第4話 家出少年は元日本人
お寿司と日本酒を振る舞った後に、兵士から家族、そのまた知人、街の人々へリトルジャパンの魅力が伝わっていく――いつしかフェリックス島はリトルジャパン島を略してリトジャ島と名を変えて伝わって行った。
「俺はリヒト・クワシマというものですが、ここで米を栽培してるって聞いてきました」
全身びしょぬれの金髪碧眼の美少年が島に現れたのは、この島がリトジャ島と呼ばれるようになって数カ月経った頃だった。
「なにあんた?」
ヨシノがリヒト・クワシマの全身を上から下まで眺め、じろりと睨んだ。
小柄で可憐な美少年だ。睫毛が長く、全身びしょぬれなのだが、痩せているし、15歳くらいにも見える。
「名前のとおり、日本人です。お金は払いますから米を食べさせていただきたいのですが」
ボロボロの粗末な服に似つかわしくない金貨を1枚差し出してくる。
「……先輩、なんかこいつ怪しくないですか? 金髪碧眼って西の方の人間だと思うんですけど。どうみても東洋人じゃないですよ」
一応ここはローソン公爵領なので、警備兵もいたりする。怪しいものが来たら警備兵に引き渡せばよいのだ。
「あのですね、俺は転生者なんです! だから見た目は元の世界のフランス人っぽいですが、大和魂を持つサムライです! 切腹だってできるんですよ!」
「あんたいつの時代の人よ? 切腹してたら今ここにいないでしょ?」
ヨシノがしらーっと美少年に突っ込みを入れる。
「まぁまぁ、中学生くらいの子だし、お腹空いてるならおむすび食べさせてあげましょ」
この世界では17歳であるが、日本にいた時は26歳だったのだ。お腹を空かせた未成年を追っ払うのは気が引けるというもの。
焼いた魚を具に入れてあげて、おむすびを10個ほど差しあげてみる。さすが育ちざかりなのかぺろりと平らげてしまった。
「あー……美味しかったぁぁぁぁ! やっとまともな食事にありつけました! 本当に貴方達は命の恩人です! 実は俺はですね……」
リヒト・クワシマは聞いてもいないのに身の上話を始める。
リヒト・クワシマは日本名では桑島理仁、と書くらしい。もちろんこれは転生前の名前だ。
16年前にこの世界に転生し、記憶を思い出したのが3年前。この世界では15歳で成人なので、成人になった日に家を飛び出してきたようだ。
「なにそれ。家出ってことじゃん」
ヨシノは面倒くさいのがやってきた、という目でリヒトを見ている。
「もう成人してるから何の問題もないじゃないですか」
「でもあんた、いいところのボンボン臭がするよ。家の人探してんじゃないの?」
「探してないです。ぜーったいに探してないです。断言できます。探してるなんてあり得ません!」
なぜかリヒトは思いっきりそう断言する。
「じゃあさ、転生前の名前じゃなくて今の名前言ってよ」
「そんなの忘れました。家出と同時に名前も捨てたんです!」
都合がいいことを言う。どうも怪しい。その輝かしいブロンドの髪は、ファラユース王国より西側の国の人に多く現れる特徴で、輝かしいまでの碧眼は貴族に多い特徴だ。
ヨシノはじとーっとした目でリヒトの身体中をなめ回すように観察する。
「同じ日本人じゃないですか。日本人は義理人情に溢れた民族じゃないですか! そんな目で見ないでくださいよ。頼むから俺をここに置いてください!」
「はぁ? いやよ。だって怪しいじゃないの。大体ここは船でしか来れないし、船は公爵家と王家所有の船しか行き来してないんだよ! あんたがそのどっちかの船で来たとは思えないもん」
ヨシノの言い分は正しい。そうなのだ。ここは一般の船では行き来できない場所だ。
「そんなの泳いで来たに決まってるじゃないですか。どうせ手持ちの金貨が尽きたら飢えて死んじゃうんだ。その前に米をどうしても食べたかったんです! そして食べたらもっと欲が出てきてしまいました。ここで毎日お米が食べたいです!」
「ほー…………すさまじい米に対する執念だね」
エミリーはこの飢えた美少年に同情し始めている。確かにこの少年をここで追い出すのは気が引ける。
しかしヨシノは警戒心を緩めない。怪しげな美少年への尋問の手は緩めないようだ。
「あんた、家出してから一年間、どうやって暮らしてきたの?」
「都合よく声かけてくれたパーティーに入って、ちまちまとギルドからの依頼でゴブリン倒したりしながら食いつないできました。でも最近パーティーを追放されちゃって」
「なんで追放されたの?」
「俺は魔法剣士なんですけど、可愛い女剣士が打ち上げしてた飲み屋に現れちゃって。うちのパーティーみんな男だし、そこで一番美少年の俺が邪魔になっちゃったみたいで……お前をパーティーから追放する!!って……えへっ」
「えへっ。じゃねーよ!」
ヨシノは聖女らしからぬ振る舞いで、リヒトの頭を扇子で叩く。いわゆるツッコミというヤツだ。
「パーティーリーダーがすごく顔の利く男で、ギルドのブラックリストに俺を入れちゃったんです。だから他のパーティーに入るわけにもいかなくて、あれよあれよと言う間にお金がなくなっちゃったんです。ここ追い出されたら飢えて死んじゃいますよ」
この子の言うことを本気で信じていいものか、エミリーは迷う。
今のはあくまでこの子の言い分だ。もしかするとパーティー追放の理由は別にあるのかもしれないし、そもそも今の名前が名乗れないと言うこと自体怪しい。
「俺、ファラユース王国の王都で聞いたんです。貴女達、日本にいた時はそこそこの歳で、しかもめっちゃ飲兵衛だって言うじゃないですか」
そこそこの歳とか、リヒトはいきなり失礼なことを言う。ますます不利になるというのに……。ヨシノの眉間のしわが深くなってきている。
「……だったらなんなのよ、このクソガキ!」
ヨシノが扇子を握りしめて臨戦態勢。しかし次の言葉ですっと戦意が下がる。
「大人の日本人が好きなもの――それは日本酒じゃないですか? ここの米を使って、日本酒を作る。俺にはその技術がある。俺は転生前は杜氏だったんです」
場がしーーーんと静まり返る。
杜氏とは、日本酒製造における最高責任者の呼称である。杜氏の采配によって日本酒の味が決まる。
「杜氏って酒蔵の中でもそこそこベテランが勤めるものじゃない? あんた、転生前はオッサンだったの?」
「オッサン言わないでください。日本では35歳でした。中身は貴女達と同じ……」
「同じじゃないわよ失礼ね! 私も先輩も20代だったんですからね!」
ヨシノが再び戦意を奮い立たせ、扇子で思いっきりリヒトをぶん殴った。
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