第10話 幼女に配慮しない→感受性が雑魚→心が狭く顔にまででてくる→いくえ不明

== 10 ==



 ──理解わかっている。愚かな選択をしたと。


 <モニカ>はしゃくりあげながら仔馬ポニーで駆けていた。仔馬は賢く、主人を気遣って勢いよく城を出た頃と比べると速歩はやあし程度の速度で、街を闊歩かっぽしている。

 涙が風に流され、頬を濡らす。モニカの心の中は怒りと自己嫌悪が混ざり合い、胸を締めつけている。


 間抜けなように見えて、モニカは賢い少女だ。<ヴィーシュ>に言われた言葉、そして自分の迂闊な言動。面白い考えをする少年ヴィーシュにあまりにも熱をあげすぎた自分が、空回りして彼らを振り回そうとしていた……全てが恥ずかしく、情けなかった。だが、その悔しさはどうしようもなく、子どもらしい他責思考に逃げようとする。


 ――でも、でも。ヴィーシュが悪い。彼がもっと優しくさとしてくれていたら、こんな気持ちにはならなかった。


 しかし、モニカは育ちが違う。高貴な血筋にふさわしい、洗練された教育を受けてきた。自分を律することを教えられ、責任を負う者としての自覚を叩き込まれている。やがて感情の波が落ち着き、冷静さを取り戻すと、彼女は自分の愚かさを痛感した。あの努力が出来る面白い少年ヴィーシュと、妹との仲を取り持つキューピット役をになおうだなんて、傲慢に満ちた考えがそもそもの失態の原因だった。

 周囲が見えなくなっていた自分に嫌悪し、反省の念が胸を占める。もう一度、領城に戻り、ヴィーシュや<よく首を縦に振る少年アレク>に謝らなければと彼女は心に誓った。


 そのときだった。


 前方から馬を駆る騎士の姿が見えた。磨き上げられた鎧を身にまとい、剣をいて利き手に騎士盾カイトシールドを着けた青年が近付いてくる。顔は見覚えがないが、ミモザ伯爵家に連なる騎士だ。いつも頼れる存在であるはずの騎士の存在に、モニカは安堵の表情を見せる。助けを求めるように、彼女は手を振り、声を上げた。


「ごめんなさい。御手数をお掛けしましたわ」


 カッポカッポと仔馬が剥き出しの大地を蹄でならし、騎士へとモニカは近付く。

 ──この時、モニカは気付くべきであった。仔馬のセレーネが身を固くし、主人の意にそむいて騎士を警戒していたことを。

 その騎士の目には、どこか冷たい光が宿っていた。モニカは気づかない。裏切りの気配も、接近する危険も知らぬまま、彼女は悔恨に沈んだままでいた。

 やがて、その男が馬を寄せると、笑顔を浮かべながらモニカに近づき――次の瞬間、強引に彼女の腕を掴んだ。


「何を──!」


 抵抗しようとするモニカだったが、まだ幼い彼女にとっては大人の力に敵うはずもなく、瞬く間に馬上へとさらわれてしまう。そのまま、裏路地へ引き込まれていく。声を荒らげながら、自分を攫おうとする騎士にモニカの心には恐怖と怒りが支配した。くだんの盗賊の一味だろうか。父に忠誠を誓った高潔たる騎士が、我欲を優先するとは。

 声を上げるべき場面だと理解わかっているのに、喉はただ震えるばかり。思い出したかのように、声を張り上げようとした時には既に遅く。騎士の分厚い腕に口を抑えられていた。


 仔馬のセレーネは主人の危機に男が駆る馬に体当たりを仕掛けたが、体格差は如何ともしがたく。僅かに上体を震わすだけで、何の成果も得られない。苛ついた騎士に蹴りを浴びせられて、ひるんだ隙に騎士の抜刀を許してしまう。


 しかし、セレーネは賢かった。騎士が剣を抜くのを察すると、その身をひるがえして領城へと一目散に駆けた。

 ただ、騎士の暴力に屈しかけていたモニカは、それが裏切りに見えて。ちいさくなっていくセレーネの姿に、物悲しいものを感じていた。



== ○ ○ ○ ==



 はぁぁぁーー……<ソフィア>に逃げられた。


 いや、仕方ない。モニカいわく怖がられてるみたいだし。仕方ない。

 それよりも、解決しなきゃならないことがある。オレは頭を掻きむしりたくなるような気持ちで、さっき起きたことを反芻はんすうする。


『うちのモニカを知らないか?』


 モニカと言い合いあれから3時間が経った後、従騎士に呼ばれて通された先に現れた<ミモザ>伯爵に開口一番、そう問われた。

 知るよしもない僕ははっきりと否定を告げると、伯爵はモニカとの言い合いの話を挙げながら、仔馬と共に彼女が姿を眩ませたことを明かした。

 知らんがな、と言えたら楽だったろう。娘を溺愛する伯爵にそんな事を言ったら最後、首だけになりそうなので、僕は大人しく口をつぐんでさらなる情報に耳を傾けた。


 どうやら、あの後すぐに仔馬ポニーの<セレーネ>とともを着けずに領城を飛び出したらしい。普段のモニカは聞き分けの良い少女だ。伴の姿は見えなかったが、きっとどこかに大人がいるだろう・・・という甘い認識で見送られたそうだ。現場猫案件か?

 門番をしていた兵士が、一応騎士に伺い立てておいたほうが良いだろうという事でわざわざ騎士の宿舎まで行って騎士に取り次いでみると、寝耳に水であったことが発覚。慌てて騎士を派遣したが、既に足取りが追えなかったそうだ。

 そこで、直前に口論している僕らの事を耳にして、こうして呼ばれてきたそうだ。


 僕はつまんで先ほどの事を説明すると、伯爵は「そうか」と目頭を抑えて沈黙。僕の判断は間違っていないと告げたうえで、もし修練場に戻ってきたら真っ先に伝えて欲しいと約束したうえで返された。


 僕も<アレク>も顔が真っ青だった。もし、伯爵が盲目的に娘を愛する人ならば、今頃たたっ斬られてただろうことは想像にかたくない。良識的な人間かたでよかった、と胸中を撫で下ろす反面、これ協力しないと僕ら(物理的に)首になるのでは……?という不安に、大人の監視下で行けるところまでは探そうと決意した。


 僕はやや落ち着かない表情で宿舎を見渡した。ここにはいなかった。

 モニカが姿を消したことで、心の奥底にわずかな後悔が渦巻いていた。確かに僕の言葉には正当性があったが、(精神的な)年長者として、もう少し穏やかな言葉を選べたはずではないか――そう思わずにはいられなかった。


 とはいえ、手がかりは何一つない。何か、情報がほしいところだが……。


 突如、騎士たちの修練所に小さな影が勢いよく躍り出てきた。モニカの愛馬のセレーネ、という仔馬だ。たまにモニカが騎乗しているのを見たことがあるこの仔馬が、興奮状態で駆け回っている。騎士たちが世話をしようと近づくたび、セレーネはますます暴れ出す。手に負えない状態だった。


「もしかしたら、モニカの行方の手がかりになるかもしれないな……」


 僕はそう呟き、慎重にセレーネに歩み寄った。最初は彼に対しても警戒心をむき出しにしていた仔馬セレーネだが、僕の匂いを嗅ぐと、次第にその険しさを和らげていった。僕の服にかすかに残るモニカの香りが、仔馬を落ち着かせたようだ。


「なるほど、匂いか…」


 確か馬の嗅覚は犬程ではないにしても優れているんだよな、と僕はその様子を観察しながら、セレーネの馬体を改めて見つめた。そして目を凝らすと、そこにはくっきりと大人の足跡が残されているのに気付いた。その形は、まるで騎士用の頑丈な革靴のようであった。


 だが、沈静化したかに見えたセレーネは、騎士の一人が近づこうとした途端、再び鋭い目を光らせ、牙をむいた。幸い、噛みつかれることはなかったが、僕には彼女が騎士たちに何らかの悪感情を抱いていることが察せられた。よくよく考えると、この靴跡は可怪おかしい、奇妙だ。

 通常、平民はカチカチに硬めた皮革を個人が思い思いに切って縫製ほうせいした、モカシンシューズよりもだいぶ原始的な履物を使っている。こういった足跡がくっきりしたような、いわゆる靴底が造られている靴……ブーツは主に騎士階級や貴族階級の人間が履くものである。つまり、この足跡の持ち主は高貴な階級の者であることが察せられた。


 僕はすぐにアレクを呼び寄せ、耳元で囁くように指示を伝えると、セレーネの馬尻を軽く叩いて駆けさせた。


 「案内してくれ、セレーネ。モニカに繋がる手がかりを見つけるんだ。」


 ひん、といななくと、仔馬セレーネは加減することなく修練場を飛び出していった。僕もまた急ぎ、疾走して現場へと向かう。うん、仔馬こいつ割と容赦なくトばしてやがるな、日頃の鍛錬がなかったら普通に置いてかれている速度だぞ。僕じゃなきゃ見逃しちゃうね。


 とりあえず、無事でいてくれよ、モニカ。



───


どぼぢでスマフォだと3000文字以上打つと消"え"る"の"。書き直したよ。

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