第5話 このままでは僕の寿命がストレスでマッハ



== 5 ==



 <モニカ=フォン=ミモザ>。

 【AASアークス】のヒドインヒロインのひとりで、昔一時期流行はやったツンデレヒロインのテンプレを詰め込んだようなキャラなんだが、このは照れ隠しにすぐに手が出るタイプの人種だ。

 【AAS】は極限まで主人公を鍛えれば、ラスボス相手でも敵の攻撃を回避率95%キャップ出来るゲームであったが、モニカはその極限まで鍛えた主人公に対して攻撃ツンギレ命中Hitさせる事が出来る因果律操作が得意なキャラだ。いや、まあ、ただのシナリオ都合上おやくそくなネタなんだけど。


 兎も角、口よりも手が出る、江戸っ子みたいな気質であり、認めたものには暴力こぶしを、そうでないものにはツンドラ気候のような絶対零度アブソリュート・ゼロの視線を浴びせるキャラである。流石に、今は幼少期なのでその暴力性は控えめで、簡単な対話が出来るチンパンジーぐらいにはなっている。


 何故、彼女に対してここまで辛辣かって?彼女のシナリオが【AAS】で最難関とまではいかないにしても、その気質からところ構わず問題を起こして、いらぬ戦闘を余儀なくされる事が多くて連戦を強いられる、補給が厳しい難関シナリオだっからだ。

 チャプターひとつずつに戦闘を挟むソシャゲぐらいに、面倒臭い戦闘が多い。

 そして、彼女はこちらのコマンドを無視して行動する習性があり、敵から予期せぬ敵対心ヘイトを買い、勝手にやられてゲームオーバーになる事が多かったのだ。コマンド制なのに命令無視するキャラってどうなのよ。


 控えめな御嬢ソフィア様の爪の垢でもんでもらいたいくらいの聞かん坊であるが、偶然、たまたま、彼女が先におぎゃあと母親のお腹から出てきた関係で姉とされている。ヒロインに選ばれるだけあって、その才能タレントは御嬢様と同等とされているが、何事も卒なくこなし、愛想の良いソフィアに密かなコンプレックスを抱いているとかどうとか。チンパンジーなりにも悩みがあるということかな。なら、その手の速さをなんとかしなよ。


 プレイヤーからも「なんでソフィアじゃなくて、モニカこいつがヒロインなんだ?」と声を上げられる程度にはヒドインのそのモニカが、何やらオレに対して物言いがあるみたいだそうで、地団駄を踏みながら顔を赤くしている。


「ようやくこちらを認識しましたわね!」


 オレンジ色のドレスのスカートの裾をたなびかせながら、モニカは口をとがらせる。そこまでスカートが短い訳では無いが、倒れている関係でその中身が見えそうだ。生憎、女児のパンツを見たいと思う趣味趣向はないから勘弁して欲しい。


 モ、モニカ様スカート!スカート!と、身体を起こそうといつの間にやらうつぶせ状態になっていたアレクが顔を赤らめている。僕と同等の鍛錬をした以上、疲労度も似たりよったりなのによく動こうと思えるなあ。


 そんな純情なアレクくんの声が耳に入っていないモニカは、ぷくっと頬を膨らませてみせた。


「いつもいつも、そんなに身体を酷使なさって、一体何をしたいのかしら?」

「さて。特に何を成そうとは、考えておりませんよ。ぼくはただ、身体を鍛えるのが好きなだけです」


 胸が上下するほど荒い息を吐きながら、オレはつっけんどんに言った。

 実は、彼女がこうやって僕らの様子を見に来るのは一度や二度ではなく、この三ヶ月の間に両手の指では数え切れないほどツラをつき合わせている。

 どうやら、あの内々うちうちで行われたミモザ伯爵家の生誕御披露目パーティで、僕の何かがこの彼女チンパンジー琴線きんせんに触れたらしく。事あるごとに僕に絡むようになったのだ。


「あら。お言葉ですこと。その鬼気迫るような修練を見て、『ただ体を鍛えるのが好きだ』と言うには無理が御座いませんこと?」


 心底不思議そうに、瞳を丸くしながらモニカは小首をかしげる。ちょっとソフィアと血の繋がりを感じるような仕草だなあ。


「別に、貴女あなたがなにか困る訳ではないでしょう。一介の使用人の息子のことを気にし過ぎではありませんか?」

「まあ!相変わらず、失礼な人ですね。ですが、我がミモザ家につらなるものである以上、貴男あなたわたくしの財であり、私の資産もの。私の資産が不穏な良からぬ動きをしているのなら、気を払うのは主人の務めではなくて?」


 と、御母様がおっしゃっていましたわ!と、モニカはない胸を張った。

 もっともな事を言っているが、どうせいつもどおり、毎日のようにある貴族の教養レッスンに嫌気が指して逃げ出しただけだろう。モニカにそこまで高度な知能AIが備わっていないことを知っている僕は、ふーん、と彼女の言葉を右から左へ流した。


「その顔は!また!私の話を聞いていない時の顔ですわね!!」


 モニカは憤慨ふんがいした。何故バレた。

 とりあえず、顔を狙って踏みつけようとしてくるのは止めて欲しい。モニカ自体も本気でやってる訳ではないが、スカートの裾がさっきからバサバサと音を立てて中身パンツが見えてる。それに、疲労困憊ひろうこんぱいな僕は、転がって避けるのが精一杯だ。

 アレクはモニカのスカートの中身を見ないよう、両手で顔を覆っているから役に立たない。


「モニカ御嬢様、はしたないと存じます。淑女しゅくじょが大股で、しかも男性の顔を踏むという行為は、すこし、いえ、だいぶ特殊な趣味趣向であると御理解ください」


 モニカとの話が長引いたおかげで、だいぶ息が整ってきたから、踏みつけ行為スタンピングを転がって避けながら、僕は彼女をさとす為に舌を滑らかに動かす。


「あら、でも使用人がメイドに足を顔に載せられてよろこんでらしたのを私、拝見しましたの。これはきっと、親密な間柄には必要な儀式だと私は理解しましたわ!」


 鼻息を荒くして言う事じゃない。大丈夫かよ、ミモザ伯爵家。

 モニカは兎も角、ソフィアがそれを見て、性癖に悪影響を及ぼしたらどうするんだ。そんな使用人とメイドとっとと解雇クビにしちまえ。


 いい加減疲れたのか、モニカの踏みつけ行為が落ち着いたのを見計らって、僕は立ち上がる。

 身長は……まあ、女の子はちいさいうちは男の子より背丈が高くなりがちっていうし?別に、悔しくないけど、彼女の方がおでこひとつ分、大きい。ちなみに、アレクは頭半分ぐらいデカい。これは、僕が断じて小さいわけではない。


「そうですわ、こんなことに時間を使っている場合ではありませんでしたわ!私、貴男に聞きたいことがありましたの」

「また、あの時の事ですか?」


 肩で息をするのをやめたモニカは、僕にこの三ヶ月、ずっとしてきたおなじ質問をぶつける。


「ええ、そうです!どうしても私は気になりましたの」

「言ったじゃあないですか、他の人と同様、ただ愛想良く笑っていただけですよ。ただ、僕は愛想笑いが下手だったみたいで、不気味に見えただけですって」


「そうでしょうか?私には何か、重大な決定をした殿方の顔に見えましたの。御父様が何かを選択する時の雰囲気と似ておりましたわ」


 モニカのくせに、鋭い。


「その寸暇すんかすら惜しむ気迫の篭った訓練……貴男、何かを隠していらっしゃるのでしょう?」


 粘着質とは程遠いが、訳の分からない因縁の付け方で時間を削り取られるこちらの身にもなってくれ。

 たぶん、僕はそんな表情をしてたんだと思う。すっかり空気になっているアレクは顔を青くしている。

 

「しつこいね。本当に、なにもないよ」

「妹はね、私と違ってさといの」


 急にどうした。そりゃそうだろう。人と猿とじゃ比べるまでもなく。


「それで?」


 仕方ないので、モニカに話の水を向ける。


「怯えてたのよ、貴男が怖いと。その原因を突き止めるのは、姉として当然ですわ」


 え、僕ソフィアに怖がられてるの?マジ?






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事故ったんでしばらく書類とマブダチです。

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