第2話 ヨシノの暴走
「まぁ、あの島なら小さいながらも水が豊か・広くて平らな土地・水はけが良い土・昼夜の温度差が大きい……すべての条件に適していますわね」
ヨシノが目をきらりと輝かせた。
「エミリー様は貴重な召喚魔法が得意でしたわね」
「え……えぇ」
「私は水魔法と土魔法が得意ですの。なんといっても豊穣の女神ですから。おほほほほ」
なぜかエミリーの島流しにヨシノが意味不明な興奮をしている。そしてヨシノはくるりとダニエルを振り返った。
「あんたさっきから、佐伯先輩になんって無礼働いてんのよ! 塩をすり替えたのも、馬をロバにすり替えたのもぜんっぶあんたがやったことでしょうがッ!」
そしてヨシノはバカでかい扇子でダニエルの頬を思いっきりぶん殴った。
「ぐっ……!」
ダニエルが鼻血を吹く。その場は騒然となった。
「それと、フェリックス島を佐伯……エミリー先輩のものにするって話は決定事項だよね? 王太子たるもの、一度口にした言葉は取り消せないからね!」
ヨシノはさらにダニエルに詰め寄る。
周囲はさらに「えっ……島流しだよね?」「島をローソン公爵家に下げ渡すのか?」「いや……でもエミリー様は結局無罪で王太子の捏造だったわけだし……」とさらに騒然とし出した。
「えっ……い、いや、あの、島流しってのは刑罰の一種であり、あの島の権利をエミリーに渡すと言うわけでは……」
「うるさいな! 罪はあんたが捏造したもので、どうせ誰も使ってない島なんでしょ! 先輩に渡したって誰も損しないじゃん。国王陛下に言って、先輩の島にしてよ!」
エミリーは前世の記憶を呼び覚ます。トラックに引かれる前に打ち合わせをした担当編集は、佐伯恵理の高校時代の後輩だった。その関係でずっと恵理のことを佐伯先輩と呼んでいたんだっけ。
名前は確か、川村……
「あなた……川村なの?」
暴走するヨシノにエミリーは声をかける。
するとヨシノは一瞬、顔を歪ませ、そして瞬く間に目に涙を溜め出した。そして抱きついてくる。
「佐伯先輩……ッ!……うぅ……ッ……会いたかったぁぁぁっ!」
悪役令嬢に抱きついて号泣するヒロインの聖女。周囲のざわざわは置き去りにして完全二人の世界状態である。
「わだし……ッ……うぅ……ッ……先輩が引かれたって聞いて……わだしは……」
号泣しながら告白したヨシノ……川村の話を要約すると以下のとおりだった。
川村由乃は、佐伯恵理の意思を継ぎ、『ファラユースの大地の中で』の発売を無事に見届た。
そしてそれを恵理のお墓の前で報告していたところ、突然由乃に光が降り注ぎ、彼女は10歳若返った姿でこの世界に召喚された。
召喚された時、頭に神と思われる
『そなたに二つの能力を与えよう。一つは世界を救う豊穣の女神の力、そしてもう一つは前世の姿が見える力。もう一度会いたい人がいるのだろう……?」
神の言うもう一度会いたい人――それが、突然交通事故で亡くなった先輩の佐伯恵理だったということ。
「先輩が亡くなったの……私のせいだって……私があの日、先輩を打ち合わせで呼び出さなければ、あのカフェを指定しなければ、別れる時間がもっと早かったり遅かったりすれば、あのトラックに遭わなくて済んだのにって……何度も、何度も…………」
いやいや、川村は全く悪くないし、それが佐伯恵理の運命だったのだ。
しかし、遺された川村はそうは思わなかった。すべて自分のせいだと思いこみ、ずっと恵理のことを思い出しては罪の意識に
「この世界で聖女だのなんだのと持て囃されてきたけど、それが先輩が書いたゲームのシナリオに出てきた世界で、先輩がエミリー嬢になってるのを見て、なぁるほどって思ったんです。思い返してみれば、エミリー嬢のイラスト画を二人で見た時に、先輩この子の顔が一番可愛いって言ってたじゃないですか!」
確かにそんなことを言っていた気がする。かすかな記憶でしかないが……。
「そして、悪役令嬢、エミリーの持つユニークスキル・小さな箱一つに収まるものなら何でも召喚・これは超使えますよ! 先輩! 私達でフェリックス島を“リトルジャパン”にしちゃいませんか!?」
「へ? リトルジャパン?」
また川村は突拍子もないことを言う。
「水が豊か・広くて平らな土地・水はけが良い土・昼夜の温度差が大きい……これは米の栽培に適した地形の特徴です! そして、フェリックス島は海産物も多く取れます! 先輩、ゲームが成功したら回らない寿司食べたいねって言ってたじゃないですか! ぜひ、フェリックス島でお米栽培してお寿司作りましょう! 私、昔回転寿司屋でバイトしてたんですよー!」
「……回転寿司屋でバイトしてたあんたが握る寿司は、結局回ってる寿司じゃないの!」
突っ込みどころ満載な川村の言葉に、エミリーはおなかを抱えて爆笑してしまった。
寿司はともかく、真っ青な空、誰も住んでいない島でのリトルジャパン召喚生活に、エミリーはこの世界で生まれてから初めて心の底からわくわくとした空想に取りつかれた。
エミリーは内心辟易していたのだ。この世界の窮屈な令嬢生活にも、中身のない王太子との結婚にも、そして、婚約者がいながら他の女にほいほいと声をかける王太子自身にも。
「殿下、島流し、大歓迎ですわ!」
エミリーは鼻血を吹いているダニエルに、曇りのない笑顔でそう告げた。
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