第1話 おい、やめろ莫迦 この転生ははやくも終了ですね


== 1 ==



 死ぬほど働いた。いや、死ぬまで働いた。


 36歳。あまりにも早すぎる死の原因は、過労と睡眠不足、どちらだったろうか。

 普通に高校を卒業して、普通に大学に進学。そこまではよかった。


 だが、就職活動を始める直前、某国の某大手企業が突如として倒産。世界経済を巻き込んだ共倒れは、あまりにも悲惨極まりないもので。いつしか語り継がれる、第二の就職氷河期時代アイス・エイジへ突入。


 資格勉強をそこそこに大学生活を漫喫していた自分は、大学2年の終わりにそんな衝撃ニュースをぶちこまれ、泡を食った腑抜けたツラだったからだろう。幾度となく就職試験に臨んだものの、不採用おいのりメールの連発。大体が一次試験落ちだ。

 あまりにも温度差がありすぎる就活事情に着いて行けず、苦し紛れに就活セミナーや企業説明会へ熱心に参加しても無駄だった。求人情報は溢れているというのに、いつしか僕はそれに見向きも出来なくなっていた。


 社会から吹く冷たい風に、すっかり心が折れてしまった。


 卒業を遅らせる、という『新卒』ブランドを維持する手が、世の中に出来上がった時期でもあったが、あまり裕福とは言えない家庭の事情を考えると、どうしてもその手を選ぶことは出来ず。


 最終的に、大学に泣きついて入れてもらった中小企業で働くこと14年。

 心を癒やすことなく就職したのがあだとなったのか、サビ残、泊まり込み残業、休日出勤。それに加えて、理解のない上司によるパワハラ。愛想のない同僚達。人を見下して失敗を押し付けてくる後輩に尻を叩かれ、おまえみたいな無能がここ以外で働けるはずなんてないなどと、人権意識が向上してきた現代とは思えない言葉でなじられても「はい、そうです…」と言って俯くことしか出来ず。馬車馬の方がまだマシとさえおもえる職場環境としみったれた給料で、コンビニ弁当とわずかな酒をかっ食らう毎日も駄目だったんだろうなあ。



 ──職場の朝礼中にふっと意識がなくなって、そのままだった、らしい。



 意識を失う寸前に思い浮かべたのは、ようやくこの苦しみから解放されるといった”安堵”だった。


 ──死が救いだと、そう思い詰めてしまったのはオレの気がちいさいからなのか。それとも、勤勉な日本人の業なのか。今ではわからない。

 ただ、目を開けた瞬間に紅葉のような自分のちいさな手が視界に映った時は、何の冗談かと神を呪った。嗚呼、僕は死ぬほど・・・・疲れたんだ、そのまま寝かせてくれ。何故寝かせてくれないのだと。


 輪廻転生というものが、会社で時間を潰す時に見たWeb小説を見て流行っていることは知っていた。


 「転生」なんてものはあくまでごくごくありふれた、ただのいち・・ジャンルに過ぎない。架空の世界に読者を誘う一種の装置だ。実際に目にすることもなければ、経験なんてもっての外な空想世界ファンタジー的な要素ものだ。


 にもかかわらず、これはどうだ・・・・・・このちいさな手はなんだ・・・・・・・・・・・。滲んだ視界に映るこの手はなんだ・・・

 嗚呼、嗚呼。僕の手じゃあない。怒りに震え漏れる声も、か細く高く、僕の声ではない。


 これはだれだ・・・・・・おれはだれだ・・・・・・


 末期まつごけがされた気がした。目の前のデザートを他人に奪われたような、強く不快な波が胸中をいて出てくる。

 腸が煮えくり返るほどの怒りを感じた。視界が真っ赤な怒りで塗り潰される。


 僕がこの世界に最初に抱いたものは、”怒り”だった。親の顔より、祝福の声より、母のぬくもりより、最初に抱いたものは、耐え難い憤怒であった。





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