お化怪執事とお嬢様。

金伊幡楽

起話 本当に生意気なやつは生意気さをクチで説明したりはしないからなクチで説明するくらいなら僕は牙をむくだろうな僕は魔法科目で100とか普通に出すし

化怪ばけ執事とお嬢様。

== 起章 ==



 わたくしの執事は生意気だ。


 背は私とおなじ位。執事だから当たり前ですが、ぱりっとした燕尾服イブニング・テイルコートにトラウザーズが品よく伸びており、清潔感もある。

 何事も卒なくこなし、剣の腕は騎士階級ナイツと争っても平然と勝ちを納め、知識と教養は魔法使いの古豪を唸らせる。

 瑕疵じゃくてんがあるとすれば、あどけない中性的な容貌ようぼうなのと、彼に魔法の才能がないぐらい。


 いえ、それも瑕疵と言い切るのはあやしい。容姿に至っては、私は暑苦しい男よりもさっぱりした方の方が好きですからね。

 こほん。兎も角、魔法を属性に変換する能力ちからに乏しいが、魔力量は魔法の駿馬サラブレッドうたわれる貴族達を比しても、余り有るほど。それこそ、あらたな貴族として取り立てられてもなんらおかしくないくらいに。

 彼が貴族という立場を望んでいないのもあるが、私たちはまだ13歳。これから始まる学園で優秀な成績を修めれば、あらたな貴族の籍ポストが用意される可能性だってある。

 

 あまりにも出来すぎた執事だ。


 でも、私に優しくしない。

 私をないがしろにする、生意気な執事。


「私に優しくしなさい、ヴィーシュ」


 ふと、思いついた自分勝手な言葉を、ティーカップで口を湿らせながら、私は言った。

 可愛げのない執事は嘆息して、「また随分と唐突に…」と胡乱げな眼差しで私を見据えながら口の中でつぶやくと、こう口を尖らせた。


「如何なる時でもお嬢様を優先するわたくしめの配慮と、お嬢様の認識に乖離かいりが見られますね」


 この執事は、こういう風に、野暮ったい言い回しで煙に巻くのが得意だ。しかも、クチを動かすだけで手が止まるようなら、執事ヴィーシュの不備を追及出来るものだが、彼はかしずきながら、今もテキパキと仕事をこなしている。

 ふつう、私たちぐらいの年齢トシの執事なんてまだまだ未熟なもので、ひとつの事を懸命に取り掛かるものだが。彼はさも当たり前のように、口と同時に手をテキパキと動かしながら、私へ茶菓子と紅茶ティーを準備し、提供サーブしている。その所作は、熟練の執事かと見紛う優雅さだ。脳みそいくつありまして?


 私は苦虫を噛み潰したような顔だったのでしょう。自分でもわかるぐらい渋面を貼り付けて、彼に視線を向けて指摘する。


「私に対する、慈愛やさしさが足りないと思いませんこと?」


「温室育ちのひめ君でも解るくらいに、十分な慈愛を示しているつもりですが?」


 つっけんどんな私の言い種を、彼はにこりと笑いながら辛辣にたしなめる。

 誰が温室育ちですか!彼の物言いに私は怒りを覚えた。


「いいえ、不十分です!そういう、持って回ったいいまわしが気に食わないのです!」

「左様ですか。これもまた、お嬢様に対する慈愛あいと受け取って戴ければと」


「そういう、複雑な慈愛は認めないんです!」

 ふつーの愛をおよこしなさい!と、眼差しに意思を込めますが、執事はそれを嘲笑うかのように無視します。


「私めのような凡夫は情操に乏しいので、難しいですねえ」


 嘘おっしゃい!学園に通う為の勉学を共に学んできたし、その過程には貴族の情操教育もふくまれておりましたことを、私は忘れおりませんことよ!?

 ヴィーシュは悔やむようにかぶりを振るが、私は騙されない。私の記憶力が確かなものならば、御父様に勉学を認めさせた語り文句を一言一句この場で再現してやるのに!


 きーっと私は喉を鳴らすと、彼を睨みつける。


「私の執事であることが不満ですの!?」

「いえいえ、執事である事に誇りを持っていますとも。過分な配慮、ありがたく存じます」


 わかりますわ、あれはむしを見るような目であることを!!

 とぼけおってからに!

 地団駄を踏みたい衝動に駆られますが、淑女たるものそんなはしたない真似は出来ません。今度は、抗議の意思を視線に込めますが、この執事、鼻で笑いやがりましたよ!?


 ──わかりましたわ。落ち着きましょう。私は落ち着きます。

 平手パー拳骨グーぐらいは選ばせてあげましょう……。


 結局、いつものように私がヒートアップして言い募っても、随分と滑らかな舌でのらりくらりと避けられ続けました。彼は会話の主導権を譲らず。最終的に、私はこの執事の口先に丸め込まれました。

 この執事を上回ることができない自分の不器量さに嫌悪が差す。


 ──まったく、本当に無礼な人だこと!


 胸中でそう悪罵をつくが、もっと深いところでは違う感傷を抱いている。

 ヴィーシュと、こうやってお莫迦な言い合いが出来るのも、この生意気な執事の尽力があってこそだ。


 いまよりもまだ幼い頃、悪漢にさらわれ、売られる寸前だった私を見つけて、ただひとりで助けてくれました。まだ、その時は執事としてではなく我がミモザ家の庭師の息子という希薄なつながりであるにも関わらず!


 その後も。

 私の生命を救ってくれた事を歯牙にも掛けず、それを己の立身出世の具にしないところも私が彼を気に入るところだ。

 私が御父様にお願いして、執事に登用した時はものすごい渋い顔をされましたが。今おもえば、この執事の生意気な顔を歪めさせれたのはあのときだけでしたね。


 ──なら。


「ヴィーシュ、私の執事としてこれからもよろしくお願いしますね」

「……オレは庭師で十分満足しているんだけどなぁ」


 ヴィーシュはここで初めて渋い表情をした。郷愁に似た感慨が篭った吐露に、私ははっとなる。

 こんな莫迦げたやりとりが出来るのも、あと僅かである事実ことに気付かされて、私もいささか憂鬱になる。

 私は伯爵家の子女。彼は使用人の息子。その格差は果てしなく、遠い。彼は私よりもあらゆる面で優れているが、貴族と平民という身分が、彼の評価を妨げる。あの学園ばしょは、貴族の陰惨な政治と思惑が見え隠れしており、平民が実力を発揮したとて、正当な評価が下されるか疑問が残るところだ。


 ──確かに彼は知識ちえを望んだ。武力ちからを望んだ。だが、それは私の為ではなく、ミモザ伯爵家いえの為にふるわれるべきものだ。

 それを、私は歪めてしまった。彼が欲しいと、そう御父様に望んでしまった。

 窮屈きゅうくつで、正当に評価されるかも判らない場所へと私がいざなってしまったことに、私は今初めて気付かされました。いらぬ軋轢あつれきに、この執事が晒されることを私は見落としていた。主人としての見通しの甘さに、嫌悪すら覚えます。


 私は思い詰めた顔をしていたのでしょう、ヴィーシュはわずかに目を見開かせたあと、こちらに微笑みかけてくれました。

 しかし、すぐさまヴィーシュはそれを打ち消してかぶりを振ると、鼻で笑いながら私を見据えました。


「お嬢様の猪突猛し……勇猛果敢な性格が旦那様の想像を超えていらっしゃるので、私めのような凡庸なもの手でも借りたいのでしょうね」

 いやはや。と、肩を竦めて、まるで不出来な妹ができて大変だと言わんばかりに首を振る。


 先程までのしんみりとした空気が霧散しました。そうですね、あなたはそういう人ですね。


 ──ふふ、一発どついてやりましょうか?

 そう。これはしゅじんの務め。生意気な執事へ折檻するのは、当然のこと!!


 その後、私の渾身の平手パー拳骨グーも避けられつづけ、騒ぎに駆けつけた侍従長にそれはもうしっかりと怒られました。ちゃっかりヴィーシュは抜け出していたことを、ここに記しておきます。おのれ……!



 ああ、本当に。

 私の執事は生意気だ。



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