第5話 家出少年は元杜氏

「それに、この先輩には神が与えたユニーク魔法があるの。名付けて小さな箱に収まるなら何でも召喚。日本酒なんていくらだって召喚できるんだからね」


 ヨシノがドヤ顔で胸を張る。


 エミリーはものは試しと、お気に入りの日本酒を召喚してみた。するとリヒトが歓喜の声を上げる。


「あーーーーーッ! 俺が昔いた蔵だ! ほら、○▼酒造! 俺が元いた……」


「わかりやすいウソつくんじゃないわよ! これは新潟の老舗酒蔵のお酒なんだから! 都合よくあんたの元職場のわけないでしょ!」


 またヨシノが扇子でリヒトをぶん殴る。しかし、このリヒトはいたいけな美少年風に見えて頑丈にできている。ぶん殴られても鼻血は出さないようだ。


「信じて下さいよぉぉぉ。16年前だからさすがにHPに名前は載ってないと思うけど。でも本当に杜氏だったんです! 結構いいお酒造ってたんですよ」


 信じようがないことを懸命に訴えている。しかし、日本酒を作ってみたいと思ったのは事実だ。嘘でも本当でも手伝ってくれる人がいるなら何よりだ。


「……リヒトさん、仕方ないからここにいていいわよ」


 自然とエミリーの口からその言葉が出てきた。


「えーっ! 先輩正気ですか!? 見た目美少年ですけどオッサンですよ!? しかも本名名乗れない、職場クビになる、地雷臭たっぷりですよ!」


「別にいいよ、オッサンだって。その代わり、私達とは一緒に住めないからね。海沿いに使ってない小屋あるからそこに住んでね」


 エミリーはリヒトのために釣竿と土鍋をプレゼントしてあげた。そして米と自家製の味噌も倉庫から出してあげた。


「これ、前回取れたお米だから。しばらく食いつなげるでしょ。自給自足で頑張ってね」


 そう言ってリヒトを送りだしてあげた。



「……でもさすがに得たいが知れないから、ローソン公爵家の力でリヒトの素性を暴くわ。ヨシノ、あんたは王家に顔が利くから探りいれてくれない?」


「了解っす! あいつ化けの皮はがしてやんないとね!」


 ヨシノは悪い笑みを浮かべた。



◇◆◇



 それからしばらくして、初夏の季節がやってきた。


 田んぼの草むしりが大変な時期ではあったが、すべてリヒトがやってくれたようでエミリーとヨシノの労力は大幅に減った。


 砂浜に潮干狩りに向かったところ、リヒトの屋敷にどかどかと建物が増築されていることに気付いた。試しに覗いてみると、何やらでかい樽が何個か並んでいる。


 その中でリヒトが木で新たな樽を作っていた。


「何してるの?」


 エミリーが声をかけると樽をトントンとトンカチで打ちながらリヒトが振り返った。


「酒造りには樽はいくつあっても足りないからね。俺、絶対ここでいい酒作る。俺の技術でこの世界の人を酔いどれさせてみせる」


 嘘か本当かはわからないが、杜氏魂に火がついたようだ。


「エミリーに頼みがあるんだけど、米が収穫されたら少しこっちに分けてほしいんだ。酒米じゃないからどれほどのものができるかはわからないんだけど、出来る限りおいしいお酒作るから」


「そういえば、酒米と食用米は違うって言うもんね。そうだ。だったら酒米用の苗も召喚してみようかな。どんな米がいいんだっけ?」


「越淡麗がいいと思うんだ。呼び出せる?」


「わかったわ。多分呼び出せると思うから」


 そう約束して、リヒトと別れた。


――やっぱりあの子にいてもらってよかったかも。あの子って言ってもオッサンだけど。


 相変わらずローソン公爵家も王家もリヒトの素性を暴くまではいっていない。貴族だったら絶対に捜索願が出ていると思うのだが……。

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