第10話 スノボーブームが訪れる

 ヨシノが土魔法で木を伐採してスキー場の地ならしをし、リヒトが移動魔方陣を作った。そして雪が山一面に降り注ぎ、立派なスキー場が出来上がった。


 エミリーはスノーボードや、スキー板を召喚した。


 リトジャ島の警備兵達も大喜びで、スキーやスノボーに興じるようになった。それが王家から派遣されてくる警備兵にも伝わり、リトジャ島で働きたいという兵士達が殺到するようになってしまった。


「仕事に来てるのか、遊びに来てるのかどっちかしらね」


 ヨシノが可愛くないことを言うけれど、それを恋人であるイアン王太子が笑って宥めている。イアン王太子もスノボーに夢中になってしまった一人だ。


「ここに正式な王家の別荘を建てたいんだ」


 王太子がそう言っている以上、エミリーは断ることもできない。大きな土地をお譲りし、そこに王家の別荘が作られることになった。当然ヨシノは、愛する未来の旦那様のために温泉を掘ってあげている。


 クリスのアンダーソン商会も王家に負けず劣らずの大きな別荘を建てた。そして、アンダーソン商会と取引のある、他の商会の人や職人、そして貴族も招いてスノボー、温泉、そして日本酒を楽しんでいる。


 日に日にスキー場が賑やかになり、少し私は憂鬱だ。




「まぁ……王家や大商人にゆかりのある人達ばかりだから、治安は安定してるんだけどねぇ」


エミリーは、完成した塩辛をつまみにちびりちびりと日本酒を飲みながら語る。ここはリヒトの仕込み部屋だ。


「エミリーは賑やかなのが苦手?」


 リヒトが日本酒第二弾を仕込みながらそう聞いてきた。


「私は、日本でもインドア派だったからね。スノボーはやったことあるけど、仲間内でわいわい、というよりはヨシノと二人で何回か滑ったくらいしか経験がないの」


「そっか。二人は日本にいた時からの友達なんだもんね」


 リヒトはスノボーが下手ではないのだけど、一回か二回滑っただけで、スキー場には足を運ばなくなった。日本酒造りに忙しかったのもあるんだろうけど、別荘に訪れている人達を避けているように見えた。


「リヒトも賑やかなのが苦手なの?」


 リヒトは目を伏せて笑った。


「……そんなことないよ。ほら、俺の前世って新潟県民だったじゃない? だからスキーやスノボーは地元で滑れないヤツがいないほどだったし」


 もしかして、前世が恋しいのかもしれない。リヒトは前世でどんな生活をしていたんだろう。酒蔵に勤めていたことはエミリーも知ってる。でもその他のことは?


「リヒトは、前世で結婚とかしてた?」


 言葉にしてからハッとする。こんなことを聞くつもりではなかったのだ。


「あ……ごめんなさい。踏み込みすぎちゃったわね」


 エミリーは慌てて謝ったが、リヒトは穏やかで優しげな眼差しでエミリーを見ている。


「してないよ」


 そう言って、エミリーの手に自分の手を重ねてきた。そしてそのまま抱き寄せてくる。ほろ酔いでぼーっとしていて、エミリーは抗うことができない。


――睫毛、長いなぁ……。


 全然関係ないことが頭に浮かび、唇を合わせそうになったその時だった。


「せ、先輩!」


 ヨシノが突然部屋に飛び込んできた。そして二人のただならぬ様子に気付く。


「あ……ごめんなさい」


 回れ右するヨシノを、エミリーは我に返ったように追いかけた。


――な、なんで私、リヒトと……!


 遅ればせながら、心臓がバクバクと音を立てている。


「待ってよヨシノ! 誤解なんだってば!」


 ヨシノはピタッと足を止め、くるりと振り向いた。


「先輩、リヒトのこと好きになっちゃったでしょ?」


 好きになった自覚はなかった。ただ、綺麗な年下の男の子で、でも中身はオッサンな彼と話すと、不思議と心地よかったのは事実だ。


「好きなのは、好きだよ。恋愛感情じゃないと思うけど」


「先輩は恋愛感情ない人とキスなんて出来ないでしょ?」


 言われてみればそうだとエミリーは思う。では、恋愛感情で好きなのだろうか? 酔った勢いで流されただけ……?


 まだ胸がドキドキしている。



「先輩、あの人……農家の息子なんかじゃないですよ。昨晩来たアンダーソン商会の客人が言ってたもの」


「えっ……!」


 ずっと得体が知れないと感じていた。でも、そんなに悪い人には見えない。知るのが怖いと感じてしまう。


「その客人、カリズム王家とのお取引もあるんですって。あの人、リヒトは、カリズム王国の第二王子、ニコラ殿下にそっくり。というか本人にしか見えないって」


「カリズム王国の……王子……?」


 カリズム王国は、ファラユース王国のさらに西にある、アンダーソン商会が籍を置いている、ライブリー王国の隣国だ。


 由緒ある王国で、美味しいワインの名産地でもある。そのカリズム王国の王子――。


「ニコラ殿下、二年ほど前に行方不明になっちゃったんですって。実の兄である王太子殿下が血眼になって探してるみたいですよ」


「……リヒトは、絶対に家の人は探してないって言ってたのに」


「どんな理由があって探してるのか知らないですけど。でも……すぐに噂は広まると思いますよ。それに、再来月、ファラユースにカリズム王国の王太子がやってくるんです。あの国王陛下のことですから、せっかくだしスノボーでもやらない? って言ってくるに決まってるし」


 お兄さんと会うことが、リヒト――ニコラ殿下にとっていいことなんだろうか。


「ヨシノ、そのニコラ殿下のことを調べてみよう。どんな事情があって失踪したのか」

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