第9話 スキー場を作ろう
「あのぅ……また味わえるなんてってどういう意味ですかね?」
ヨシノが怪訝そうに問いかける。すると、ピーターの代わりにクリスが答えた。
「実はここに来たのは温泉が目当てだったのですが……あの山、ちょうどスキー場にぴったりじゃないですか? ここは雪もよく降りますし」
海から少し離れた山を指差してそんなことを言う。あの山の麓には温泉が湧いている。確かにあの山をスキー場にして、麓の温泉に泊まってもらえばピーターの言うスノボーの後の温泉という条件は満たす。しかし……。
「あの、ここはローソン公爵領で、私とヨシノの生活と娯楽のためにあるような島なんです。観光地化する予定はないですよ。治安も悪くなりますし」
警備兵も増やさないといけなくなるし、温泉宿で働く人も必要になる。
「それに、日本やオーストラリアがある世界にあって、この世界にないものがあります。それは……リフトです! リフトがないスキー場なんてあり得ないですよ」
スキー場はリフトで山の上まで登ってスキーやスノーボードで降りてくる、その繰り返しだ。リフトがないのではスキー場として成立しない。
「あー……確かに」
夢が破れたのかピーターが気落ちした声をあげた。その時だった。
「魔方陣で移動すればよくない?」
後ろから声をかけられた。リヒトだった。
「魔方陣!?」
「あの山の下から上へ移動させるだけでしょ? さすがにこの島と王都を結ぶ魔方陣は作れないけど、あの小さな山の麓から天辺というレベルなら俺でも作れるよ」
リヒトの言葉にクリスとピーターが目を輝かせる。リヒトの手を取って大喜びだ。
「貴女はスノボーの神です!」
「この世界で諦めていたスノボーができるとは!!」
リヒトはエミリーの方を見て、にっこりと笑う。
「日本酒もう出来るよ。絞りたてを飲んでほしいんだ。そこの二人も、警備兵の皆さんもどうぞ」
◇◆◇
「絞りたては原酒でおりが絡んでるんだ。あまり飲むと酔っ払っちゃうから、ほどほどにね」
よく見かける透明な日本酒ではなく、真っ白な雪のようなお酒だ。クリスとピーターは歓喜の涙すら流している。
「出来たての日本酒が飲めるとは! しかもこの世界で日本酒が造れるとは!」
「日本サイコーですね! も、もはやこのお酒販売できるのでは?」
販売、という話が出て、リヒトは顔を曇らせる。
「販売できるほどの量は造れないと思う。俺とエミリーだけでやってるし」
「そ、それならやはりここを観光地化するべきですよ! スノボーやって、温泉入って、日本酒! 販売ではなく、ここを訪れた人だけが呑めるようにする。ここでしか飲めないとなると、大金払ってでもリトジャ島ツアーに参加したい人は大勢いますよ!」
観光地化と聞いて、エミリーも顔を曇らせる。
「治安が悪くなるのが一番怖いんです。先ほどもお伝えしたとおり、ここは私とヨシノの生活と娯楽のためにある島なんです。所有権は父である公爵にあります。私はここでお金儲けがしたいわけではなく、静かにのんびりと余生が過ごせればいいんです」
そう言うと、クリスとピーターはあからさまに肩を落とす。
「では……仕方ないですね……でもアルモンド家の別荘を建てるのは許可していただけないでしょうか。実は、ローソン公爵様にはもう許可をいただいているのです!」
「「ええーっ!!」」
エミリーとヨシノが同時に声をあげる。まさか父の許可をもらっているとは思わなかったのだ。
「もちろん、別荘の家賃はお支払いしますよ。こんなものでいいでしょうか」
提示された額はフェラユース王国で三年は楽に暮らせそうな額で……。これを一年ごとに支払ってくれると言う。
「父が許可しているのなら、私は何も言うことはないです。ただし、別荘建築についてはお手伝いしませんから、お宅でやってくださいね」
そう言うとクリスとピーターは大喜びだった。
さっそくおりがらみのお酒でお祝いの乾杯ということになってしまった。
「とりあえず塩辛間に合わなかったんで、イカの刺身作っちゃいましたよ。これを肴にしましょ」
ヨシノが透明なイカを捌いてくれた。これは美味しそうだ。
「「「「「かんぱーい!」」」」」
アルコールと共に、フルーティーな香りが立ち込める。口に含むとガツンと強い原酒の重みと、米の旨みも感じられる。
「すごい、リヒト。大成功だよ!」
エミリーはこれまでの日本酒造りの過程を振り返って、涙が出るほど嬉しい気持ちになった。
警備兵にも振る舞って、少しと言ったのに大分お酒が進んでしまう。
「やっだぁ、あんた、杜氏って言ってたの、あながち嘘じゃないっぽいねー」
ヨシノがべろべろに酔って、リヒトとクリスに絡み始める。
「ねぇねぇ、スキー場作ったらあたしの彼氏も呼んでいいー?」
「もっちろんですよ!」
ヨシノの彼氏はこの国の王太子なのだが、クリスも酔っ払ってるので詳しくは聞かない。
――まったくもう……仕方ないか。お父様がOKしちゃったんだもの。
少し憂鬱な気分になりながらもエミリーはお酒をちびちびと飲み続けた。
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