第3話 早合点だと思うその考えの浅はかさは愚かしい

== 3 ==



 <ソフィア=フォン=ミモザ>。


 美少女ゲーム、【英雄伝アルクス黙示録アルクス・アポカリプス・サーガ】通称、【AAS】のシナリオにおけるヒロインでありながら、大体最初らへんに殺されてしまう「この世界の残酷さ」を表現する為の存在だ。


 そんな彼女だが、【AAS】に登場するヒロインの中でダントツに人気がある。


 ひと目で育ちが良いとわかる御嬢様な容貌ようぼう。すこし垂れ目の碧眼は常に知性をたたえた輝きを放っている。

 魔法の才能を認められて貴族学校に入学した主人公(【AAS】はデフォルトネームがない)を、優しく導いてくれる善性。楚々とした雰囲気なのに、子どもの英雄ヒーローごっこに付き合うお茶目な一面もある。

 苦難にはまず自分自身で解決することを考え、それでもなお乗り越えられない困難には周囲に助力を打診できる質実さも兼ね備えている。【AAS】に登場するヒロイン共に、是非見習って欲しい個性キャラクターだ。

 優しいだけではなく、貴族としての責務も理解している。クラスが魔物に襲われたとき、率先して声を張り上げて体勢を立て直し、得意の細剣で魔物を討ち払う様は惚れ惚れする。その後に、実は怖かったと打ち明けながら、主人公へ内心を打ち上げるシーンは可愛かったなあ。

 徐々に頭角を見せる主人公へ思慕を抱くんだけど、前述の通り、彼女にその未来は用意されていない……。「攻略ルートがないバグが発生しているキャラ」と言われているくらい、可憐で人気のあるキャラクターだ。


 シナリオが用意されていないからクソゲー!って訳ではなく、かと言ってバグが多過ぎる訳でもないが、【AASアークソ】はオレが初めてプレイした美少女ゲームで、危うく『美少女ゲーム』というジャンルに見切りをつけかけた、恐ろしいクソゲーであることに触れたい。


 無駄にちからが入った販促ティザームービーに、『愛らしいヒロイン達との圧倒的な感動ストーリー』、とかいうキャッチコピー、だっけ。で、結構有名どころのソフトメーカーがプッシュしていた作品だったが、一言で言えばクオリティ詐欺という出来栄えだった。


 ヒロイン達といちゃこらして愛を育てて、母国を脅かすとある皇国の皇子を討つ英雄譚サーガ仕立てにしたかったのだろう。色々と構想を練られたあとがうかがえるシナリオだったが、如何せん。このゲームに登場するヒロイン大体が残念美少女ヒドインで、あまりにも常識を欠いた存在ばかりで感情移入しにくいのだ。


 暴力系、護られキャラなのに我儘メスガキ、実力は確かなのに心が弱い、死んだ獲物ニンゲンをあらゆる手法で蒐集コレクトする死体蒐集家ネクロフィリアなどなど。ゲームをプレイしていてストレスが溜まるヒドインキャラのお世話で、否、介護で学生生活を浪費し、ヒロインの愛情値が一定値になると「愛の力に目覚めた」とかのたまいながら、主人公と共に戦争を終結するためあらゆる手を尽くす、というシナリオだ。


 だいぶお粗末な展開だったし、当時はネットも中々発達してなかったのもあって地雷と見分ける技能スキルが圧倒的に足りていなかったしなあ、と懐かしむ。いや、まあシナリオは糞だったけど、ゲームというか戦略パートはRPGとしてはそこそこ面白かったのは覚えてる。進行不可能になるバグとかもあったけど、メーカー側の想定した範囲で動けば先ずならないし。


 話を戻そう。


 数あるヒドイン達を一切寄せ付けず一番人気トップに輝いている、僕の最推し・<ソフィア=フォン=ミモザ>。

 彼女はうつくしく、聡明であるが故に。貴族学校に巣食う【皇国ヴィラス】の策略を見破り、追跡の果てに、あらゆるシナリオで彼女は命を落とすのが、【AAS】の序章オープニングだ。ちなみに、彼女の遺体というか、血というか。兎も角、存在は魔術的にとてつもない価値を持っており、シナリオによっては彼女を生贄に魔界の皇子を召喚した【皇国】が攻めてくる、なんていうのもある。皇国じゃなくて蛮族じゃねーか。


 僕は彼女が犠牲にならないシナリオを探し当てるために、何度も彼女の断末魔の悲鳴を聞いて軽く鬱になりながら、それでもこのゲームの頭からプレイしたものだ。

 結局イベントスチルを全開放したにも関わらず、彼女の生存ルートが用意されていないと理解わからせられて、当時は深く絶望したものだ。尚、スタッフの中に担当した声優さんを偏執に愛好している奴が居て、声優さんの叫び声がシナリオ毎に違う、どうでもいい見出し記事コラムがあった。その努力を生存シナリオを作るとかに割かれないあたり、一種のビョーキじゃないかね。


 そんな彼女推しが、初々しい反応で僕ら使用人達にぺこりと頭を下げている。

 そのかんばせはまだ幼さが目立つが、いずれは僕の知るうつくしい彼女へと近付くだろう。



 僕は思いつく悪罵を、僕を転生させた野郎にぶちまけたかった。

 くそったれめ。くそったれめ! そういうことか!と。

 もし、シナリオという強制力がこの世界にあるとしたら、彼女への魔の手を退けられるのはオレだけだ。シナリオをっている僕だけが、彼女を護ることが出来る。

 前世で何の成果けっかを得られず死んだみじめな僕だけが、彼女を救うことが出来る。


 ソフィアは、使用人に囲まれておどおどしているが、愛想が良い表情を浮かべて、またぺこりと頭を下げている。

 その様子はとても初々しく、見るもの全員の庇護欲を掻き立てる。そこには、僕自身も含まれている。


 ──【AAS】プレイヤーが誰もが夢見る彼女の生存ルート。


 ──それを、今の僕は叶えることが出来る!

 ただのいちプレイヤーじゃない。そして、前世のようにただ言われるがままに動く機械でもない。僕は、僕の意志で、僕の手で、彼女ソフィアを護りたい。

 もし、転生に意味があるのなら。きっとこの出会いが、オレの生まれた意味。


 ──彼女を護ること。


 あらがってやる、全身全霊で。もし居るのなら、テメーの書いた運命死亡フラグを、すべて叩き折ってやる!!

 暗い覚悟を決めた僕と、何故か目があったソフィアはびくりと肩を震わせていた。




 そして──そんな僕を見ているものが、他にも居たことに。僕は気付きもしなかった。



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