大商会の
彼らは
だが、その時――
「セレーネ!」
今だ――心でそう叫びながら、僕は腰に佩いた訓練用の長棒を低く構え、近くにいたならず者の
骨が砕ける鈍い感触と共に、男が悲鳴を上げて崩れ落ちる。その叫び声が再び注目を引いたが、僕にはもう恐れはなかった。
思ったよりも興奮していた僕は、容赦なくならず者たちの顔を、腕を、足を打ち据えていく。騎士達に比べたら動きが見える、鎧に護られていない身体なぞ、
「死にたくなければ、ここで
胸中で
<モニカ>と思しき少女が、大柄な騎士のような男に連れ去られたという。心は
想定していたとはいえ、騎士が相手だ。叩きすぎて折れてしまった木の棒では心許ない。数ヶ月の修練と、
けれど、ここで下手に時間を
準備不足も
これは時間との勝負になる。
モニカの行方を必ず救い出す――そして、謝る。その思いを胸に、僕たちは闇の中へと駆け出した。
== ○ ○ ○ ==
一方その頃、<モニカ>は暗い石の床に膝を抱え込んで座り、震えていた。どうやら、そこそこに堅牢な建物であるらしく、街の喧騒などが一切伝わってこない。
気丈に振る舞うことすらできず、ただ自分の未来が暗い絶望の淵に沈んでいることを悟り、不安と
モニカの脳裏には、愛する両親、可愛い妹、そして気の置けないふたりの少年たちの顔が浮かぶ。もう二度と会えないかもしれない、その思いが彼女の心を深い絶望へと沈めた。自分の不明さゆえに、こんな状況に陥ってしまったのだと自身を呪いながら、モニカは
「モニカお嬢様、すぐに迎えのものを寄越しますねぇ……」
不意に聞こえたねっとりとした声が、モニカを現実に引き戻した。彼女を攫った騎士が、嫌味たっぷりの笑みを浮かべながら近づいてきた。
どうやらこの男、盗賊たちと密かに繋がっていたらしい。彼は話し始めたが、その内容はモニカにはまるで理解できなかった。彼の話題は、同じ騎士団のドウェインという男への嫉妬に満ちていた。上司である騎士団長を差し置き、伯爵家最高の栄誉である”
ドウェインへの苛立ちを募らせた騎士は盗賊たちを怒鳴り散らし、足音荒くその場を去っていった。どうやらこの一連の状況を仕組んだ依頼主が存在しており、その判断を仰ぐために一時的に持ち場を離れるらしい。モニカはぼんやりとガラス玉のような目でその背中を見送る。
残された盗賊たちは、明らかにこの国の人間ではなかった。服装こそ街の一般人と大差はないが、彼らの言葉は強い訛りが混じり、モニカにはほとんど聞き取れなかった。しかし、表情や仕草からは自分たちの成果を誇っている様子がありありと伝わってきた。
断片的に聞こえる会話から察するに、彼らは飢えた獣のような欲望に支配されているらしい。「女……肉……!」と、アルクス語でそんな単語を何度も興奮気味に繰り返す声に、モニカは恐怖の色を隠せない。続いて、彼らの話の中で「ヴィラス」という単語が何度か聞こえたが、その意味を考える余裕すら今の彼女にはなかった。ただ、いずれ来る、来てしまう絶望に、目の前の悪夢から逃避しようと、胸中でふたりの少年を思い浮かべながら、静かに涙を流していた。
───
しもうた。ピレーネ(ボンとらや銘菓)食べながら書いてたら「セレーネ」を「ミレーネ」にしてた。言わなきゃばれへんやろ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます