第8話 こんなPTで大丈夫なわけがない・・とあきらめが鬼なった(領主様の怒り発動の連鎖5秒前)

== 8 ==


 <ドウェイン=アザミナ>。

 ミモザ家の騎士で、伯爵家に並ぶものなしとうたわれる剣聖だ。

 不器用で融通が効かない性格から、従騎士時代には愚図だ鈍間のろま、間抜けと罵られ続けてきた。しかし、唯一抜きん出た剣の腕によって、彼は従騎士の地位を保ち続けたのである。


 6年前、王都での政治に参加中に、ミモザ伯爵の妻が急に産気づいたとの報が入った。足が遅くなることを嫌った伯爵は、愛する妻のもとへと寡兵かへいにて領地に戻る道中で、小隊(およそ50人)規模の盗賊に急襲される。

 伯爵に従っていた騎士と従騎士は全滅。伯爵も窮地に陥ったところに、鬼神が産声を挙げた。


 中肉中背ちゅうにくちゅうぜいの容姿からは想像出来ない程の身軽さと剛剣で、彼は賊をすべて斬り捨て、全身血塗ちまみれになりながら伯爵を領地まで護衛した。この功績が認められ、ミモザ伯爵家の国花を模した、あざみ勲章と”アザミナ”の名が贈られ、彼は筆頭騎士として名を馳せる英雄となった。


 もっとも、本人は「いやぁ、御館様助かりましたねぇ」と、全く意に介さない態度で受勲の儀を受けていたので、どうにもゆる・・い人柄と思われがちだ。騎士の仕事も不器用で(馬には蹴られ、水を汲んだらよくこぼし、式典の手順をよく忘れる)それを笑って誤魔化そうとする悪癖が、それに拍車をかけている。

 本人が不良騎士、などと自称するのは、そういった部分での自己評価が原因なのかもしれない。


 しかし、伯爵へ忠誠心は類を見ない程強く、今もモニカに小言をかれてもへらへらしているが、裏の顔では件の人さらいに並々ならぬ怒りを抱えている人物である。


「たははは、モニカお嬢も知ってらっしゃるでしょう。俺ぁすっとろいんもんで、捜索隊から外されたンすよ」


 頭の後ろを掻きながら、ドウェインは微笑む。

 笑顔の人ほど恐ろしいというが、まさにドウェインのことだ。


 本人が言うように、自身が動くとろくでもない事が多発するのだ。だから、黙々と剣を掻き抱いて、一報が入れば文字通り飛んで行く為に、睡眠を最小限にして詰め所めている。彼が眠そうなのは、夜を徹して騎士たちの報告を聞き入っていたからであって、本当に眠っていたわけではない。


 AASアルクス・アポカリプス・サーガでもモニカルートのキーキャラで、普段は胡散臭い笑顔を浮かべているのに、いざ<ソフィア>の仇となると有無を言わさず首を斬り落とす、NOUKINオブNOUKINでもある。

 正直、ドウェインこいつがいるからモニカにいい加減な態度が取れないまである。本人の気質的にも多少の目溢しはあるだろうが、彼の神経に障ることは控えるべきだ。人生の目標が一応出来たのに転生してられるか。


「もう、いつも笑顔なのは良いことですが、すこしはしゃんとなさいませ」

「面目ない」


 それはそれとして、笑顔なままで言われてもあんまり説得力無いと思うよ?


ぼん達は毎日欠かすことなく走ってるようだねぇ。筋肉にくりを見るに、棒振りも大分さまになってるようだ」


 頬が風船みたくなってるモニカを尻目に、ドウェインはオレ達に話しかけてくる。というか、見ただけで鍛えているかどうか解るってどういう目をしているんだ。


「一応ね。ドウェインさんの言う通りの振り方で、ふたりで頑張ってるよ」

「はぁ、そいつぁ勤勉なことだ。い事だぁ。ヴィーの坊の奇っ怪な振り方を突き詰めるのも面白そうだが、とりあえず基礎は覚えておいて損ぁないからねぇ」


 奇っ怪な振り方とは、前世の剣道を真似た振り方なにかだ。上半身を鍛えるために全身運動である素振りを試していたところ、不良騎士ドウェインの目に留まり、僕の奇異な術理で動く剣道を教える代わりに、彼が手隙ひまな時に騎士の剣術を教えてもらうこととなった。


「剣術……!わたくしも学びたいのに、殿方だけズルいですわ!」


 またもほっぺを膨らませて、モニカはぶぅたれる。だって、仕方ないじゃん。

 騎士の剣術は主に片手半剣ロングソードと盾を用いた前世の名称抜粋、剣盾ソード・アンド・シールド方式だ。つまり、片手で剣と盾を扱えるだけの筋力が必要なのだ。


「今のお嬢じゃぁまぁだ筋を痛めちまいまさぁ……堪忍してくだせぇ」

「むむぅ!」


 あーらら。モニカのほっぺが限界まで膨れ上がってるわ。

 僕らですら、まだドウェイン仕込みの剣術を捌ききれてないのだ。筋トレを始めたばかりのモニカには、まだ棒振りすらろくに出来ないのだ。


「いいです!殿方は剣を取るなら私は杖を取りましょう!見てなさい!私はお母様のような戦場魔法使いになってみせますわ!」

「大魔法使い!いいですなぁ、お嬢。俺ぁ剣を持たれるよりも、そっちのほうが安心して見てられるってぇもんです」

「でもいずれ剣も覚えますわ!魔力が尽きれば剣!騎士を鼓舞してこその貴族でしてよ!」

「たはは、堪忍しなすってぇ…」


 モニカの妄想にドウェインは顔を青くして苦笑する。本当、勘弁してくれ。シナリオみらいの蛮族ルートやぞ。


「さてまぁ、お嬢が剣を覚えるのはいずれという事で……坊たちに、ちと新しい振り方を教えよう──」

「ドウェインきょう!卿はられるか!」


 僕らに剣を教えようとしたドウェインに、従騎士が呼び止める。


「はぃ。おりますよ」と、声を張り上げる従騎士にドウェインは手を挙げる。

「事件に進展あったとの報がありました。付きましては、現場まで御同行願いますとのことです!」


 従騎士は緊張した面持ちで告げると、胸に握り拳を当てる敬礼を返す。

 そして、僕と従騎士がいる角度だから伺えたが、ほんの一瞬だけ口元を歪めると、首肯する。


「わかった、直ちに向かう。すまんな、坊たち。棒振りぁまた後だ。しっかり、訓練をするんだぞぉ」

「お気をつけて」

「よし、ドゥーネ。賊など、とっちめておやりなさい!」

「たはは、わかりました。それはそうと、御館様にお嬢の言葉が汚いことぁ報告しときますんで」

「な、なんでですのー!」


 この世の終わりのような表情を浮かべるモニカを尻目に、ドウェインは従騎士を連れたって小走りに去っていった。


「お嬢様、流石に令嬢がとっちめる、なんて言った日には領主様が顔を青くすると思うよ」

「ぶぅ、そんなに変かしら……?」


 そりゃ目に入れても痛くないくらい可愛がってる娘が、場末の酒場のウェイトレスみたいな発言してたらびびるよ。僕らが変な言葉を教えたんじゃないか、って疑われないかな。不良騎士を買収しとくか……?

 なんて、無体なことを真剣に考えていたら、モニカはぶぅたれた顔からピコーンと豆電球を光らせたような表情で目を輝かせた。


「ねえ、ヴィーシュ、アレク。くだんの賊、ちょっと見てみたいと思いませんこと?」


 と、ろくでもない事を口走った。

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