第2話 少女とウサギ

  まだ慣れない作業に疲れ切り、ひと休みと用途不明だがそこそこ安定した機械の上に腰を下ろす。

 俺の身体はこの作業に覚えがないらしい。サラやアミルの接し方から考えて俺は初対面のようだったし、俺はこの辺りで生活をしていたわけではないらしい。ライゼルサの北方にはあまり近寄らないと言っていたから、そっちの方に住んでいたのかもしれないけど、だとしたらどうして彼らの活動区域で倒れていたんだろう。



「お兄ちゃん、だあれ?」



不意に声をかけられてとっさに声のした方を振り向くと、そこには女の子が佇んでいた。



「俺もわからなくて。記憶喪失…って言ってもわからないか。ええっと…なんて説明したらいいのかな」


「わかるよ。お兄ちゃんは記憶がなくなっちゃったんだね」


「そうなんだ。君は賢いんだね」



ワタルに褒められた少女は、無表情のまま話題を変える。



「ねえお兄ちゃん、私のお友だちを助けてほしいの」



少女に手を引かれて向かったのは、目を開けば必ず視界に入るようなある瓦礫の山の前。



「ここを歩いてたら急に瓦礫が崩れてきて…」


「もしかしてお友だちがこの中に?」



頷く少女は泣き出しそうな顔をするわけでもなく、「うん」と淡々と告げた。

 ワタルは腕まくりをすると、瓦礫の山が崩れないよう慎重にひとつずつ壊れた機械をどかしていく。

 汗を拭う手が黒く汚れ、機械油が頬や腕、服のあちこちを汚していく。一人では難しいかもしれないと弱気になったところに、隣の瓦礫の山からサラが滑り降りて来た。



「見当たらないから焦ったぞ」


「ご、ごめんサラ」


「何かあったのか」



事のあらましを説明すると、サラは少し切なげに目を伏せた。



「手伝おう。そこの君、お友だちはか?」


「ううん、だよ」



てっきり人だと思っていたワタルは驚く。埋まってしまったのは動物なのか。でもサラの言ったって、どういうことなんだ…?。

 サラと二人でなんとか機械を退けていくと、真っ黒な丸い塊が現れる。



「黒い…ウサギ?」


「Memories1《メモリーズワン》、もう会えないかと思った」



少女はそのウサギに駆け寄るとすぐに抱き上げた。

 Memories1?。

 疑問でいっぱいのワタルに、サラは「本部に戻って説明する」とワタルの肩を軽く叩いた。

 ウサギを抱えた少女と一緒に本部へと戻るワタルたちは、ライゼルサ最南方にある自然生物の保護区を通り過ぎ、東方にあるもう一つの区域へと向かった。見知らぬ地へ向かっていることに不安を覚えているのではないかと少女の様子を気にかけるワタルだったけれど、少女は無表情のまま景色を眺めているだけだった。まるで何一つ違わず今を記憶するかのように。

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