ある日の別の日
同棲をすると約束してから一ヶ月後に、長谷川さんのマンションへと引っ越した。
よくよく聞くと、長谷川さんのマンションは賃貸ではなく購入済みだということ。まだまだ若いのになぜなのかと気になったが、聞くタイミングを逃して聞けぬまま。タイミングが合ったとしても、言い淀んでしまったりと聞きそびれたままで。勢いで聞けばいいものの。そういう優柔不断なところは私の悪いとこだ。
同棲を機に、お互い名前呼びになった。いまだに慣れないが、距離感は縮まったように感じるのは気のせいではないと思う。
長谷川さんのマンション購入といい、他にも気になることは多いが、お互いを知るために同棲を始めたのだ。焦る必要はない、と思いたい。
だから、聞きそびれたとしてもいいんだ。そう自分自身に言い聞かせながら、たいして見てもないテレビを眺める。
「なにか考えごと?」
一人であれこれと考えていたら、いつの間にか近くに長谷川さんが来ていた。
首を傾げて聞いてくる姿に、可愛いなと思いつつボーッとしていただけだと伝えると納得してくれ……なかった。
「お互いに、隠しごとはなしって言ったよ?」
それはそう。
同棲をするにあたって、ある程度のルールは必要だと二人で作ったのだ。
隠しごとはしない。
嘘をつかない。
家では名前呼び。
ご飯、掃除等は月毎に話し合いで決める。
とまぁ、こんな感じで。たくさんではないにしろ決めてはいる。
まだ一ヶ月。されど一ヶ月だ。
長谷川さん……じゃなくて雫さんは私のことをよく見てくれていると思う。現に今だってそうだ。
それに比べて私はと言うと、雫さんの機微に気が付けない時の方が多い。それを伝えたら、気にする事はないと言われてしまったのだ。
……優しすぎる。
「それで? 何を考えてたの?」
「えっと、そのですね。雫さんがなんでマンションを購入したのかなって。賃貸じゃだめだったのかなって、その……はい、考えてました」
「あぁ。確かに気になるよね。マンションを買ったのはね、トータル的に賃貸よりも安かったから。あと土地や治安も良かったからかな。それだけだよ」
もしかしたら、誰かと一緒に住む為に買ったのかという考えも過ぎっていたから、そうではないことがわかってホッとした。
それが顔にも出ていたのか、雫さんにすぐに指摘されてしまう。
「誰かと一緒に住むかと思った?」
「……はい」
「素直でよろしい。他には、なにか聞きたいことないの?」
あるにはあるけど。いいのかな。
「いいよ。なんでも聞いて」
顔に出やすいのか、心を読まれているのか。私がわかりやすいんだろうけど、言う前からバレているのも恥ずかしい。
「一ヶ月経ちましたけど、嫌なところとか直してほしいところとか、なにかありませんか?」
もっと他のことを聞かれると思ったのだろうか。雫さんは拍子抜けな表情をしていた。バレていなくて安堵したけど、別の意味で緊張だ。
前にお付き合いしていた人ととか聞けばいいのかもしれないが、そんなものは聞きたくは無い。全くもって興味が無いとは言えないが、聞いたら聞いたで嫉妬してしまう自信があるから聞かない。聞くとしても今じゃない。必要になったら聞けばいい。
「ないですか?」
それよりも、今は二人の生活のためにより良くすることだけを考えていかないと。
「ないとはいえないかな……」
「どこですか? 悪い所があれば直すので言ってください」
「うーん……栞ちゃんがね、もうちょっと積極的になってくれると嬉しいかなって」
「えっ?」
「だから、もうすぐ付き合って半年になるわけだし。その、それ以上の関係になれたらって思ってるんだけど……。栞ちゃんは、その。私とそういうことをするって考えたことない?」
雫さんが言っていることは理解出来る。そういうことはたぶんそういうことだ。考えるだけで顔に熱が集まる。
「あ、ります」
「そっか……。そっか。うん、良かった」
雫さんを見ると、雫さんの顔もほんのりと赤みが増しているような気がした。
今まで考えたことはあったけど、雫さんからはそんな雰囲気を出ていたことはなかったように思う。私が気が付いてないだけかもしれないけど。キスだけで満足していたのもあるし。
「私に触られて嫌だとかありませんか? そういうのって、その、お互いの気持ちも大切ですから」
「嫌じゃないよ。むしろ嬉しい、かな。あとね、栞ちゃんは聞きたくないかもだけど、いい機会だから私のことを話しておくね」
隣に座っている雫さんは下を向いてしまって、髪の毛で表情がわからなくなってしまった。それでも目を逸らしてはいけない気がして雫さんの方を見たまま話を聞く。
「私ね。実は本気で人を好きになったことがなくて……。言い方は悪いんだけど、告白をされれば付き合ってた節があったの。それは、男性でも女性でもね。けど、栞ちゃんに好きって言ってもらえて意識するようになって。けど、今までの人のように来るわけでもなくて。それが余計に気になっちゃってて。目で追っていくうちに意識もしだして。私のことが好きなのになんでって思った時に、ハッとしたの。私の方が栞ちゃんのことが好きなんだって。いつも栞ちゃんのことが頭にあって。栞ちゃんの言動や表情に一喜一憂する自分に、あぁ、これが好きってことなんだって気が付いてね。今までの人達には申し訳ないんだけど。これが私の初恋なんだと思ったの。今までの人は、そこまでのスパンが短くて。だから求められないのが不安になっちゃってね。触れられることで確認できない手段しかないのも嫌なんだけど、他にどうしたらいいのかも分からなくて。突然こんなこと言ってごめんね。なんか言ってることがぐちゃぐちゃで意味わかんないよね」
顔を上げた雫さんは、自傷気味に笑っていて心が痛くなる。
そのまま抱きしめに行くと、雫さんも腕を回してくれて。その温もりに安心した。
「話してくれてありがとうございます。どんな雫さんも好きですよ。大好きです。雫さんが安心するなら触れてもいいかなと思いましたが、今はやめておきます。嫌というわけではなく、心からお互いにそういうことをしてもいいと思える日が来たらしましょう。急がなくても私達にはまだまだ時間はありますし。それに付き合ってまだ半年です。これから一緒に過ごす時間の方が長いんですし、焦らなくても大丈夫ですから」
私を抱きしめる腕の力が強くなる。腕の中の雫さんはたぶん泣いている。
恋愛も人それぞれだし、雫さんの恋愛事情にどうこう言うつもりもない。私が初恋。それが聞けただけで、かなり嬉しいと思ってしまったのだ。
過去の人達が早急に求めていたことには苛ついたが、そんなのはこれからの時間で私が上書きしていけばいいだけの話。
「あの、私からも言っておかないといけないのですが……。その。今まで恋愛をしたことがなくて、初めてお付き合いする人は雫さんということになります」
今更ながらだが、白状した。今まで恋人はいたとも言ってなかったが、いないとも言っていなかった。
「ふふっ……」
腕の中にいる雫さんの肩が揺れ出して、笑っているのがわかる。
泣き止んでくれて良かった。
雫さんが顔を上げてくれた。目は赤くなっていて涙の後があ。、それを優しく指で取ると照れてはにかんでいた。
「私達、初めての恋ね」
「ですね」
嬉しそうに笑う雫さんのおでこに、唇を落とした。
同棲して一ヶ月。私達の恋も生活も始まったばかりだ。
ある日の出来事 立入禁止 @tachi_ri_kinshi
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