第12話 カリズム王国王太子からの話
イアンがカリズム王国王太子との会談を終え、そろそろ国に帰るという頃に、カリズム王国王太子・マーストンからエミリーを指名でお呼び出しがあった。
「きっと、リヒトのことだろうね」
イアンがそう言うと、ヨシノが詰め寄る。
「ちょっと! 喋っちゃったの?」
「俺は喋ってないよ。ただ、マーストン殿下だって血眼になって探してるんだ。アンダーソン商会の取引先から巡り巡って、彼のところに情報もくるだろう」
エミリーは胸を手に当てて考える。あのワイン倉庫での話は、途中から酔っ払ってしまったから、どう答えたのか覚えていない。そして、まだ結論は出ていない。
――どうしよう。リヒトのこと隠し通すべき? でも……。
このまま、兄弟で会えなくなるというのもどうなんだろうとエミリーは思う。そして、リヒトはずっと追手に怯えながら暮らしていかなければいけないんだろうか。
「……イアン殿下、マーストン王太子殿下が、リヒトに危害を加える可能性はありますか?」
リヒトを担ごうとする勢力が、王太子を退けてリヒトを王位に据えようとしている。
そうなると、王太子にとってはリヒトは大変危険な存在だ。殺そうと思っても不思議ではない。例え、子供のころは仲のいい兄弟だったとしても。
「可能性はゼロではない。ただ……先日も言った通り、君が彼と結婚するならば殺す理由もない。彼はローソン公爵家を継ぐ人間となる。この国の王位継承権は永久に放棄するんだ。そうなればファラユース王国も彼を守る。なんといっても筆頭公爵家の次期当主だからね」
リヒトの身の安全は、すべてエミリーにかかっているということだ。
「それって、先輩に政略結婚しろってこと?」
ヨシノがイアン殿下を責める。しかしイアンは厳しい表情をエミリーに向けた。
「エミリー、君にとっては今さらの話じゃないのか? 君は兄と結婚するはずだった方だ。それこそまさに政略結婚だ。しかしリヒト……ニコラ殿下はどうだろう? あの
結論が出ないまま、エミリーはマーストン王太子殿下と会うことになった。
◇◆◇
「お呼び立てして申し訳ございません。エミリー嬢」
エミリーがただの侍女ではなく、ローソン公爵家の令嬢であることは、イアンから聞いているのだろう。マーストンは最大限の礼を尽くして応対してくれる。
「初めまして、王太子殿下。エミリー・ローソンと申します」
エミリーも緊張しながら挨拶を交わす。
――似てるわ、リヒトに。
柔らかなブロンドの髪に、深い蒼の瞳。18歳のはずだけど、もう少し若く見える少年のような容姿。背はリヒトより高い。
「貴女の領地には、不思議な文化が根付いていると聞いて興味があったのです」
「スキーとか、お寿司のことですか?」
「そうです。そして……不思議なお酒があるようですね。そこで造られているとか」
――来た。やっぱりリヒトのこと聞きたいんだ。
恐らく、不思議なお酒を作っているのが、自分の弟であることを知っている。
心臓がバクバクと音を立てる。このままリヒトの事を話して即刺客を送られたらどうしよう、とか、このまま自分の婿にすると宣言して彼を守るか、などと、まとまらない考えが頭の中を駆け巡る。
「僕は、子供の頃に聞いたことがあるんです。ニホンという国の事を。貴女のリトジャ島は、まさにニホンを再現したかのような島だそうですね」
マーストンは遠い目をして話し出す。聞いた、というのは恐らくリヒトからだろう。彼が前世の記憶として、兄に話したんだ。
「……そんな大層なものではないです。ただ、私が小さな日本のものを召喚しているだけなんです」
「貴女も、前世の記憶を持って生まれてきたんですね」
どうせバレているなら、と、エミリーは頷いた。
「…………彼は、今、幸せですか?」
マーストンは具体的な名は出さずに、彼と呼んだ。もうお互いにわかっているだろうという暗黙の了解だ。
「…………幸せだと思います」
エミリーも誰の事かを聞かずにそう答えた。
マーストンはほっとしたように笑う。
「彼には申し訳ないことをしました、本当に……。あの世間知らずな子が、身一つで生きていくなんて出来るはずないのに。どれほど苦労したのだろうと。生きていてくれるだけでよかった。必死に探したけど……今、幸せならいいんです」
エミリーの身体から段々と緊張が抜けていく。嘘を言っているようには見えない。彼が刺客を放つことは考えられないと思った。
「ところで、エミリー嬢。後ほど正式に、ファラユース王家とローソン公爵にも話をするのですが……カリズム王家の別荘をその島に立ててはダメだろうか。私もやってみたいんですよ、スノボーというものを」
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