第11話 僕は必死になっているが、時既に時間切れかも知れない

== 11 ==



 仔馬の<セレーネ>が辿り着いたのは、領都<ミモザ>の中でも貧民街にほど近い一角であった。

 鼻をすんすんと鳴らし、周囲を探り始めるセレーネ。その仕草に引き寄せられるように、オレも周囲に目をらした。そして、何かを引きずったような跡が地面にうっすらと残っているのを発見する。


「ここで何かが起きた…間違いない」


 焦りと確信が胸中に湧き出てくる。


 領都といえど、この界隈は貧民街の延長のようなもので、治安が良いとは言えない。表向きは商店通りもあるが、移民や行儀の悪い者たちも入り混じり、あまり気を許せる場所ではない。試しに、壮年の商人に話を聞いてみても、彼は薄ら笑いを浮かべるばかりで、まともな情報を得ることができなかった。苛立つ心を抑えつつ、更なる質問を続ける僕の周囲に、徐々に不穏な空気が漂い始める。


 気づけば、ならず者たちが僕を取り囲んでいた。立派、とまではいかないが、小綺麗な格好に仔馬を連れたっていたからだろう。貴族か大商会の丁稚でっちか何かだと思われたようだ。


 彼らは下卑げひた笑みを浮かべ、手には粗末な得物を握っている。鋭利な刃物や本格的な武器はないものの、くすねた建材や調理道具を手にした彼らの目には、狂気の光が宿っていた。人数的には圧倒的に不利だ。身体を緊張させて、ならず者たちを伺う。


 だが、その時――


「セレーネ!」


 仔馬セレーネは汚れた手で触れようとしたならず者に向け、後ろ脚を勢いよく蹴り上げた。その一撃は仔馬とは思えぬほど強烈で、ならず者の一人が音を立てて吹き飛ばされた。周囲の視線が一瞬、セレーネに釘付けになる。


 今だ――心でそう叫びながら、僕は腰に佩いた訓練用の長棒を低く構え、近くにいたならず者のすねを思い切り打ち据えた。

 骨が砕ける鈍い感触と共に、男が悲鳴を上げて崩れ落ちる。その叫び声が再び注目を引いたが、僕にはもう恐れはなかった。


 思ったよりも興奮していた僕は、容赦なくならず者たちの顔を、腕を、足を打ち据えていく。騎士達に比べたら動きが見える、鎧に護られていない身体なぞ、易易やすやすと砕けるらしく面白いようにならず者たちをボコボコにしていった。


「死にたくなければ、ここでさらわれた女の子の情報を言え!」


 胸中で前世日本に居た頃より好戦的な自分に驚きながら、薙ぎ倒したならず者たちを、彼らの得物のナイフで生き残りを脅して、必要な情報を引き出した。

 <モニカ>と思しき少女が、大柄な騎士のような男に連れ去られたという。心ははやり気はくが、冷静さを失わないよう努めつつ、セレーネと共にその行き先を追いかける決意を固める。勿論、彼らの得物で使いやすそうなものはいただいていく。


 想定していたとはいえ、騎士が相手だ。叩きすぎて折れてしまった木の棒では心許ない。数ヶ月の修練と、不良騎士ドウェインに多少訓練してもらった程度で生粋の騎士に勝てる見込みは相当薄い。


 けれど、ここで下手に時間をついやす訳にはいかない。なぜなら、相手は領主の娘という大物をたのだ。騎士という身分をふところに入れているような組織だった存在だから、身代みのしろの交渉をする為に堅牢な拠点に移ったり、あるいは裏で手薬煉てぐすね引いている黒幕に献上したりと、ろくでもないことが起こる可能性が高い。


 準備不足もはなはだしいが、ここで領城へ戻るわけにもいかなければ、信頼出来るか判らない集団騎士に事を預ける訳にもいかない。かといって、伯爵に事の仔細を告げるには時間がかかり過ぎる。


 これは時間との勝負になる。


 モニカの行方を必ず救い出す――そして、謝る。その思いを胸に、僕たちは闇の中へと駆け出した。



== ○ ○ ○ ==



 一方その頃、<モニカ>は暗い石の床に膝を抱え込んで座り、震えていた。どうやら、そこそこに堅牢な建物であるらしく、街の喧騒などが一切伝わってこない。


 気丈に振る舞うことすらできず、ただ自分の未来が暗い絶望の淵に沈んでいることを悟り、不安と諦観ていかんに苛まれていた。さらわれてきた場所には、自分と同じく沈鬱ちんうつな表情を浮かべる数人のせた子どもたちがいた。彼らもまた、己の運命を呪っているかのようにうつむいている。


 モニカの脳裏には、愛する両親、可愛い妹、そして気の置けないふたりの少年たちの顔が浮かぶ。もう二度と会えないかもしれない、その思いが彼女の心を深い絶望へと沈めた。自分の不明さゆえに、こんな状況に陥ってしまったのだと自身を呪いながら、モニカは迂闊うかつであった自分を責め続ける。


「モニカお嬢様、すぐに迎えのものを寄越しますねぇ……」


 不意に聞こえたねっとりとした声が、モニカを現実に引き戻した。彼女を攫った騎士が、嫌味たっぷりの笑みを浮かべながら近づいてきた。


 どうやらこの男、盗賊たちと密かに繋がっていたらしい。彼は話し始めたが、その内容はモニカにはまるで理解できなかった。彼の話題は、同じ騎士団のドウェインという男への嫉妬に満ちていた。上司である騎士団長を差し置き、伯爵家最高の栄誉である”あざみ”勲章と騎士爵を授かった<不良騎士>ドウェインに対する憎悪を言葉にしていたのだが、憔悴しょうすいしきったモニカには男の自分勝手な言い分なぞ、まるで伝わらない。


 ドウェインへの苛立ちを募らせた騎士は盗賊たちを怒鳴り散らし、足音荒くその場を去っていった。どうやらこの一連の状況を仕組んだ依頼主が存在しており、その判断を仰ぐために一時的に持ち場を離れるらしい。モニカはぼんやりとガラス玉のような目でその背中を見送る。


 残された盗賊たちは、明らかにこの国の人間ではなかった。服装こそ街の一般人と大差はないが、彼らの言葉は強い訛りが混じり、モニカにはほとんど聞き取れなかった。しかし、表情や仕草からは自分たちの成果を誇っている様子がありありと伝わってきた。


 断片的に聞こえる会話から察するに、彼らは飢えた獣のような欲望に支配されているらしい。「女……肉……!」と、アルクス語でそんな単語を何度も興奮気味に繰り返す声に、モニカは恐怖の色を隠せない。続いて、彼らの話の中で「ヴィラス」という単語が何度か聞こえたが、その意味を考える余裕すら今の彼女にはなかった。ただ、いずれ来る、来てしまう絶望に、目の前の悪夢から逃避しようと、胸中でふたりの少年を思い浮かべながら、静かに涙を流していた。



───

しもうた。ピレーネ(ボンとらや銘菓)食べながら書いてたら「セレーネ」を「ミレーネ」にしてた。言わなきゃばれへんやろ……。

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