【完結】悪役令嬢は小さな日本を召喚する

路地裏ぬここ。

第1話 断罪イベント

「エミリー・ローソン、お前のような性悪で根性が悪い悪魔のような女と結婚なんて吐き気がするッ! 婚約は破棄する!」


 ここはファラユース王立学園の卒業記念パーティー。


 そのパーティー会場のど真ん中で堂々と婚約破棄宣言をするこの男は、エミリーの婚約者であるファラユース王国王太子、ダニエルだ。


 そしてダニエルの横でほくそ笑む女は、一年前にこの国に召喚されてきた聖女・ヨシノだ。大きな扇子を口元にあて、笑いがとまらないといったご様子だ。


――ついにこの日が来ちまったかぃ。性悪で根性が悪いってほぼ同意語じゃん。悪魔ってなんのことやら。


 エミリーは公爵令嬢には似合わない言葉を胸の中だけで呟き、溜息を吐いた。


 ダニエルは7歳の頃に国王によって任命された婚約者であり、好きとか嫌いとかを考える間もなくお妃教育が始まった。


 公爵令嬢の矜持にかけて懸命にお妃教育をこなし、立派な王太子妃として研鑽を重ねてきた日々ではあったが、一年前にすべて無駄だったことを知る。


 ヨシノが現れてから――。


 ダニエルがヨシノに一目惚れし、二人が親密になっていく姿を遠目に眺めているうちに思い出したのだ。


――これは、私が書いた乙女ゲームのシナリオじゃないのッ!!!!!



 エミリーは、前世では佐伯恵理サエキエリという名でシナリオライターをしていた。


 たび重なる締め切りに追われ、寝る間もなく惜しんでシナリオを書き上げた。


 そして編集担当と打ち合わせをした帰りに、この『ファラユースの大地の中で(仮名)』のゲームの完成を見ることなく、佐伯恵理はトラックにひかれて世を去った。


 恵理の記憶が蘇ってはきたものの、シナリオは恵理が書いたものとは微妙に異なり、ダニエルとヨシノのフラグを折ることはできなかった。前世の記憶は何の役にも立たなかった。


 そしてこの日に至ると言うわけだ。


「エミリー、貴様が救国と豊穣の女神・ヨシノの紅茶の砂糖を塩に変えたり、ヨシノの馬車の馬をロバに変えたりと、嫌がらせを繰り返したそうだな!? 万死に値するッ!」


「……馬よりロバの方が可愛いじゃないですか。それに私の力ではすり替えるためのロバはご用意できませんわ。だってロバは大きすぎて私の力では召喚できませんし、ロバの方がこの王都では貴重なんだもの」


 少し反論をしてみた。全く身に覚えがないが、恐らくヨシノの自作自演だろう。しかしあのロバは可愛かった……。


「生意気な女めッ! この王太子である私に向かって口応えしやがって!」


 ダニエルがエミリーを突き飛ばそうと手を伸ばしたが、ヨシノがそれを遮るように前に出る。


「エミリー様、あのロバは私の屋敷で大切に飼わせていただいておりますわ。本当に愛らしいロバで……」


 ヨシノはおほほ、と扇子を口元にあてて微笑む。


「それはよろしゅうございましたわ。ロバは馬より強健のようですしね」


 エミリーも同様に扇子を口元に当てて微笑んだ。ロバのことはもうどうでもいいのだが。


「エミリー、いくらヨシノが許したところでこの私が許さん! それに塩の件もある」


 話の腰を折られたダニエルは、ずいっとヨシノの前に出る。次の言葉はもうわかっている。


――国外追放って話だったような。


『ファラユースの大地の中で』は乙女ゲームなので、攻略対象ごとにルートが異なる。


 ヒロインはヨシノのポジション――つまり異世界から召喚された聖女だ。突如召喚されたヒロインは、とまどいながらもファラユース王国の王太子、騎士団長、魔術師団長、隠しルートとして国王陛下とも絆を深め、恋愛ルートを進めていく。


 ※国王は王妃陛下に先立たれ、独身である。



 この王太子ルートの場合、ヒロインの恋敵となるのがエミリー・ローソン公爵令嬢だ。砂糖を塩や馬をロバのエピソードは恵理のシナリオにはなかったものの、仲間を集めてヒロインを無視をしたり、最終的には召喚魔法で異国の毒薬を召喚し、ヒロインの紅茶に毒を入れたりと悪行を重ね、国外追放される……というオチだった記憶がある。


 この世界に来てから、ローソン公爵家がどれだけ力を持つ家なのか知ってしまった今となっては、その刑が本当に執行できるのかははなはだ謎ではあるが。


「エミリー、貴様を無人島のフェリックス島へ島流しとする!」


 島流し! それもシナリオとは違う展開で、エミリーは唖然とする。

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