第6話 「」見事な啖呵だと感心されたがどこかおかしいだろうか?

== 6 ==



 モニカの衝撃の告白に、思わず僕の思考は停止してしまったのは致し方ない事だろう。ああ、そうだ(悲しみ)。


 これは嫌疑を晴らし、僕の名誉を回復しなくてはならない。

 オレはショックから一秒未満でそう結論付けて復帰すると、言い訳でっちあげに頭を回転させる。

 それに、これは機会チャンスでもある。もしソフィア様の気を引くうまいことが言えたのなら、彼女への接点になるかも知れない。彼女を護るという僕の宿願に一歩近付くというものだ。

 ──後に、これが取らぬたぬきのなんとやら、と言う事を知る。


「あの時は──そう、稲妻が身体中に疾走はしったような感覚でした」

「? はい、それで?」


 きょとんと首を傾げる様は、ヒドインといえども可愛いなと感じてしまうが、そうじゃない。

 来いよひらめき、うなれ、僕のコミュニケーション能力(事務作業、応対評価C)!!


「あの時、ソフィア御嬢様に出会った時に、なんか、その、身体全身に衝撃を感じたのです(糞コミュ症発揮)」


「な、なんですって!?」


 あれ違うこれは言おうとしたことじゃない!そして、えっ、なんでモニカおまえが驚いてんの。

 いや、不味まずい。なにが不味いかわからないけど、なんかモニカがぷるぷるしてうつむいている。

 お貴族様の逆鱗に触れるような事をしたら無礼討ちとかありそうだ。今の話題の路線を続けるのは不味いと判断して、僕は更に頭をひねった。


「えと、それに、モニカ様は今、この地で人さらいが起きている事はご存知でしょうか?」

「……把握、しておりますわ」

「流石でございます」


 おお、これで知らなかったなんて言われたらどうしようかと思った。僕は称賛の言葉を偽りながら、前の路線ソフィア推し発言を続けるよりも健全と判断して、続く言葉へ思考を巡らせる。


 ちなみに、人攫いのはなしは実際にあることだ。原作ゲームのシナリオにはない設定だから、そこまで大きな出来事ではないと、高をくくっているが。


 子どもを狙った誘拐は、既に未遂を含め、僅か二ヶ月の間に十数件起きており、ミモザ伯爵家の騎士は毎日これの警邏に追われていた。

 これは伯爵家に対する宣戦布告とされており、騎士達は威信をかけて血眼ちまなこになって犯人の捜索にあたっている。


 そりゃそうだ。ミモザ伯爵家の領都おひざもとで事件が起きている訳だ。

 『ウチの縄張りシマで荒らしてる奴がおるけぇ』という状態なら、民を守護する領主おきぞく様なら誰だって怒り心頭になる。


 現在、子どもたちは必ず大人の監視下の中で暮らすように徹底されている。

 僕らはいいかだって?ああ、うん。いいのいいの。何故なら、これは伯爵様の慈悲でこうしている訳だから。

 僕らミモザ伯爵家使用人達もこの事件に全力で協力することを約束しており、通常時とは異なる勤務形態の騎士や騎馬の補助を、一手に引き受けてるのが平民の使用人達だ。なので、今も飼い葉の運搬やら飲水の確保及び、井戸みずまわりの監視など、普段騎士や従騎士が行っていることを親総出で行われている。


 必然、使用人の子ども達は親の庇護下にいないから、大変危険な状態だ。

 しかし、デキると噂の伯爵様は違った。現在、緊急勤務形態な騎士様達の修練場や食堂を開放し、そこに使用人の子ども達を集めて、非番の従騎士や力仕事に不向きな使用人の親などが面倒を見るといった、託児所みたいな機能システムを考案して実行したのだ。

 休日返上を余儀なくされた従騎士や綿密な警邏を任された騎士からの評判は悪いが、使用人一同は伯爵様に大層感謝されているそうだ。


 で、まあそんな子どもがぽこじゃかたくさんいる中で、多少元気が有り余ってるような糞餓鬼なぞ、最初は奇異の目で見られたが、手がかからない分、無視スルーされている訳だ。


 思考を戻そう。


 領主の娘であるモニカとしても、領民たみを脅かす事件は面白くないのか、オレの称賛に、しかしむっつりとした顔で首肯するだけにとどまる。早く続きを言えと、視線で訴えかけているなこれは。


「僕はあの時、ソフィア御嬢様に出会って、感じた衝撃を忘れられません。あの時の衝撃は、何だったのか。その答えを見つける為、ソフィア御嬢様とまた相見あいまみえるには、地位が必要です。


 だから、ぼくは騎士をこころざしています。領都の子どもをさらう卑劣漢におびえて、ただして待つ騎士などいません。騎士となるならば、伯爵様の慈悲にすがるだけの、庇護ひごされるだけの人間であってはならない。


 たしかに、今は役に立たないかも知れません。ですが、今役に立たない事は、努力をおこたる理由にはなりません。騎士は幼少期から木剣を振るって体を鍛えると聞きます。寸暇すんかしむ、とおっしゃられましたね?御嬢様の言葉通りです。まだ5歳。ですが、もう5歳なんです。木剣を振ってきた騎士の子に勝って、騎士になるには、それこそ寸暇を惜しむ・・・・・くらいに鍛錬しなければ、勝てないからです」


 長々とした言葉を言い切り、モニカを伺う。

 これは僕の本心でもある。ソフィア彼女を護る為に、まず騎士というステージに立たなければならない。しかし、この世界は魔法やら魔触部位アルカナム・エレメントがあるせいか、子どもでも現実世界でも侮れないようなちからを見せる時がある。そんな世界での5年という空白ブランクは、切り立つ崖のような力量差を生む筈だ。

 ならば、それを埋めるためにどうするか?



 ──努力するしか、ないよね。



 おファンタジーなノベルだと、騎士は随分安っぽく書かれているが、騎士という肩書かたがきは軽いものじゃない。文字通り、身命いのちを賭して主を護る堅牢な盾なのだ。生半なまなかな努力と根性ではなれない。


 前世では適当な大学生活を送って、適当に行き着いた先でブラックな前線しょくばにブチあたって、何の功もなく過労死した。大切なものなんて作る余裕もなかった。だから、死というものをある種の『救い』とおもってたのに、転生なんていう理由のわからない特典でブチギレたのも記憶にあたらしい。今でも腹立たしいと思うし、なんなら思い出し苛立ちもしてる。


 でも、今世は好きな推しがいる。んでもって、その推しは危険に愛されているってわかってるのなら。彼女ソフィア未来さき暗澹あんたんとしたものだとするのなら。

 露払いしたいとおもうのは、いちファンとして当然の帰結である。


 モニカのうつむいていた顔はいつの間にかあげられ、こちらをじっと見据えいている。

 その目には嘘偽りは許さないといった、上位者がこちらを値踏みするような、そんな意思を感じた。


「騎士は狭き門です。今、この時は役に立たないかも知れない。けれども、僕は役に立たないまま終わりたくない。だから、頑張るんですよ。

 それが、答えです。モニカ御嬢様」


 其の為の鍛錬だ。


 言外にそういった意図を込めて、僕は真摯しんしな目で見るモニカを見つめ返した。

 モニカはきゅっと口を引き絞め、眩しいものを見るように目を細めたあと、温かい目でこちらの目をじっと見つめ返した。その表情は、子どものくせに、どこか慈愛を感じさせるような温かさがある。


 何故だか、僕はすこしだけ気恥ずかしくなって、頬を掻いた。


「なるほど。貴方は騎士になりたいのですね。そして、それがスタートラインに過ぎないと……」


 だ、誰だこいつ。

 モニカは憂いた目を伏せ、胸に手を合わせると、独り言のように呟く。傍目から見ると、深層の御令嬢みたいに見える。いや、そんな優しいものでもなく、これは……。



 ──あれ、僕なにかやっちゃいました?



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