第3話 記憶媒体型ロボット
目的地へと到着したようだ。まるで病院のような外観の巨大な建物の中へ入ると、止まらないサラの咳が反響した。彼女に案内されるまま薄暗い廊下を進んで行くと「ここだ」と資料室のような部屋へ通された。
サラは一冊の資料を手に取ると応接セットに腰かけたので、俺たちもそれに倣う。「少々驚くかもしれないっす」とアミルに耳打ちされ、小さく頷く。
「君にいくつか質問させてほしいんだが、いいかな」
「うん」
「ありがとう。ではまず君と、その黒いウサギの名前を教えてくれるかな」
「私はMEMORY。この子はMemories1、品番は051073」
品番、という言葉に引っかかったが、すぐにその答えが明らかになる。
「Memories1…ああこのページか。…量産型の記憶媒体か」
「うん。Memories1は私より前に蔦増家にいた生きたアルバム、ロボットだよ」
生きたアルバム。そう聞いて、怪訝そうな表情になるアミル。俺にはまだどういうことか、よくわからなかった。
「君に関する記載がないな…」
「私は非売品の記憶媒体型ロボットだから、あなたが持ってる説明書には載ってないよ」
ロボット。先人が残したもう一つの命。
フワフワの黒い毛を生やして鼻を動かしているウサギも、俺たちと同じ人間にしか見えないMEMORYも、そのロボットなのか。もっと機械的で命を感じさせない形状をしたものがロボットだと、大きな勘違いをしていたようだ。
「私に保存されているのはMemories1の保持するデータのコピーと、私が起動してから今に至るまでの映像データ。Memories1のデータ蓄積量は10年足らずだから、10年以降の蔓増家のデータは私が記憶することになったの」
「そうか。君たちは自己発電式?それともバッテリーか何かが必要?」
「私もMemories1も自己発電式だから、コアが破壊されなければ壊れる心配はないよ」
MEMORYたちの前ではとても言えないけど、先人たちはとても優れたものを作れる知能があったのに、自分たちが死んだ後彼らがどうなるのかまでは考えなかったのかな。
人間と違って、自己発電式のロボットには終わりがない。
「教えてくれてありがとう、質問は以上だよ。もし君が許してくれるなら、歴史資料として君とMemories1が保持するデータを見せてくれないかな。植物の最適な育て方や、私たちの先人に関する情報だけでもいい」
「私の開発者である蔦増幾重が作成した設定情報に、データを共有してはいけないという文言はない。だから、いいよ。全部提供する」
MEMORYはさらに渡された小さな記憶装置を受け取ると、自らの親指の爪をスライドし、現れたさし込み口へそれをさした。データのコピーをその装置に移しているようだけど、俺にはMEMORYがロボットだということが未だに信じられなかった。呼吸もしているし、装置がささっていること以外は俺たちと何一つ変わらないように見えるから。
データの入った装置を手渡されると、サラは一呼吸おいてからMEMORYに尋ねた。
「これはどの記憶媒体型ロボットにも聞いていることなんだが、君はそのデータをどうしたい?」
データ保持を継続するか、それとも削除するか。
「Memories1のは消してあげて。データを再生しては、ママ…蔦増幾重のことを思い出して悲しそうにママを探して鳴いてた。あまり賢くないロボットだから、蔦増幾重がもうとっくの昔にしんだことも理解出来てないんだ」
「アミル」
「うっす」
アミルはMEMORYからMemories1を抱き上げると、工具でコアを取り出し、記憶することを司る装置の部分だけを稼働自体に問題が起きないよう取り外す。
「MEMORY、君はどうする?」
MEMORYはサラをまっすぐに見つめたまま答える。
「保持を継続する。蔦増幾重が私を造った素晴らしい人で、蔦増幾重も彼女の娘である絵美もただの記憶媒体型ロボットの私とまるで人間の女の子…家族のように接してくれた。Memories1や私をひとりぼっちにしないためにログアウトしようとしてくれてたけど、それが間に合うことなく彼女たちは死んじゃった。けどひとりになった私に記憶を遺してくれた。私はロボットで喜んだり悲しんだりすることは出来ないけれど、この温かく感じる何かを宿しておきたい」
MEMORYの意向もあって、彼女のデータはそのままにしておくこととなった。
サラは記憶媒体型ロボットがクラスフロアへと、Memories1を抱えたMEMORYを案内しに向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます