第11話 リヒトの事情

「先輩、リヒトよりもワインが目当てだったでしょ?」


 ご満悦でワインを傾けるエミリーに、ヨシノもイアン王太子も苦笑いだ。



 ここはワインの名産地・カリズム王国の王都だ。カリズム王宮自慢のワイン倉庫で、出来たてから、三年寝かせたワインも味わえる。


 エミリー達はリトジャ島を出て、馬車でここまでやってきた。ファラユース王国王太子であるイアンがカリズム王国に訪問する予定があったため、侍女に化けて付いてきた。


「しかし、あのリヒトがこの国の第二王子殿下とはねぇ……」


 イアンはきょろきょろと周りを見渡し、念のためとばかりに盗聴防止結界を張ってから話し出す。


「どうして第二王子は家出しちゃったのかね? 元日本人には窮屈だったのかな?」


 ヨシノも首をかしげている。


「多分、窮屈ってだけじゃないと思うよ。第二王子はね……」


 イアンはカリズム王国入りしてから、国の中心部にいる王族貴族から情報収集をしてくれた。事情はよくわかったという。


 これは単純な家出ではないようだ。


 この国の王家は、第一王子であるリヒトの兄と、リヒトの二人兄弟だ。第一王子の母は、王宮に行儀見習いとしてやってきていた男爵家出身の侍女だった。


 男爵家当主の娘ではなく、分家の娘であった第一王子の母は、正妃にはなれず、側妃となった。


 この国では、母の身分関わらずに、第一王子が王太子となる。その二年後に、筆頭公爵家出身の正妃が第二王子を産んだ。


 母親違いの兄弟は仲睦まじく育ったものの、第二王子の成長と共に、母方の実家――筆頭公爵家を中心とする勢力が第二王子を後継に、と裏で動き始めたという。


「それを敏感に察知したんだろうね。成人の儀の一日前に出奔してしまったようなんだ」


「そんな事情が……」


 エミリーは複雑な感情のままワインを一気に流し込む。


 家の人が探してるなんてあり得ない、と言っていたけれど、それは真っ赤なウソだった。探しているに決まっている。


「お兄様が探してるって話はヨシノから聞いたんですけど、その母方のご実家を中心とした人達も探してますよね?」


「当然だ。彼は神輿のようなものだからね。第一王子を退けて、血の繋がりのある第二王子を王位に据える。歴史上でも不審な死を遂げる第一王子はいたようだし、やはり後ろ盾がない王子というのも難しいものだね」


 イアンは、自身も王子であるだけに身にしみてわかるのだろう。


 ちなみにファラユース王国は、王家も例外なく一夫一婦制なので、ダニエルとイアンは同じ母親から生まれている。


「そういえば、イアン殿下は、あの……ダニエル殿下と……」


 ダニエルは廃太子になった後、国王陛下の命令で、辺境に警備兵見習いとして修行に行かされている。弟に地位を奪われたことをどう思っているのか。


「あぁ……兄は……今の状況が面白くはないでしょうね」


 イアンは悪い笑みを浮かべた。


「先輩は心配することないですって! もう一本ワイン空けちゃおうかな~」


 ヨシノは調子にのってまたワインのコルクをあけた。


 カリズム王国から、ここのワイン蔵のワインは好きに呑んでいいと言われているのだ。イアン王太子殿下の信用あってのことだ。


「リヒトに話を戻すと、このまま島にいさせてあげたほうがよさそうだ。国に連れ戻されても、国が乱れるもとだ。出奔したのはいい判断だったんじゃないかな」


「でも、このまま隠し通せるものでしょうか? アンダーソン商会の客人から噂が広まって、その……」


 こんなことになるのなら、商会の別荘なんて許可するんじゃなかったと、エミリーは後悔していた。父が許可してしまったのなら防ぎようがなかったのかもしれないが。


「隠し通す必要なんてない」


 イアンが力強く断言した。


「でも、見つかったら連れ戻されちゃうし。洞窟にでも隠した方がいいんじゃないの?」


 ヨシノはリトジャ島の洞窟にリヒトを隠すことを提案したが、イアンは笑みを浮かべながら首を振った。


「彼はきっと、兄君を守るために出奔したんだ。それをわかっているから、兄君も探しているんだ。会わせてあげたほうがいい。会わないとお互いに不幸だ。そして、連れ戻されずに済む方法もある」


 イアンはエミリーに視線を移した。


「リヒト……ニコラ殿下は、ローソン公爵家の婿になるんだ。エミリーの配偶者として。ローソン公爵も次世代のことも考えていかないといけない。ローソン家にはエミリーの他は歳の離れた妹君しかいない。公爵は妹君に婿を取る算段だったのかもしれないが……」


 エミリーのワインを持つ手が震える。考えないようにしていた自身の結婚。もう男なんてコリゴリと思っていたのだ。


 始めは王命で王太子と結婚し、公爵家は妹が継ぐ計画だった。しかし、王太子と結婚しないならば、自身の立場は宙に浮く。どこか名のある家に嫁ぐか、家を継ぐために婿を取るしかないのだ。


「これは、ローソン公爵家の後継問題と、ニコラ殿下の安全の保証、二つを一気に解決できる。そして、カリズム王国の王家とファラユース王国の筆頭公爵家が繋がりを持つことは、ファラユース王国にとっても理が大きい」


 エミリーは落ち着こうとワインを一気に流し込む。段々と思考が麻痺してくる。


「先輩、ちょっとペース早くないっすか?」


 人の事を言えないくせに、すかさずヨシノからツッコミが入る。


 

 長い睫毛、柔らかい話し方、品のいい立ち居振る舞い――自分が彼をどう思っているのか、段々と混乱してくる。


 ただ、一緒にいると落ち着いた。同じ故郷を持つという共通点からかもしれないが。

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